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ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調 Op15

ピアノ協奏曲第1番ハ長調は作曲順でいえばピアノ協奏曲第2番よりも後の作品だ。出版が2番よりもちょっと早かったので番号が逆になってしまったのだ(同じ1801年の出版なので、ほとんど同時期なのだが…)。
本来であれば番号を入れ替えて「第2番」とすべきところなのだろうが、そのままになっている。既にこれで定着してしまっているので番号の入れ替えは難しかろう。他の作曲家の作品でもそーゆーケースはある(例えばモーツァルトのホルン協奏曲やシューマンの交響曲など)。有名作曲家の有名曲ほど番号の入れ替えは影響が大きいのでそう簡単にいかない。シューベルトの交響曲も番号が変わったが、グレート=8番、未完成=7番という新しい番号にまだ違和感のある人も多かろう。大ハ長調交響曲の威容は「9番」という特別なナンバリングがいかにも相応しいし…
このピアノ協奏曲第1番の場合、その祝典的で威風堂々としたキャラクターが、イメージとしてベートーヴェンのピアノ協奏曲の幕間け(第一番)に相応しく感じられる人も多いだろう。もし番号を入れ替えたらやっぱり違和感は大きくなるだろうと思う。

ベートーヴェンは協奏曲第2番を作曲中の1793年に、このハ長調の協奏曲に着手している。それ以降はこの2つの協奏曲は1801年に相次いで出版されるまで、ほぼ同時進行で作曲されている。第1番もまた第2番と同様に改訂が繰り返された。
1801年にベートーヴェンはブライトコプフに宛てて以下のように書いている。
「私の早い時期の協奏曲の1曲(第2番)、それはホフマイスターから出版予定で、またその後に書いた協奏曲(第1番のこと)はモロ社が出版予定である….」


当時のウィーンの音楽家協会では、ブルク劇場で慈善演奏会を開くのを恒例としていた。1795年は3/29から3/31までの三日間の日程で開催された。初日3/29はベートーヴェンが自作のピアノ協奏曲第1番ハ長調をひっさげて登場。現時点で書籍などでは3/29には第1番が演奏されたという記述と、第2番という記述が混在している状態だが
「1795年3/29にブルク劇場で演奏されたのは第1番Op15」
という結論で間違いないようだ。
ベートーヴェンはこの日、ついにサロンから飛び出して、ウィーンの公衆の前に自作のピアノ協奏曲のソリストとして登場したのだ。
こうしてベートーヴェンの名前は広くウィーン全体に知れ渡ることになった。1795年4/1付のウィーン新聞は3/29の演奏会について以下のように報道している
「初日の幕間に有名なルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏は自作の 全く新しい協奏曲をひっさげて登場し、聴衆の共感を得て喝采を浴びた」
このデビューコンサートの時点で既に「有名なベートーヴェン」として紹介されているところが興味深い。
ベートーヴェンは、この慈善コンサートに3日連続で出演した。2日めの3/30は即興演奏(ファンタジーレン)を披露し、3日めの3/31はモーツァルトのピアノ協奏曲(KV466)のソリストとして登場した。
3日めの主催者はモーツァルトの未亡人コンスタンツェだった。コンスタンツェ主催の公演でモーツァルトの協奏曲を務めるなんて!ベートーヴェンはきっと名誉に思っただろうし、感慨も深かったに違いない。

ピアノ協奏曲第1番ハ長調Op15はハ長調で書かれた。
ザ・ベートーヴェンな輝かしい調だ。
オーケストラは本格フル編成で、クラリネット、トランペット、ティンパニが加わる。ベートーヴェンにとって初の本格的大編成オケだ。それまでにもカンタータやバレエなどで大編成の作曲を試みているが、それらは本格フル装備[fl,ob,cl,fg / hrn,trp,timp / str]ではなかった…。

第1楽章は軽やかなファンファーレのような感覚の第1主題で始まる(ppで!)。それはすぐに威風堂々たる序曲のような音楽に発展してゆく。
おれはこの楽章の構造はOp.2-2によく似てると思ってる。
動機労作の感じ、特にジュピター交響曲のような素材(上行の16分音符、下降の16分音符の感じ)は本当によく似てると思う。ベートーヴェンならではの「歌う感覚」はこの曲でもよく表れているが、第二番の協奏曲に比べると大らかな歌以上に細かい動機の操作の方が前面に表れているように思う。第1楽章冒頭の楽譜を見ても、細かいモチーフを緻密に積み上げている様がよくわかると思う。

第1楽章冒頭の第一ヴァイオリンの楽譜

第二楽章はクラリネットの活躍が非常に印象的だ(部分的にはほとんどクラリネット協奏曲のようだ)。この協奏曲の頃から、ベートーヴェンはクラリネットを積極的に生かすようになっていた。
これは七重奏曲Op20三重奏曲「街の歌」Op.11と同じ流れの中で生まれたものだといってもいいだろう。
この協奏曲で特筆すべきなのは
第3楽章「ロンド:アレグロ・スケルツァンド」だろう。
なんと!スケルツォ
気まぐれにどんどん表情を変える意地悪な音楽。
妖精的軽やかさや悪魔的な表情が目まぐるしく入れ替わり、聴衆は休む間もなく、ひたすら振り回されるばかり…
ベートーヴェンは1793年に発表したピアノソナタ0p2やピアノ三重奏曲Op1で積極的にスケルツォを取り入れる試みをしていた。彼はここでついにオーケストラの曲にスケルツォを導入したのだ。協奏曲(オーケストラ曲)に悪魔的な要素を持ち込んだのだ。ハンガリー的な雰囲気も感じられる激しいダンスであることは協奏曲第2番のロンドと同様。しかし、この協奏曲は第2番のロンドのように一直線にヒートアップしていくのではなく、ものすごく気まぐれに表情を変え続けるのが特徴だ。楽章冒頭、ピアノソロで提示されるテーマはトルコ行進曲な雰囲気も漂う。


オーケストラがすぐにテーマを引き継ぐと、強烈なsfを裏拍でぶちかましてくるのが凄い(↓2段目の3小節から)。この悪魔的な裏打ちが非常に効果的で、これはこの楽章全体のスパイスになっている。

ベートーヴェンは優雅なメロディになってもいきなり裏打ちをかましてきたりするので油断ならない。とにかく休むことなく延々とふざけ倒すのだ。ベートーヴェンはちょっとでも隙があれば全力でギャグを挟んでくる。シリアスに打ち込まれる運命のテーマのような同音連打で流れを容赦なく断ち切っていくのもスリリングだ。バーレスクとゆーか不条理コントのような展開には呆気に取られるほかない(バーンスタインはこーゆーのをやらせたら最高にご機嫌だ。ノリノリなキャバレーのピアノみたいになってる場面も多い👍)。低音で不必要なほど偉そうにメロディを出し、高音とデュエットになるところなんか、まるでコメディアデラルテ("おかめひょっとこ"見たいと言ってもいいかも….)みたいだ。曲が進んでロンドのテーマが回帰するたびに芸は細かくなってゆく。
大笑いしながらそこらじゅうを駆け回ってるような音楽。いやあ、とんでもないエネルギーだ(^◇^;)


ちょっと余談だが、最近の映像だとおれはこれがめっちゃ好き✨。3楽章なんか超最高だ。
Lars Vogtさんは2022年に51歳で亡くなった。
残念すぎる。
合掌。





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