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【連載小説】『スピリット地雷ワールド』《最終話》

 緑色の芝生を紫色の鈍い空が照らしている。そんな、紫色に濁った芝生は、不思議で奇妙なオーラを漂わせていた。
 
 寒くも暑くもない、かといって普通でもない。背筋に鈍いスライムが垂れているような、気持ち悪さを感じる。

 愛音なおと闇葉やみはの精神世界を体験することによって、その彼女の過去を知ることができたのだった。彼女の過去はあまりにも残酷で、救いのないものであった。


*人物紹介*
愛音なおと
料理がうまく、女子力抜群の男子高校生。闇葉の彼氏。
闇葉やみは
いわゆる地雷系女子、しかしそれには深い理由が……。
光葉ひかりは
愛音と同様、闇葉の精神世界に迷い込んでしまった、闇葉と瓜二つの元気な正体不明の少女。
悪魔あくま
愛音と光葉の行手を阻み、邪魔をしてくる。最悪の相手。
駿美はやみ
闇葉の実の母。いわゆる毒親で、闇葉は病葉わくらばからとって名付けられた。


_________本編_________
第六話 自分勝手な強欲
 ____________________ 

「……」

「ヒック、ヒック……」

 涙を流す少女が愛音のそばに倒れていた。顔は手のひらで覆い隠されていたが、耳は赤く染まっていて、長い艶のいい髪はぐしゃぐしゃに乱れていた。彼女の名前は光葉、闇葉の世界に迷い込んでしまったもう一人の訪問者。

「光葉……大丈夫か……?お前もあの記憶を見たんだよな……」

「……」

「アヒャヒャヒャ!言い様だぁあ!」

 すると、悪魔が嘲笑あざわらうように笑い始めた。愛音はそんな悪魔をにらめ付けた。

「悪魔よ、どうして君は闇葉の過去を知っておきながら、人を嘲笑うことができるんだ。彼女の人生を知っておきながら、どうしてそんなに非道になれる?」

「何をいっているぅ。ヒャハハハハ。どうしてって、決まっているだろう。人が苦しむのを見るのが面白くてたまらないんだよ!」

 なんてやつなんだろう。この悪魔は本当に酷いやつだ。

 闇葉の過去。その過去は、愛されない孤独と、暴力による不信のストーリー。負のスパイラルが永遠と続くストーリー。

「光葉、悪魔の言葉を聞いちゃダメだ。こいつのいっていることは間違っている」

「違うの……」

「え?」

「私は光葉じゃない」

 今、彼女からとんでもない言葉が聞こえたように思える。しかし、薄々気づいていたところもあるのではないだろうか。闇葉の精神世界に入る時、確かにパイナップルを食べたのは愛音だけだった。それなのに、見知らぬ人まで精神世界に入ってきたことにどうしてもおかしい。

「光葉はあの悪魔だよ」

 い、今闇葉はなんてことを言ったんだ。またとんでもないことを言ったのではないだろうか。一体どう言うことだ。

「アヒャヒャヒャ。確かに、その通りだ」

 光葉が闇葉ではなかったのか。イヤ、そう言うことか、本当にいるのだ。この精神世界に二人の人間として少なくとも存在しているのだ。つまり、最初のそっくりさんは本当の光葉で、今倒れているのは闇葉だと言うこと。いつ入れ替わったのだろうか。愛音が闇葉の過去を見ている時だろうか。イヤ、違う。愛音が過去を見るよりも前に悪魔はその場にいた。しかし、ここは精神世界。何が起こるかわからない。いくら考えても無駄なのかもしれない。

「ヒャハハハ。それがね、この世界はちゃんと現実でも起こりうる通りに設計されているんだ。夢オチなんかちっぽけな終わり方はしないから安心してくれたまえよ。もしかしたら、この精神世界、実はリアルの世界で、君たちはどこもかしこもわからない、地球の裏側にいるのかも。そして、私と、闇葉はただのそっくりさんで、愛音の頭を魔改造して、あたかも闇葉の過去が上映された映画館にいるかのように錯覚させたのかも」

