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連弾チクルス01

2016年 1月30日・竹風堂大門ホール
ピアノ:小山香織&山田えり子

本日はようこそおいでくださいました。

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昨年は一年間プロコフィエフのピアノソナタのチクルスをこの会場で開催してまいりました。今年はガラっと趣向を変えまして、一年間「連弾」をテーマにお話しながら、長野のピアニストのみなさんのいろんな組み合わせによる演奏をお楽しみいただきたいと思っています。連弾の定番の名曲ばかりです。全部通って頂くとブラームスのハンガリー舞曲とドヴォルジャークのスラブ舞曲を全曲聴ける、とゆーことになっております。

今回はスラヴ舞曲は1番から順番に、4集あるハンガリー舞曲は4、3、2、1集と逆順に進行します。

連弾とは?


さて、「連弾」ですね。

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ピアノを二台並べて二人のピアニストが弾いてもそれはあくまでもピアノ二重奏、ピアノデュオであって、「連弾」とは言いません。

日本では「連弾」と言ってますけど、これは漢字を使う言語である日本語ならではの、「日本だけ」の言い方です。打楽器のマリンバの分野では「連弾」と言いますけどね。マリンバご存知ですよね。マリンバの場合も二台のマリンバ並べて二人で演奏してもマリンバ二重奏か、或いはマリンバデュオといいますね。マリンバ連弾というときはピアノと同じように絶対に楽器は1台です。つまり定義としては、ひとつの「鍵盤」に対して二人が並んで一緒に奏するのを「連弾」とゆーことなんだろうと思います。外国ではただ単に「4手のための」と言います。英語ならFOR FOUR HANDSですね。フランス語だとquatre mains ドイツ語ならFÜR ZWEI HÄNDEになります。2人の奏者の上の方の音を担当する人のことを「プリモ」といいます。下の方は低い音を担当する人のことは「セコンド」いいます。上の方を第一ピアノとかファーストピアノとか、下の方を第2ピアノ、セカンドピアノとは言いません。なぜか頑なにイタリア語でプリモ、セコンドと言うことになってます。どうしてですかね。連弾の場合だけは絶対にイタリア語です。理由はわかりません。なぜか、そう決まってるんです。
音楽の分野でこれ以上奏者同士が接近して肩寄せ合って寄り添って演奏するスタイルはありません。オペラなんかの二重唱、デュエットで、ひしと抱き合ってものすごいときには曲中でキスしたりする場合もありますけれども、オペラの場合は物語があって役柄があって演出があるのでそうなってるのであって、ふつうの器楽の分野ではピアノ連弾のように寄り添って演奏することはないです。ぼくもいろいろ考えてみたんですが、マリンバの連弾がまあまあ接近していると言える程度で、ピアノの連弾ほど接近して常時べったり「寄り添って」演奏する音楽のスタイルは、ほかにないです。

連弾というジャンルがどうやって生まれたかというのはピアノという楽器の発展の歴史と密接な関連があります。
ちょっと長くなるかもしれませんができるだけ簡潔に述べておきたいと思います。このことは数年前のソナチネのチクルスのときにかなり詳細に説明しましたので、そのとき聞かれた方もいらっしゃるかもしれませんが復習のつもりでちょっと我慢して聞いて頂きたいと思います。
18世紀半ばから19世紀にかけてイギリスで起こった産業革命によって鉄鋼業が発達したことで鋼鉄のフレームを持ったピアノの量産が可能になりました。ピアノは楽器である以前に内部の主要な部分が鋼鉄でできた工業製品、マシンなので、鉄鋼業が発達しないと作れません。量産できるようになれば価格も下がります。産業革命で工場で働く人も増えて、資本主義になって貴族のようではなくても、そこそこお金を持っていて、さすがに貴族のような贅沢はできないけどふつうに暮らせる感じの市民が出現して、その中間層が徐々に厚くなってきますね。そうすると、いわゆる中間層の市民も暮らしにちょっと余裕が出てきたので余暇に趣味を楽しむとゆーことができることになった。じゃあ、趣味に家庭で音楽でも楽しもうかなんてことになるわけ。ピアノの量産が始まって、ちょっと無理すれば中流の家庭でも買えるようなピアノも出現する。これが一般家庭にどんどん浸透するようになるわけです。最初は今のアップライトを貧弱にしたような感じのテーブルみたいなピアノだったですけどね。これが一般庶民の家庭に浸透し始めたのが革命的だったんです。日本だってつい最近までそうだったでしょう?高度成長期になってようやく一般のおうちにアップライトのピアノが入ってきた。高度成長期以前だったらふつうのおうちじゃほとんどピアノの購入は無理だったんじゃないかと思います。多分、ピアノが一般の家庭にたくさん入り始めたのは1960年代から70年代じゃないですかねえ。ピアノがふつうにおうちに入ってきたのなんかつい最近ですのことなんですよ。おうちに、アップライトピアノがあるのがステイタスだった時代があった。で、お子さん達にピアノを習わせてね。アップライトのピアノにレースをかけたりして。そんな日本の高度経済成長のピアノの事情とほぼ同じようなことが19世紀のヨーロッパで起こっていたわけ。

