見出し画像

描き殴る君 ユメは.

転校続きの僕は、また新しい学校に転入することになった。
そこは本当に優秀な者しか入学、転入を許可されないという有名な私立校で、財閥の令嬢や政府関係者の子孫が多く通っていた。

猫を被った僕は、校内を案内されながら、「素敵な学校ですね〜」などと適当なお世辞で会話を繋いでいた。
洋風で城のような美しい建築とは裏腹に、どうも雰囲気の良くない学校で、とても息苦しかった。

途中、いかにもカースト上位そうな一人の女子生徒に、そこ邪魔。と突き飛ばされた。
年配女性の校長は、よろけた姿を見て心配するフリをしながら嘲笑していた。
人の嫌な部分が集まったような、何とも居心地の良くない場所で、転入生という異質な存在である僕を、皆がヒソヒソと噂していた。
校長の鼻につくような嫌味ったらしい笑い声も、じとじとした空気も、嘲笑う噂話も、段々と、色々、分からなくなってしまった。
元々精神が不安定だった僕は、周囲に視線に、その空気に耐えかねて、ついカッとなってしまった。

ズカズカと歩いて、校長の頬を殴り、

「俺、やっぱこの学校入んの辞めます!」

と怒り気味に宣言した。


生徒会の腕章を付けた一人の女子生徒が、
「はァ!?あんた逃げんの?いいの、こんな良い学校入れるチャンスなんて滅多にないのに、あんたみたいなのがさ!なのに、馬っ鹿じゃないの?」と鼻で笑ってきたが、

「こんな場所に居たら魂ごと腐っちまう!」

と言い捨てて、去ろうとした。
するとその女子生徒は気に入らない、という顔をして、飛びかかろうとしてきた。
僕は避けて、その子の髪を掴み、

「お前に、一番最初にこの学校の最悪さ教えてもらったよ。ありがとな?」

と、笑ってそう言ってから、ジタバタと怒り狂った様子でこちらを睨むその子の、みぞおちを殴り気絶させた。


副校長先生らしき中年の男が、「自主退学と言うより、これでは暴行事件もいいとこだな」と言った。
「警察にでも突き出すのかよ」と鼻で笑って挑発すると、副校長は意外にも楽しげだった。
「ハハハハ、そんな馬鹿なことはしないよ」
「僕もその校長の小言には心底ウンザリしていたからね、殴ってくれてスカッとしたよ」

だから退学にはしない、という意味だろうか。

副校長は、黒い笑みを浮かべながら床で伸びている校長の姿をスマホで写真に撮った。

_

しばらくして、パトカーのサイレン音。
正面玄関口に目をやると、数十人のマスコミが駆けつけていた。


「限られた優秀な生徒しか入学を許可されない事で知られるこの桜宮高校ですが、本日転入したと見られる一人の男子生徒が、校長と女子生徒一名に暴行を加えたとの事です。自ら退学を宣言した後、今も尚教室内に籠城しているとの情報が入っております!」

リポーターの話す声が聞こえて教室の外を見ると、吹き抜け2階の渡り廊下の方から目撃していた数名の生徒たちが、通報をしたらしい。中には、面白がってマスコミや出版社に匿名でネタとして売った者がいたようだ。

「めんどくせえな...…」

そう呟いてから、殴った女子生徒を抱きかかえ、教室を出た。

_
何の騒ぎだ!と慌てて正面玄関に駆けつけてきたほかの教師たちが、マスコミや警察に驚いていた。
「生徒の迷惑になりますので校舎内への立ち入りはご遠慮ください!!」
男性教師達がそう言って、必死にマスコミを押し帰そうとしていた。

カメラに映らないように一番端の玄関口に、女子生徒をお姫様抱っこして歩いてきた僕の姿を見て、「君...!!」と保健医らしき白衣の女性に呼び止められた。

僕は丁度いい、とその子を渡しながら、
「みぞおちを殴ったので軽く気絶してます。さほど力入れてませんが、起きたら多少は痛むと思うので治療と、あと.....謝っといてください」
と申し訳なく思いながらそう言った。

女性の先生は、「殴...られたでは無く殴った!?君が!?ちょ、ちょっと君待って!」
と言って呼び止めた。
けれど、両手が塞がり女子生徒一人の重みを支えるのがやっとの先生には追いかけられないと知っているから、何も言わずに立ち去った。

その後、玄関口を出て裏門から、音も気配もなく、誰にも気付かれずに学校を後にした。

✱   ✱   ✱  

 学校の近く、現在の住処である集合住宅地にまでマスコミが来ていて、エントランス手前のゲートの外で張り込んでいるようだった。
集合住宅地といってもプライベートを知られたくない人の為、1部屋1部屋がかなり離れているだけで、基本はマンションのような造りだった。
著名人も多く、かなりちゃんとしたセキュリティがあるので、ゲートの中までは入れないと知っていた。