「それは本当か!」

「ん?うそよ?」

「いい加減にしろ」

「まあまあ、そんなにムキになりなさんな。アヒャヒャ」

「本当のことを言えよ、真実を答えろ!」

「そんなに知りたいの?」

「ああ、それが、闇葉を知ることに繋がる。その確信が僕にはあるから」

「いいわ。私が愛音に魔法のパイナップルを郵送し、本当に精神世界に閉じ込め、愛音と闇葉を苦しめるために策略した、私の復讐であったの。これは全て私が仕組んだことだったのよ」

「それは本当なのか?!」

「ヒャッヒャヒャヒャ!ウソよぉ~」

 一体光葉の目的はなんなのだろうか。

「……闇葉。もう行こう、この場に留まり続ける理由はもうない。ゴールに向かおう」

「……」

「闇葉……?」

「……」

 ただ、妙な間が続いた。しかし闇葉は次に愛音の目をじっと見つめた。ただ、じっと見つめていた。

「どうしたんだ?ああ、ごめん。動いたらまた記憶が蘇るんだったな……僕が背負っていくよ」

 それを見ている光葉はニヤリと笑った。闇葉は愛音の背中に乗り、彼は歩き始めた。

 時々ひどく頭痛が走る。愛音の眉間に皺がよる。

 どうやら芝生さえ踏まなければ、記憶が頭に流れてこないようだ。しかし、余計なものが彼らについていっていた。そう悪魔の光葉だ。

 悪魔が光葉だったとは。さらに、この世界が本当に精神世界なのか、すら危うくなってきてしまった確かにおかしな世界だが、どこか現実味があるのだ。それに悪魔の言う言葉だ、何一つ信用ができない。

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 ゴールが近づいてきている。今まで、ずっと同じ背景だったのに、今では少しずつゴールの緑色の塔が大きくなっていくようだ。光葉の顔を見ると少し暗い。一体どうしたのだろう。表情が見えない。ひたすら芝生を見つめて歩いている。隠すように見えない顔が少しだけ不気味であった。

 塔はどんどん近くなっていく。すると、あまりの光沢でぼやけていたのが、次第にはっきりとわかるようになるのだ。霧が晴れていくように、そのゴールは現れた。しかし、そのゴールはあまりに予想外の代物であったのだ。なんと言うことだろうか、これはまるで筒状に丸められた離婚届ではないか。

「こ、これは……そんな、まさか……やみ、」

 愛音は闇葉の表情を見るために振り向こうとするが、やめた。そして彼は彼女にこれがなんなのか聞こうとして、やめた。彼女の体はガタガタと震え、ガチガチと音を立てる。

 その瞬間、光葉はピタリと制止した。光葉のしわれた唇から轟音の爆笑が挙げられる。

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 まさか、そんな……。再び芝生から記憶が流れ込んでくる。

********************************** 

「どうして私を見てくれないの!?」

「はやみ……ごめん、僕たちもうおしまいにしよう」

「また私を捨てるんだ!いやああ、きゃああ!」

「……ママ。どうしたの……?」

 居間に広がる不穏な空気にやってきた。大きな音に目を覚まし、擦る手を止めた。闇葉の心は不安でいっぱいだ。表情は疑問でいっぱいだ。

「ああ、闇葉。あなたも言ってよ、パパが私を捨てようとしているの」

「ああ、なあ闇葉。これは違うんだ。どうかわかってほしい。お母さんと暮らすのはこれからとても辛くなるだろうから、どうだ、僕と一緒に来ないかい?」

「……エ」

「どっちなの闇葉。もちろん私を選んでくれるよね?」

「……あ、あ。うっ、」

「そう!本当に!?ありがとう、闇葉。あなただけよ、私を愛してくれているのは」

「闇葉、それでいいのか?」

「……うん」

 闇葉の目は死んでいた。暗い明かりがママと闇葉だけを照らす。パパはたくさんの荷物を抱えて、暗い闇に消えてしまった。ママが闇葉を力強く包み込んで離さない。テーブルにはそう、緑色の紙、離婚届が丸めて置かれていた。
 
「はぁ!……」

 愛音は闇葉の記憶から戻ってきた。目をカッと開いて、眼球を揺らした。すると、彼は口を手で押さえ、吐き気を抑えた。人の記憶が一度に流れ込んだのだ。体に支障が出てもおかしくはない。そして、ずっと流れる頭痛は彼自身の精神を蝕み続けているのだ。このままではまずい、早く闇葉の精神世界を出なければ、愛音の精神がめちゃくちゃに壊れてしまう。