ふつうの家庭でピアノ習ってる子供たちが仲良く一緒にピアノ弾いたり、お母さんと子どもが一緒に弾いたり、

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おばあちゃんと孫が一緒に、またはご夫婦で弾いたり、お友達同士で弾いたり、ピアノの先生と生徒さんがレッスンや発表会で一緒に弾いたりね。場合によっては恋人同士が弾いたりそんなふうなところから連弾とゆージャンルが生まれてきたわけです。このあたりから連弾の曲の楽譜の需要もぐーんと増えました。限られた長さの鍵盤を二人で弾くんですから、当然のようにべったり寄り添うことになるわけで、だから親密にならざるを得ないですが(連弾きっかけで恋愛関係になったり夫婦になったりとかホントによくあるケースです)、連弾にはこのように歴史的に「家庭的な親密さ」ってゆー背景があるわけです。恒常的に演奏してるプロの連弾のチームは兄弟姉妹やご夫婦なんかが多いです。やっぱりこの「親密さ」とゆーところにその原因があるんでしょうね。古いところで言えばドイツのコンタルスキー兄弟。最近ではフランスのラベック姉妹、有名ですよね。まあ、ほんとにいっぱいいますけど、我が日本の連弾チームですと児玉先生ご夫妻なんかが草分けになりますかね。まあ、現在の日本の若手だとレ・フレールが有名かな。ご存知ですか。おもしろいチームです。彼らも兄弟ですよね。あのモーツァルトが小さい頃はお姉ちゃんのナンネルと連弾を日常的に楽しんでいて、旅先でもこの姉と弟の天才的な連弾の演奏は大評判だったようです。モーツァルトは連弾の作品をけっこう書いてます。だいたいお姉ちゃんのナンネルと一緒に弾くことを念頭に置いて書いてますね。

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このように「家庭的親密さ」を基調に出発したジャンルですが、CDもレコードもラジオもなかった19世紀の頃、おうちでオーケストラの名曲を楽しむために交響曲を連弾に編曲した楽譜もたくさん出版されました。

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手が2本のピアノ独奏だとたくさんのオーケストラの楽器の音を拾ってくるのも大変ですが連弾は倍の4本になりますからたくさん音を拾えます。だからピアノ一台でもけっこういい感じでオーケストラっぽく豊かに鳴るんですね。こーゆー交響曲を連弾にアレンジした楽譜が当時のヨーロッパではよく売れたんです。ブラームスの交響曲は作曲者自身が連弾用にアレンジしてます。

CDがないのでおうちではオーケストラの曲を連弾で楽しんでいたんですね。これから聴いていただくブラームスのハンガリー舞曲もドヴォルジャークのスラヴ舞曲も元は連弾の曲ですが、ご存知のようにオーケストラのアレンジもオリジナルの連弾版もどちらも同じように違和感なく広く愛されてます。これは家庭的で「親密」な形態でありながらも、同時にシンフォニックな方向性を常に求められてきたジャンルでもあるという「連弾」特有の特徴といえるでしょう。

ブラームス:ハンガリー舞曲、ドヴォルジャーク:スラヴ舞曲

さて、こんな話ばかりじゃ曲に行けませんので、このくらいにして、早速ブラームスのハンガリー舞曲とドヴォルジャークのスラヴ舞曲を聴いていただきましょうか。

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ブラームスのハンガリー舞曲集はブラームスの生涯最大のヒット作です。全21曲を4つに分けて出版したんですが、これがもう爆発的に売れたんです。ブラームスは連弾の作曲が好きだったみたいで、連弾の曲をけっこうたくさん作ってますが、このハンガリー舞曲集がその中でもダントツで売れました。ふつうのコンサートだけじゃなくて酒場やらサロンみたいなところでもとにかく至る所で演奏されました。本当に大ヒットだったんです。


さてドヴォルジャークのスラヴ舞曲ですが、こちらはブラームスのハンガリー舞曲集があまりに大ヒットだったので、それで大儲けしたジムロックとゆー出版社がドヴォルジャークに「ハンガリー舞曲」みたいなの書いてくださいよ」と頼んできて、それに応えて作曲した作品なんです。まあ、出版社は二匹目のドジョウを狙ったんですね。こーゆー場合、映画なんかだといまいち二匹目のドジョウはうまくいかない場合が多いですが、二匹目のドジョウのスラヴ舞曲も大ヒットでした。出版社は大喜び。ドヴォルジャーク、よかったですねえ。こうした期待にちゃんと応えて結果を出したドヴォルジャークはほんとにすごいと思います。二匹目のドジョウをちゃんと確保するのは、一匹目より難しい場合が多いですから....。今日は第1集の最初の4曲を聴いていただきます。1番から4番ということです。どれも非常に有名ですよね。オーケストラでも定番の超名曲です。



ハンガリー舞曲集は全21曲オーケストラ用に編曲されていますが、ブラームス自身が編曲したのは第1、第3、第10番の3曲だけです。

オーケストラ以外だとやっぱりヴァイオリン用の編曲が有名です。やっぱりジプシーの音楽だからヴァイオリンはしっくりくるんです。ヨアヒムの編曲がよく演奏されます。ヨアヒムはブラームスの親友で助言者だし、ハンガリー生まれだし、めっちゃ由緒正しい感じですよね


👇のカラヤンの録音はおれの子供時代の愛聴盤だった。もちろんL P!



ヴァイオリンのアレンジの動画は2番を貼っておきます。ヨアヒム自身の録音も参考までに!


今日の前半は第一回ということもあって「連弾」というジャンルそのものについてのお話が主になって、ハンガリー舞曲とスラヴ舞曲についてのお話はだいぶ簡単になってしまいましたが、今日は仕方がないです。これについては次回以降、だんだん詳しくお話していこうかなと思ってます。

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