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モーツァルト:劇場支配人KV486

♠️モーツァルト:「劇場支配人 ”Der Schauspieldirektor”」KV486

音楽付き喜劇「劇場支配人」は宮廷からの依頼があったので、「フィガロの結婚」の作曲を中断して手早く作曲されました(宮廷の注文は絶対断れません)。そして「フィガロ」の初演の3ヶ月前1786年2月に初演されています。この作品は皇帝ヨーゼフ2世の妹夫婦であるオランダ総督テッシェン大公夫妻のウィーン訪問に際して行われたシェーンブルン宮殿の歓迎行事のために作曲されました。皇帝はこの「対決」のためにモーツァルトに「ドイツ語」のオペラを注文、アントニオ・サリエリに「イタリア語」のオペラを注文しました。つまりドイツ語とイタリア語の「対決」を目論んだのです。ヨーゼフ2世は元々はイタリアオペラのファンでしたが、オーストリアの国民のナショナリズム高揚を狙ってドイツ語オペラに力を入れました。愛国政策の一環です。もちろんドイツ語による「歌芝居=ジングシュピール」の「後宮からの逃走」KV486もそうした政治的思惑の中から生まれた作品です。ヨーゼフ2世はジングシュピールをイタリアオペラの水準まで引き上げようとしていました。政治家としてのヨーゼフ2世はこの対決でジングシュピールの方が優位だという格好にしたかったのです。モーツァルトはジングシュピール「劇場支配人」を書き、サリエリはイタリア語で「まずは音楽、おつぎが言葉を」作曲しました。サリエリの方は伝統的なイタリアオペラの書き方のレチタティーヴォ・セッコで物語が進んで行きますが、モーツァルトの方はジングシュピールなので、レチタティーヴォではなく台詞で進めて行きます。

初演はシェーンブルン宮殿内のオランジェリー( オレンジなどのフルーツを栽培するための建物/ パリのオランジェリー美術館も元はテュイルリー宮殿のオランジェリーでした)で行なわれました。

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長方形の部屋の両端にそれぞれステージが設えられ、観客はステージの間に審判員のように座りました。まず、一方のステージでモーツァルトの指揮で「劇場支配人」が上演され、続いてもう一方のステージでサリエリの指揮でサリエリの作品が上演されました。この対決はサリエリの勝利でした。台本の出来が「まずは音楽、おつぎが言葉を」の方がずっとよかったからです(台本・カスティ)。「劇場支配人」の台本は「後宮からの逃走」に続いてゴットリープ・シュテファニー(初演では劇場支配人・フランク役で出演。)が書きましたが、これは「いまいちな出来」だったようです。この日のポイントは「まずは音楽」ではなく「まずは言葉」だったんですね!

ヨーゼフ2世の政治的思惑は外れましたが、皇帝は元々イタリアオペラファン。どっちに転んでも似たようなものだったかもしれません。まあ、所詮「ゲーム」ですしね。

フリーのモーツァルトと宮廷音楽家(正規雇用)のサリエリは、ライバルと考えられていたので、この対決は作曲家の対決であると同時に、先輩と後輩の対決であり、フリーと正規雇用の対決でもあります。劇中でも主役争いが行われ、オペラブッファ対オペラセリアという構図もあったりして、この公園には政治的思惑以外に、対決のレイヤーが複雑に絡み合っていたのです。

この二つのオペラは、ともに新作オペラの創作のプロセスを描いています。オペラについてのオペラ。楽屋オチも含む「メタオペラ」です。二つの作品は筋書きも似通っていて音楽的な雰囲気も似ています。


「劇場支配人」はモーツァルト自身の記載によると「序曲、2つのアリア、1曲の三重唱とヴォードビルからなる音楽付き喜劇」とあります。この冴えない喜劇は時事的な風刺ものでした。時事モノの宿命でもありますが、その新鮮味はすぐに色褪せてしまいます。そしてモーツァルトが担当した部分が5つの楽曲の集合として劇的な脈絡が曖昧なまま真の台本がない状態で残ってしまったわけです。

しかし、絶頂期のモーツァルトの音楽自体は最高に素晴らしいものです。今では見事な序曲がオーケストラのコンサートのレパートリートとしてよく演奏されるだけで、他の4つの歌のナンバーは中途半端に取り残された状態にあり、モーツァルトの演奏会用アリアよりも更に聴く機会が少ない状態です。

この作品を救い出そうとする試みは現在まで続いてきました。ゲーテからピーター・ユスティノフに至る様々な作家たちが改訂したり新たな劇に書き換えるなど、モーツァルトの音楽に劇的な脈絡を取り戻そうとしてきました。

