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#2000字のドラマ 「ログイン」


         2018年6月16日

いいね。きみのキーボードを打つ音、僕の慣れない手つきでキーボードを打つ音が二重奏みたいで。遠くで聞こえる水の音は雨で、雨は土砂降りで全てを濡らす。鬱陶しいくらいの僕たちの関係も。あり得ないくらい呼吸が合っても、別々でしかなくて。1人の孤独よりも、2人を知った後の寂しさの方が耐えられない。

きみは大学の課題をしていて、5000字超えの文字の羅列を画面に映している。文学部美術史専攻のきみは、芸術と関係のないような論理的思考を求められているようで、クリエイターを支える側になりたいのかな。あの時言ったこと忘れてるのかなとも思う。

僕はフリーターでブログを書いている。何でもないきみとの日々を書いている。一緒に行ったラーメン屋、きみと一緒というだけで思い出になったこと。一緒に同じ映画を映画館に観に行って、感想に熱くなりすぎて喧嘩になってしまいそうになったこと。一緒に好きだったアーティストのライブに行って、好きなことがある人生の幸福を改めて感じたこと。高校生の時に出会ってから、今も会ってくれるきみの優しさに苦しくなったこと。あの時は僕たち以外にもうひとりいて、3人だったこと。そしてなによりも、みんなでクリエイターになることを夢みていた。

僕たちはこの数年で現実に引き戻されるように大人になりつつあった。来年の1月には成人式を迎える年齢になり、将来に焦るきみと未来は見ないと誓いたい僕は、似たもの同士だった。

高校生の時、僕たちはいつも3人で過ごしていた。夢みがちで強がりな僕、夢と現実の調和が取れた頼れるきみ、そして圧倒される個性をもつ奏多。三者三様だった。そして、みんな求めるものは自分の才能の使い道だった。あの頃はみんな無敵で、何でも出来そうなくらい3人で居る時間が楽しかった。

学校の帰り道に、部活に入っていない3人は公園まで行って、思いついたことやお互いの想いを伝えあった。物語になりそうなほど悲劇的な生活をしているわけでも、ここが僕の家なんだと言えるような豪華な生活をしているわけでもない3人だった。そんな日々でも、そばに誰かが居てくれるからこそ、大切なものを気にしなくて済んでいた。

奏多はゲーム音楽が好きで、高校生のころから既に才能が開花していた。僕たちは、奏多の恥ずかしそうにしながら、自作のゲーム音楽を聴かせてくる姿に、この人は自分の才能を知っている人だと確信した。ゲーム音楽なんて意図的に聴く方ではなかった僕でも、これはゲーム音楽だと言わんばかりに圧倒された。この音楽は主人公が決意をした瞬間に使われるんだろうな。

僕は高校生になっても少年の心とプライドの高さを持ち合わせた厄介ものだった。人に決められてたまるか、と思いながら将来のなりたい自分を想像すると、自分で道を切り拓けるような人ではないことは分かってる。人に上手く伝えられない言葉が蒸発していきそうで、高校卒業後にフリーターになった瞬間に、昔から現在、未来の話をブログに書き綴るようになった。

高校の卒業式以来、僕たちは奏多に会っていない。彼は卒業後すぐに自分から、自分のつくるゲーム音楽を業界の人に売り出し、もう自分の力で仕事をしていた。彼はクリエイターになってしまった。ひとは誰しも自分の課題を抱えているから、人のこと手伝う暇なんてないんだ。

僕たちは来年正真正銘の大人への仲間入りを果たす。もう、奏多への嫉妬心は捨て去って、応援できる人になりたい。僕たちはもう、ひとりずつ違う方向を目指し始めていたんだ。卒業式の時から。

僕たちだけの思い出も、やがて3人でやっと思い出せるくらいに記憶が衰えゆく。その時は、みんなクリエイターになっていて欲しい。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
また、次回の記事も楽しみにしていてください。


                   タナブログ


このタナブログを見て、「きみ」と推測されるのは僕だろう。たまに横でパソコンを使っていたのは、日頃の想いを誰かに見て欲しくて、誰よりも僕と奏多に届いて欲しかったんだとたった今知った。
僕たちはいつのまにかバラバラになって、成人式に3人で会った時を境に、誰にも会わなくなった。
このタナブログも2019年の初記事、成人式の内容から更新されていなかった。

きっとどこかで暮らす君たちに、いつか僕もクリエイターになったよって言える時まで、僕はもう一度続けてみるよ。


期限のない約束を叶えた時、みんなで会おう。

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