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モーツァルト・ホルン協奏曲第3番 変ホ長調 KV447、ホルン協奏曲第4番 変ホ長調 KV495


だいぶ前に書いた解説原稿をweb用に加筆修正してみました。モーツァルト・ピアノソナタチクルスのレクチャー原稿を補強するつもりで書いてます。

ロイトゲープ

モーツァルトが亡くなるまで、冗談と悪ふざけの良き相手となったのがヨーゼフ・ロイトゲープです。ロイトゲープはザルツブルクの宮廷楽団で活動していたホルンの名人でした。同じくザルツブルクの宮廷楽団に所属していたモーツァルト父子とはとても親しい間柄でした。ロイトゲープはモーツァルトよりも早く、1777年にウィーンに出てきていました。

モーツァルトは、この年長の悪友ロイトゲープのために協奏曲を4曲と五重奏を1曲(たぶん二重奏も)書きました。

上吹き・下吹き

これらの作品はホルン奏者にとっては最も重要で必修のレパートリーです。特に協奏曲第3番と第4番はよく演奏され、プロオーケストラのオーディションで必ず課題曲になります。ホルンのオーディションはだいたい上吹き(1番奏者と2番奏者)と下吹き(3番奏者と4番奏者)と分けて募集がありますが、上吹きの課題は第4番で下吹きの課題は第3番ということになってます。作品の音域的特性でそうなってます

ナチュラルホルン

18世紀のホルンはナチュラルホルンですからバルブがなくベル内の右手による調整(ゲシュトップ)と唇の微妙な加減だけで吹いてました。

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普通ならゲシュトップの音を少なくするところを、モーツァルトはわざとゲシュトップばかりのフレーズを書いて難しくしていました。ロイトゲープの技術を信頼していたというよりは、愛すべき悪友を困らせようとしたんでしょう。いたずらです。

♣️ホルン協奏曲第3番 変ホ長調 K447

この作品は従来の研究では1783年作曲とされていましたが、近年の研究では、1787年または1788年作曲とされるようになりました。自筆譜の紙やインク等の分析から最近ではこの説が有力になっています。つまり第3番の方が第4番よりもあとの作品ということになってしまったわけです。実は晩年の作品だったんですね。

この作品の自筆譜にはロイトゲープをからかう言葉がたくさん書き込まれています。「さぁいけ、ロバ君」「ちょっとひといき」「だめなブタ公」「やれやれこれでおしまい」などと友情あふれるからかいの言葉が書き込まれています。ロイトゲープのためのホルン作品は、その愉快な交友の様子をしのばせるものばかりです。ホルン協奏曲第3番はオーケストラにオーボエの代わりにクラリネットを用いているのが大きな特徴です(クラリネット2本、ファゴット2本、弦楽という非常に珍しい編成です)。柔らかなオーケストラの響きの中で歌い踊るホルン独奏は愉快で楽しく、時として非常にロマンティックです。クラリネットの入ったオーケストラは柔らかな響きが魅力的で、雰囲気はほとんど後期の感じに接近してます。特に第2楽章のロマンツェは「歌うホルン」の魅力を最高度に生かしきって、全4曲のホルン協奏曲の緩徐楽章の中でも最も見事な楽章であると言っていいでしょう。夢見るような天国的な音楽です。ロイトゲープはゆっくりしたメロディを美しく「歌う」ことで名人と評価されていましたから、モーツァルトはもちろん友人の才能を生かして「歌いまくるホルン」を書いたのでしょう。

モーツァルトのホルン作品はロイトゲープのために書いたというだけでなんだか笑えてしまうし、ブタとかロバとか冗談を書き散らかされた自筆譜のふざけた印象も邪魔をして、我々はちょっとこれらの作品を軽く見すぎてきたような気がします。特に3番の協奏曲は遊戯性と同時にモーツァルト後期特有の深い音楽的内容を併せ持つ非常に充実した作品です。猛烈にふざけて書いてますけど、やっぱりとても深い音楽です。だからモーツァルトってすごいんですよね。

動画はバボラークのライブですが、名ヴァイオリン奏者のカントロフが指揮を担当してるのも見所です。

ナチュラルホルンの動画もあげておきました。バルブ付き現代ホルンの滑らかさも素敵ですが、ナチュラルホルンの野趣溢れるスリリングな感じや自然に醸し出されるユーモアも捨て難くて、ぼくは好きです。


♣️ホルン協奏曲第4番 変ホ長調 K447

この作品も もちろんロイトゲープのために書かれました。1786年「フィガロの結婚」と同時期の作品です。

自筆譜は黒・赤・青・緑の色とりどりのインクで賑やかに書かれています。随所に工夫があって非常に凝った作りの作品です。通常はカデンツァの後にソロは登場しませんが、この曲はカデンツァの後にもソロがでてきてオーボエとデュエットします。

また、この曲の第二楽章の主題は、一ヶ月後に書かれた連弾のためのソナタヘ長調  KV497とほぼ同一のものです。

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ホルン吹きにとってこの楽章は音域が高い上に息が長く、技術的にも精神的にも非常にハードな楽章です。

第三楽章は典型的な狩の音楽。オケで弾いていても実に楽しい楽章です。

動画はまずエイジ・オヴ・インライトゥンメント管弦楽団のピリオド楽器の3楽章の演奏をあげておきました。これを見るとナチュラルホルンをどう吹いているかとてもよくわかります。ソリストのロジャーさんが丁寧に解説もしてくれてます。いい動画です。ぼくは3楽章に関してはナチュラルの方が好みかもしれないです。この荒々しい感じが楽しいんですよね。

せっかくなのでバルブ付き現代のホルンによる動画もあげておきました。ヴラトコヴィッチによる見事な演奏です。ナチュラルホルンと聴き比べると、とてもおもしろいです。



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