38分③

部屋の隅にあった赤いギターを自分の方に引き寄せる。レンタルとして使われていたから、塗装はところどころ剥げていて、それでも買った当時はめちゃくちゃかっこいいと思っていた。少し弾いてみようと思ったけど、コードがひとつも思い出せない。確かCとかGとかあった気がするけど。携帯を開いて調べると、確かにあった。自分の中に少しだけ残っていた記憶が合っていて少しだけ安心した。ピックは持ってきていなかったので、コードを押さえて指で弦を鳴らした。結局買ったままだったギターの弦は音程も合ってなかったし、少し伸びているような気がした。変な音しか鳴らない。文化祭の時も、めちゃくちゃだったけどあの時は自分ではかっこよく弾けていたと思っていた。なんだか想像と違うなあ。その想像すら、合っているのかわからないけど。そういえば、文化祭の時のあの演奏、友達に録音してもらったなあ。100均で薄っぺらいケースを何枚か買い電気屋で30枚くらいはいっている真っ白のCDを買った。それにパソコンで音を入れて1000円で売った。音はひどいものだったし、原価を考えれば買う人なんていないだろうにそのCDは案外売れた。みんな記念にっていってたけど、僕の手元には残らなかった。

ギターを部屋の隅に戻し、こたつに入ったままごろりと床に寝転んだ。カーペットもなにもひいてない床は少し冷たかった。
いつから、こうなったんだっけ。なんだか取り残されているような気分になった。取り残されたのはあいつらの方なのに。誰とも連絡はとってないからどうなっているかもわからない。彼女はできたのかな、もしかして結婚したのかな。仕事はうまくいってるのかな。でもそれらを聞く術はなかった。未だにこんな髪の色をしているのは僕だけなんだろうか。僕のやってることはおかしいんだろうか。いろいろ考えても一向に答えが出ない。答えなんて、見つかるはずもなかった。自分がどこをみているのかわからない。目標なんてない。どうなりたいのか考えたことすらない。心が傷みを訴えたような気がしたけど、面倒臭いから放っておいた。
明日起きたらまたバイト。苦痛ではなかったけど、なんとなくもやもやと霧がかかったような気持ち。ラインの友達は増えない。多分、この先も。どこにいったらいいかわからないけど、僕はこのまま一人なんだろうか、なんて寂しいことを考えた。別にそれでもいい。本当にそう思ったけど、それでいいと思うのはなんだか癪だった。
明日になってもなにも変わらない。母さんが親父に内緒でたまに送ってきてくれる野菜を炒めただけの彩りだけはいいけど美味しくもないご飯を作って、仲良くもないバイト先の人と1日の半分以上を過ごして、それから布団に入るのを忘れてこたつで寝る。明日になってもなにも変わらない。どこにもいけない僕は、足元の安定しない場所を歩く。いっそ落ちたら楽だけど、そうもいかないらしい。
やっとのことで眠気がきたけど、今日はなんだかこたつの熱が皮膚を攻撃するみたいにあつかった。片方の足をこたつから放り出すとなんだか体の半分で温度が違って気持ち悪かった。質素な生活をするだけの給料しかないくせにこたつをつけっぱなしで寝ることが多いため電気代はいつも高い。滅多に鳴らない携帯の料金も、辺鄙な場所とはいえ都内のために地元よりは少し高い家賃も、消費されるだけ。僕ははたから見れば可哀想なんだろうか。それともまともに働きもしないでだらだらしてるだめな人間なんだろうか。このまま何にも選ばれずに僕の人生は消費されていくんだろうか。赤いギターだって折角選ばれたと思ったら使われずに放置だもんな。怒ってんのかな、僕のこと。ごとりと音がして、一瞬肩を震わせる。部屋の隅を見るとさっき壁に立てかけた赤いギターがこちらを見ていた。感情なんてもたないギターは僕のことを怒ったりしないしこちらを見たりしない。話しかけたところで返事は戻ってこないけどなにか話しかけたい気分だった。言葉を選んでいる途中で眠気に負けて、僕はそのまま。

__________________

おしまい。
うまくいかないよねー。



#小説