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[連載短編小説]「ドァーター」第三章

こちらは第三章です。まず、第二章以降からご一読いただいた方が、この作品をより楽しむことができます。ぜひそちらから読んでください!
第一章、第二章はこちら↓

_________本編_________


第三章 幸せ
 二人の娘たちと生活する中で、あるものを感じた。目を覚まし、階段を降りると、賑やかな光景が視界に広がる。それは紛れもない、僕が密かに閉ざしていた幸せだった。
 こんな幸せは、妻が病にかかる前以来。結婚する前日まで感じたことがなかった。そしてやはり血が繋がっているからか、笑い方、目の形、話し方、どれをとっても妻と似ていた。
 彼女たちはよく母の話をしてくれた。つまり、僕の妻の話だ。土日の昼食は三人でテーブルを囲み、そんな話をするのが日課だった。
「ママね、いっつもパパのことを話してたよ。毎日のようにね」娘の乙枝が言った。「あの頃、しばらく会えなかったのが、本当に辛かったって」
 僕は少しひやっとした。あの頃というのは、妻の出産に立ち会えなかった頃のことだろう。立ち会えなかったのはとても悲しいことだ。しかし、妻は僕に娘の存在を一切伝えなかった。そこで僕は一つの疑問にたどり着く。本当に娘たちと血が繋がっているのか?考えたくなかった。もしそうだったらと考えると怖くなった。
 今は、この不安定な幸せを壊したくなかった。娘の笑顔を守りたかった。
「ママのことが好きなんだな。いいことだ」
 僕はそう返した。毎日のように、妻の話をする娘たちを見ていてとても微笑ましい。そう思った。
「当たり前でしょ」
 巴枝は元気良く言った。
 二人の娘たちはどちらも母のことを愛していた。
 乙枝は、十四歳の長女で明るい性格だ。母に似て顔がよく、万人ウケするだろう。巴枝は乙枝と逆で、少しおとなしめだ。十二歳で、小学校に通っている。自分でよくモテると言っていた。
 二人とも個性があって、また言うが、二人は本当に妻と似ていた。そして二人は母親を愛していた。苦しいほど愛おしいほどに。

 寝支度を済ませ、布団へかける娘たちを見送る。彼女たちを寝かしつけ、電気を消しにスイッチに手を伸ばした。ふと娘たちのベッドを眺める。
 僕は、娘から愛されていた妻を守れなかった。まだ何も知らない純粋な子たちを見て、心が痛む。
 未だ罪悪感は消えない。忘れることなんてできない。
 娘に打ち明けるべきだろうか。もし彼女たちがこのことを知ってしまったら、僕はどうなる?嫌われてしまうかもしれない。パパと呼んでもらえなくなるかもしれない。
 幸せそうに眠っている娘たちから離れない視線は震えた。そして、あっさりと電気を消した。見ていることすらおこがましいと思った。
 何を考えてる。父親ずらするなよ。犯罪者のくせに。僕はただ、乙枝と巴枝を守るだけ。少しでもそれで罪滅ぼしができると思った。だから、娘たちに会いにきたんだ。幸せになってどうする?僕にはそんなもの必要ない。
 愛しちゃダメなんだ。僕なんかにパパと呼ばれる資格があるか?あるわけがない!僕は枕を思いっきり殴った。

 次の日の朝。彼女たちはやっぱり元気だった。溌剌とした表情に、満遍な笑顔。まるでひまわりのようだった。しかしその眩しさは、僕の心を蝕む。
 気づけば、彼女たちに愛情を注げなくなっていた。娘を愛している自分が許せなかった。
 しかし、それが娘たちに大きな影響を与えていることを僕はまだ気づかない。愛情を失った花がどうなるかを。母親を失った悲しみから求め続けていた愛が手に入らなくなるとどうなるのかを。
 僕は娘たちの絶望をもって、思い知らされることになる。

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毎日続ける掌編小説。30/365

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