38分②

高校最後の年、僕らは文化祭でバンドを組むことになった。誰も楽器なんて触ったことなかったのに、ノリとテンションで申込書を書いて提出したらなぜかオッケーがでた。あとに引けなくなって、とりあえずやる曲を何曲か決めて、各自自主練ということになった。高校3年の夏だというのに、僕の連れは誰も受験勉強などしてなかった。元々就職組が多かったし、僕は別に大学に入るつもりも働くつもりもなかったけどまあなんとかなるだろうと思っていた。そんなことよりせっかくの高校最後の年を派手に楽しく過ごすことの方が重要だった。適当に集まって近くのスタジオを借りた。楽器はそこで貸し出しをしていて、本番でも使ってもいいといってくれた。僕が目をつけたのは赤いギター。別に音楽をよく聞くわけでもないので、ギターくらいしか知らなかった。それぞれ気に入ったのを選んでいたけど、僕は一目でこの赤いギターに決めた。スタジオ代もそんなに高くなかったし、みんなで割り勘して毎日のように入り浸った。その割に駄弁ってばっかりでほとんど練習しなくて、直前になってみんな焦りだしたのは今思うと少し面白い。決めた曲は4曲だったはずなのに、本番までになんとか形にできたのはたったの2曲だった。まあでもどうにかなるだろうと適当に考えていた。あの頃は全てが適当で、みんなで楽しくやれりゃなんでもよかった。夏休みが終わって文化祭の前日、メンバーみんなで薬局に行った。ブリーチ剤とそれぞれ入れたい色のトリートメントを買って、それで誰の家かは忘れたけどみんなで髪を染めた。だって俺らバンドマンだしな、と誰かが言っていた気がする。僕は青にした気がする。自分でブリーチ剤で髪の色を抜いたから汚い金色の上に乗った青色は全然綺麗じゃなかったけど、黒髪からの脱出になんだかわくわくしていた。青と、赤と、オレンジと、緑と、なんかそんな感じだった気がする。それから、同じく薬局で買ったひとつ980円のピアッサーで、ピアスの空けあいをした。僕の右耳を担当したやつがめちゃくちゃへたくそで、ようやく空いたかと思えば斜めになっていた。左はまあましだったけど。染髪にピアス、校則では禁止されていたしそれもみんな知っていたけど、この時のテンションはすごかった。なんかすごいことが起こる気がしていた。
そして本番。ぶっちゃけていうと、演奏はひどいものだった。リズムはめちゃくちゃだし、コードは間違えても気づかないし、そもそもボーカルなんて音程も合ってなかった。それでも楽しかった。ステージの上でアホみたいな色の髪を振り回してめちゃくちゃな演奏をしても、なぜか他の生徒もすごく盛り上がっていて、なんかこのまま世界が終わるのか、とさえ思った。ちなみに髪の色とピアスについてはあとで担任にこってり絞られた。別に戻したりしなかったけど。
でも文化祭が終わったと同時に、友達はみんな黒髪に戻っていた。ピアスもついてなかった。今後も機会があればバンドをやりたいと思っていた僕はスタジオの赤いギターを値引きしてもらって買った。それを自慢しようとした矢先のことだった。みんなの目線の先には就職があった。遊ぶことも放課後あつまることもほとんどなくなった。なんだか、鳩が豆鉄砲でもくらったような気分だった。まわりはさっさと就職を決めていき、結局僕は最後まで決まらなかったし、小遣い全部使って買った赤いギターも使わないままだった。親父は早く就職でもなんでも決めろ、とうるさかった。それが、やけに煩わしかったのは多分親父のせいだけじゃない。一人だけ馬鹿みたいな色の頭をした僕は、三者面談を要求する担任の話も聞かず、学校に行くふりをしてゲーセンを渡り歩いていた。組んでいたバンドのメンバーをラインから消したのはその時だ。
卒業が近づいていた。頭は別によくなかったけど2年までは一応まともに授業を受けていたからか、卒業はできるようだった。卒業式には出なかったけど。僕はさっさとここを離れたくて、適当に家を探して上京した。逃げたのかもしれない。でも別によかった。あいつらと一緒にはいたくなかった。あれだけ馬鹿騒ぎしてたのに、こっちにきてほとんど人と話さなくなった。俺だった一人称は、バイトでしか他人と関わらないため敬語が抜けなくなって僕になった。今、髪の色は青くはない。青はすぐに落ちて、汚い金色があらわれた。就職試験は髪の色で落ちたと思っていたので、スーパーでのバイトの面接は黒彩を振った。それもすぐに落ちたけど、美容院で髪を染める金はなかったし、一回だけ自分で暗くしたけどブリーチのせいですぐに明るくなってしまって諦めた。髪の傷みなんてどうでもよかったし、斜めに刺さっていた右側のピアスはすぐに塞がってしまって、今は左だけつけている。たまに膿むのが少し厄介だった。そんなかんじ。そんなかんじの毎日。別に楽しくなんてなかったけど、まあ死にたくなるほどしんどいものでもなかった。ただ夜になると少しだけ考えてしまう時間が増えた。



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