避けるように裏口から入ろうとしたがマスコミの一人に見つかり、

「すみません!!」

と大声で話しかけられた。

少し身構えたが、来る途中、トイレで制服を脱いできたおかげか、

「ここの住民の方ですか!?」

と話しかけられたので、顔までは知られていないと分かった。

顔がカメラにハッキリと映る前に、

「いえ、友人の訪問ですので。失礼します」

と言って小走りで逃げ込むようにして裏口に入った。しつこく追いかけようとしてきたので、指先をヒュっと軽く振って、"風の力"で扉を素早く強制的に閉めた。

カメラを担いだ1人が、

「さすが芸能人御用達の重警備マンション...外からじゃ全く干渉出来ませんねえ」

と愚痴をこぼしていた。


_

エレベーターの前に、見覚えのある女性が立っていた。
彼女は僕に気づいて、

「ん!おかえり!」

と無邪気に笑いかけた。

買い物帰りらしく、ビニール袋をふたつ持っていた。僕は短く、持つよ。とだけ言って大きい方の袋を貰った。

華奢で小柄な、少女のような見た目とは反して、少し大人びた顔立ちと、肩まで真っ直ぐに伸びた、灰がかった薄茶色の髪。

それが彼女。


「ねえ入口のあれなにか知ってる?」

首をかしげ、その奇麗なブラウンの瞳は真っ直ぐにこちらを見つめた。
僕は反射的に「やべっ」と思い、つい目が泳いでしまった。

「あ!!もしかして......君かっ!!」


驚くように、呆れるようにそう言う彼女に、ただ「ハハ...」と苦笑することしかできなかった。


「まぁた、そうやってすぐ手出るんだ〜」


「全くもう〜」と言いながらもどこか嬉しそうで、楽しそうに話す。
そんな彼女に、俺も思わず口元が緩んで
「ごめんごめん笑」と笑みをこぼす。

「あ、その顔、反省してないなー?」

頬をむすっと膨ませながら、子供を叱る母親のように、顔をしかめる。


僕が「反省してるって〜」と笑いながら返事をして直ぐに、ポーンと音がしてエレベーターが来た。

僕が14階を押して、彼女は閉じるボタンを押してくれた。


エレベーターに乗ってからも、
「せっかく久々に入れた学校だったのにさ〜ほんと勿体ないよ〜しかもあんな凄いとこ」と小言のように言ってきた。

人の小言や愚痴は、正直嫌いだ。
それらは大抵、陰湿で、その場の空気すらも息苦しく、気色の悪いものに染めてしまうから。
僕は人よりも、そういう、嘘や人の悪意のような、陰湿なものに敏感だった。
だからつい混乱して、カッとなって手が出る。悪い癖だよと、彼女にはもう何百回と言われた。

けれど、彼女のそんな愚痴や小言は、何時間だって聞いていたいと思う。
彼女の"それ"には、悪意が無い。
陰湿でもなければ、息苦しくもない。
ただあるのは、僕への心配と愛情が入り交じった、心地の良い春風のような。


「ってもう〜聞いてる?」

彼女ががまた、ふくれた顔で聞いてくる。

「聞いてるよ、ごめんってば笑」

苦笑しながらそう言うと

「絶対聞いてなかったでしょ!まっ、いいけど〜」

とそっぽを向く。


エレベーターが14階につき、開くボタンを押して彼女を先におろしてから僕もおりた。

小さい方の買い物袋を「ちょっと持ってて!」と僕に渡し、カバンの中をあさり出す。

「あれ〜...どこだー?」

彼女は、鍵をどこに入れたかよく忘れる。
だから決まって「そこ、右脇の小さいポッケ」と教えてあげる。
触れもせず、一緒に探しもせずに一瞬で鍵の場所を言い当てる僕に彼女は何も聞かず、「あった!ありがと」と言って鍵を開ける。