劇場支配人、あらすじ

以下にあらすじに従ってコリン.デイヴィス指揮の演奏会形式のライブの動画を並べてみました(素晴らしい演奏です)。今はこーゆースタイルの上演が多いんじゃないかな。序曲は発見できなかったので同じ指揮者のスタジオ録音(ロイヤル・フィル)の動画を代わりにあげておきました。おれの探し方が悪いのかも…。もし、発見したら差し替えます。

では素晴らしくご機嫌な序曲からスタート。


まず、売り込みにかかるのがジルバークランク嬢。ロココ的に軽やかな歌で、自分のチャーミングな魅力をアピールします。この名前はドイツ語で銀の響きという意味ですから、「銀の鈴」といったような感じでしょうか。

続いて売り込みをかけるマダムヘルツは、初演ではアロイジア・ウェーバーが歌いました(彼女はモーツアルトの初恋の相手です)
ヘルツはドイツ語で「心」という意味です。ジルバークランク、ヘルツという名前は役の性質を表しているのかもしれません。


このアリアの切々と胸に迫る表出力の強さは、モーツァルトの全作品中でもトップクラスでしょう。男女の別れの悲しさを歌った切ないアリアです。「別れた後はあなたは私のことなどすぐ忘れてしまうでしょう」と歌います。モーツァルトはおそらくアロイジアがこれを歌うことを知っていたでしょうから、どんな心境でこの歌詞に興味をつけていたんだろう…と思っちゃいますね。

それから三重唱です。テノールのフォーゲルザングもやってきます。2人のソプラノの主役争いが始まり、フォーゲルザングが仲裁に入って大混乱になります。言い争いをやめない二人にうんざりしたフォーゲルザングは「静かに、静かに!(P, diminuendo,PP!)」と歌います。音楽も歌詞と同様にだんだん小さくなって終わります。洒落てる!

それでも何とか丸く収まり仲良くやっていくことになりました。ブッフ(バス)も入って4人でヴォードビルを歌って、めでたしめでたし、で大団円です。ヴォードビルとは軽快な音楽軽喜劇のことです。ブッフ(Buff)は「自分の名はbuffだがOをつければBuffo!だからおれがプリモ・ブッフォなのだ」と歌います。つまり「オペラブッファ最高」ってことでしょうかね。

三重唱にはジュゼッペ・ディ・ステファノの超最高な動画がある。演奏会型式ではなくちゃんとしたオペラ映画になってる。いろいろ工夫されてて楽しい。英語歌唱。これは全曲ないのかな。あるならぜひ観たい。

ディ・ステファノ、芸達者で素晴らしいなー。超楽しい。ディ・ステファノはマリア・カラスのパートナーで二枚目のイメージが強いけど、ブッフォもめっちゃ上手い!さすがだー。

いちばん本格的な感じの動画は以下の南西ドイツ放送の動画。これは歌手だけじゃなくて、ちゃんと役者も入れてます。


この二作のカップリングといえばアーノンクールのライブ録音が最高。このCDは日本語の歌詞対訳もついてるし、アーノンクールの解説も日本語で読める。しかし対訳が音としっかり対応してないのは残念ですが、それでもだいたい全体が把握できるのはありがたい。演奏は最高で安いし。おすすめ。この公演って録画ないのかなあ...

♠️サリエリ「まずは音楽、おつぎが言葉 ”Prima la musica e poi le parole”」

カスティの台本も非常に凝った作りですが、サリエリも超見事です。目が覚めるような序曲。アリアと重唱とレチタティーヴォがシームレスで繋がっていくような独特な構成。だいたいの「あらすじ」を大まかに知っている程度で聴いても、音楽の面白さで一気に聴かせてしまう。凄いです。

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まずは音楽、おつぎが言葉、あらすじ

作曲家が脚本家(詩人)に、ある伯爵からの依頼で4日でオペラを作る仕事を引き受けたと言います。詩人は仰天して無理だと怒りますが、最終的には共同作業をすることになります。


詩人は、音楽に後から歌詞をつけるという注文(まず音楽、つぎに言葉)に必死に抵抗してそれは芸術的ではないと主張しますが、作曲家は

「オペラの観客は言葉などに全く興味はない」と言い放ちます。

二人は配役を決めようとしますが、ここで世知辛い「スポンサー問題」が浮上。詩人はある歌手(トニーナ)を推します。トニーナには金持ちの愛人がいるから、彼女がキャストに入れば金持ちの愛人がオペラに金を出すだろうというのです。二人は早速金のわけ前について話し合います。詩人は半分を要求、作曲家は自分が9割取ると主張します。

そこにプリマドンナ(エレオノーラ)が登場です。エレオノーラは、オペラの注文主の伯爵と自分は繋がりがあるからぜひ自分を使って欲しいと言い、猛烈に自己PRを始めます(自分がサリエリのオペラで果たした功績や、豊富なレパートリーを自慢しまくります)。エレオノーラは自分が役を取れると確信して、去ります。

今度は詩人がトニーナを連れてきます。トニーナは古臭いオペラをこき下ろし始め、狂女を演じたり吃音の真似をしたり、でたらめを続けます。困惑した作曲家と詩人は彼女を黙らせるために役を与えようと申し出ますが、そこに折り悪しくエレオノーラが戻ってきてしまう。作曲家が焦ってリハーサルを中断したので、トニーナは怒り始め、トニーナが役を得たことを知ったエレオノーラは激昂します。

エレオノーラは自分の練習を始めますが、トニーナは無視して自分のアリアを同時に歌い始め、大混乱。作曲家と詩人は絶望的になって言い争いを始め場面は 一層混乱します。は最終的には音楽劇の素晴らしさを讃えて、大団円となります。

この二つの作品は上演時間もコンパクトなもので、二本立て上演に最適な尺になっています。本来はこの二つの作品の二本立てて演奏するのが一番なのでしょうが、様々な問題でそれは難しいのが現状です。結局どちらも「帯に短したすきに長し」なんですよね。


余談です。ものすごく長く脱線します!「モーツァルトのことだけ読みたい方」は、ここまでおしまいにした方がいいかも。


余談。組み合わせを考えてみる。

「劇場支配人」は、やっぱりイタリアもののコンパクトなオペラと組み合わせるのがいいんでしょうね。日本では近年ロッシーニの「絹のはしご」とセットで上演されています(絹のはしごもコンパクトな方ですが、やっぱりちょい長いから、演るなら工夫が必要になってくるでしょう)。

余談。奥様女中

おれはペルゴレージの傑作「奥様女中」との組み合わせがいいかなあ、などと夢想したりしますが、おれがいいなと思うくらいだから、もうどこかでやってるでしょう。音楽的にモーツァルトに対抗できるのはペルゴレージじゃないかと思うし...
おれは奥様女中、大好き!昔は日本版のミニチュアスコアがあったのでそれを手に入れて、よくスコア見ながら聴いていた。個人的にはスターバトマーテルより身近に感じる曲だ。

「奥様女中」は最高すぎる動画があった。

アンナ・モッフォがセルピーナ!美しい!そして芸達者(彼女は女優でもあるから、芸達者で当然か)!バリトンのモンタルソーロがこれまためっちゃ芝居が上手い。超楽しい動画だ。指揮がフランコ・フェラーラってのもうれしいっすね。これ、リマスターして日本語字幕つけて発売して欲しい。

舞台の上演ならこの動画が楽しいっすね。ディエゴ・ファソリスの指揮。

おれにとっての奥様女中の決定盤はこれ。スコットとブルスカンティー二!最高の演奏!


同じモーツァルトならサイズ的に「バスティアンとバスティエンヌ」がいいんだけど、これはジングシュピールになっちゃうからなあ。やっぱり合わせるならイタリア語の喜歌劇が望ましいでしょう。チマローザとかイ・ソレールとか…。イ・ソレールはサリエリより更に知名度低いしな〜。ドニゼッティの初期作品なんかだったらいいのがありそうですよね。

こうやって劇場支配人になったつもりで興行的にいい感じの組み合わせをあれこれ考えてみるのも、けっこう楽しいです。

余談。「みじめな劇場支配人」

チマローザの「みじめな劇場支配人「" L'impresario in angustie"」なんてかつては人気作だったらしいし、ストーリーも「劇場支配人」と似てるのでいいかもしれません。

これは上演時間役80分なので、尺の問題はまあまあです。「劇場支配人」と同じ1786年で、ゲーテも気に入っていた演目だそうです。これは楽譜も音源も入手しやすいのできっとどこかでセット上演が行われているでしょう。

フルスコアもヴォーカルスコアもアマゾンでふつーに手に入っちゃうよ。わはは


余談。「宮廷楽長」

同じチマローザの「宮廷楽長"Il Maestro di Capella"」も「劇場支配人」とのカップリングに相応しいです。上演時間だけなら、この方がバッチリかも(長くても40分くらい)。バリトンの一人オペラなので、芸達者なバリトンを確保すれば上演できちゃう。めっちゃ経済的。実際、「劇場支配人」と「宮廷楽長」の二本立て公演は日本で行われています。

以下はジェルメッティ指揮のシュトゥットガルト放送響。アルベルト・リナルディの独唱。素晴らしい動画。オケも衣装を着て演技する。楽しい。

セスト・ブルスカンティーニの映像があった!短いけどこれは貴重。


エンツォ・ダーラのもあった!

さすがバッソ・ブッフォの第一人者。最高すぎる!


ピリオドオケならこれかな。イル・ジャルディーノ・アルモニコの演奏。式はアントニーニ。バリトン、リッカルド・ノヴァロ。演奏会型式に近い演奏。

以下は定番の名盤(コレナ)。そろそろ新しい他人の録音も欲しいね。





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