「ほい、お待たせ」

彼女が扉を抑えていてくれて、僕は両手に持った買い物袋を一旦玄関に置いて、彼女も入った。

「ただいま〜」と彼女が僕に言って、僕も
「おかえり」と彼女に言う。

靴を脱ぎ、キッチンに買い物袋を運んだ。
彼女は食材を冷蔵庫に入れ、僕は上着をハンガーにかけ、手を洗った。
洗面所でふと鏡を見ると、左の目の下に小さな傷があった。

「あん時のやつか...」

女子生徒に飛びかかられた時、爪で引っかかれでもしたのだろうと、泡立つ手のまま雑にこすった。

「まぁた、傷増やして」

洗面所の扉の前に、彼女が立っていた。
彼女は僕の側まで寄って、頬をタオルでそっと拭いてから、絆創膏を貼ってくれた。

「こんくらい別に...ほっとけば治るし」

僕がそう言い捨てると、彼女は小さくため息をこぼした。

「…どんなに小さな傷でも、君が傷ついてるのは、やだよ?」

振り向くと、彼女は寂しそうに笑っていた。その表情に胸が締め付けられ、申し訳なくなった。

「......ほんとにごめん」

下を向く僕に彼女は「うん」とただそう、優しい声で言った。

「反省してるならよろしい!」

そう言うと、小さな子供みたく僕の頭をくしゃっと撫でた。恥ずかしくてくすぐったいけど、とてもとても幸せだった。

「...そんな心配しなくていいのに」

僕が小さくこぼすと彼女は、

「あ!!!」

と思い出したように言った。


「ん?」

少し驚いてそう聞く僕の、少し濡れた手を掴んで彼女はペシッと優しめに叩いた。

「この手!コラ!すぐ人を傷つける。ダメだよ、うんほんと、それは、反省してね」

彼女は僕ではなく僕の手に話しかけていた。そしてバッと顔を上げて僕の目をまっすぐと見つめながら、

「あと!!さっきも、また鍵見つけてくれちゃったでしょ!」

当たり前すぎて忘れていてくれたらいいなと思っていたけれど、また説教が始まってしまった。

「それくらい、べつに」

僕が目を逸らし逃れようとしていると、彼女は手をしっかり握って、

「『それくらい、べつに』…じゃない!だめだよ、そんなことに使っちゃ!」

全然似ていない僕の真似に、思わず笑いが込み上げてきた。

「ふ、ふふ、に、にてない...笑」

僕が笑いを堪えていると、思いっきりデコピンされた。

「いっっ」

「わたしは真剣なんだよ!あと似てるから!」

かなり痛いデコピンの痛みも、彼女の得意げなその顔に、全て吹っ飛んだような気になる。

「ごめんって笑」

「 だって  × ×  を助けたくて、」


言ってから気づいた。
僕は今、君を、なんと言った?
少し、いや、かなりの違和感を抱えた。

「...君のその気持ちは嬉しい、嬉しくないわけないよ。けどね、君の力は、そんなくだらない日常なんかで使っちゃだめだよ」


―――くだらない日常。
そう、これは日常で、じゃあここはどこで、君はだれで、ぼくは、だれ?
これは、なに?

「......またかよ」
「え?」

僕は、混乱して、本当は分かりそうになって、嫌で嫌で、涙がこぼれる。

「え、どしたの!?ごめん、でこ強くやりすぎたよね、痛かった?ごめんね!?」

心配してくれる彼女も、心配されてる僕も、泣いてる僕も、見つめる彼女も

「いやだ…...なんでいつもしあわせな時に...」

止まらない涙に、彼女はバスタオルまで持ってきてポンポンと拭いてくれる。

こんなの、こんな幸せあるわけないよな。
出来すぎてんだろ、幸せすぎんだろ。
分かってたよ、こんなの、ちがうって。
あと少しだけ、たのむよ......やだよ

「......ごめんな」

鼻をすすりながら彼女に謝る。
治まってきた涙に、広くない洗面所の床に二人で座って。

「...また、つらくなっちゃったの?」

また、ってことは、僕のこんな弱い所まで、この子には見せているのか。

「ほんとはこれ、うそ なんだ」

僕は、もう終わりにしようと思った。

「う...そ?」
「...なにが?」

彼女は怖がっていた。
おれも怖かった。
ぼくも恐かった。

「しあわせだったよ、ほんとうに」
「ゆめみたいで、きらきらしてて」
「いいことも悪いことも、ぜんぶ」

「きみがいればぜんぶしあわせで」

「...ヤダ」

彼女が、僕の腕を掴む。
うん。温かいし、ちゃんといる。
でもね。

「ゆめみたい、なんて」
「ほんとに、ばかだったんだよ」

「...ヤダ」

「ばかなんだよおれ、だって」

彼女の目を見る。
ぼろぼろと、こぼれる涙で潤ったその瞳は、
うつくしくて、でもきっと目覚めたら、
忘れてしまうんだよね。

「だって、君のこと、こんなに」

「ゆわ、ないで...」

「.…..愛してしまったんだ」

僕も泣いていて、ぼろぼろと涙は溢れて、
お互い、滝みたいで、それで、

「......わたしも、愛してるよ」
「ねえ、もう行くの?」

彼女は最後に、笑ってくれたから。

「ごめん」

僕も、笑って見せて。


「いつか、会えますように」
「また きみ と、会えますように」

そう願いを込めて、僕は呟いて。



「…またね」

囁いて彼女が、腕を離した気がして、






目が覚めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?