「ヒャハハハ!お前は本当に可哀想なやつだなァ。闇葉を本当に愛しているやつなんてどこにもいないんだよ」

「違う、それは、この僕が、愛音が!闇葉を愛している!」

 愛音は頭痛を押し返して、今は我慢して立ち上がった。

「アハ、アヒャヒャ……ほんとかそれ。なあ、闇葉、お前はまだ愛音のこと信用するの?」

「……信じない」

 闇葉は細々とした弱い声で言ったりする。

「アヒャヒャヒャ!だってよ愛音くん!」

「……あ、そうだよな……当たり前だ。僕がやったことを許せるわけないよな。闇葉を振ろうとしたくせに最低だよな」

 愛音はすっかりさっきまでの威勢を無くしてしまった。もう彼は諦めてしまうのだろうか。どうやら違うみたいだ。その逆で、彼は自分の過ちを振り返ることができ、諦めたくないと強く思っているのだ。しかし、彼のタイムリミットはもうすぐ。このままでは精神世界によって心を壊されてしまう。長いはできないのだ。

「アヒャヒャヒャ、でもね、これは絶対なんだ。闇葉は愛音がいないと救われないんだよ。愛音がお前の精神世界に入り、お前の心を旅して、お前を知って初めてお前は救われる。闇葉だけの力なんて非力なものよ。一人で何ができる。もし可能ならば、最初からお前は地雷なんか抱えてないだろう!」

「……。愛音がいないと救われない…。私は…私は…。」

「ヒャハハハ!!図星なのね……!哀れなざまねェ!」

「……」

「お前は一生孤独なんだよ、惨めで、社会の邪魔者で、ひとりぼっちだ!」

「……」

 その時だった。

「だめ……。光葉?もうやめよう。君が暴走する必要はないんだ」
 
 悪魔の正体は光葉だ。光葉はもう片方の人生を歩んだ闇葉。光葉は闇葉の記憶を見て、悪魔になってしまった。
 
「光葉、君は確かに闇葉と違う、でも多分君は闇葉のコピーなんだ。複製されたもう一つの人格なんだと思う。そして、その光葉という人格は、大切に育った別の人生を歩んだもしもの闇葉。闇葉が望んでやまなかった人生。でも、光葉、君も知ってしまった。もう一つの自分が体験した記憶を知ってしまった。だから、滑稽に見える自分をいじめた。そうだろ?
 人がいじめをする理由。人が相手に嫌悪感を感じる理由。それは自分の中に忌み嫌う自分がいるからだ。だから、それをしている相手に敏感になって、嫌って、罵りたくなるんだ」
 
「……ははは、愛音、勘違いしすっ、いいや。もういいや、ねえ愛音。そこまでどうしてわかったの?」
 
「……ってことは、本当なんだな。今回ばかりは本当に信じていいんだな?光葉」
 
 愛音は鎌をかけた。しかし、それにしては鮮明で、賭けに出た発言であったと思う。それだけ、愛音は決意が定まっていたのだろうか。

「うん、もう嘘はつかないよ。でもごめんね。私、もう光葉じゃない。闇葉のたった一部を複製された。でも闇葉の記憶を見て、それでも悪魔になってしまった」
 
「光葉、君は何も悪くないんだ。でも、もう自分に惨めなんて言っちゃだめだよ。君は君だ。自分をもうこれ以上傷つけないで、君は幸せになっていいんだから」
 
「でも、私は…私はどうすればいいのかわからない。自分を傷つけずに幸せになれるのか…」
 
「大丈夫、たとえ惨めでも、周りに迷惑をかけてしまって陰口を言われたとしても、魔にうけないで、君は君だから」
 
「……私、もう少しだけ頑張ってみる。あ、あのさ……もしよかったらなんだけど、君と一緒に、私の人生を歩んでみようよ……」
 
「闇葉……。いいのかい……?僕も悪魔と同じ温度、同じ血が流れているんだ。君を知りもしないで、ひどいことを言った。そんな僕を許してしまうのかい?」
 
「愛音、君が悪魔だとしても、愛音が愛音であることは変わらない。私は許すよ。君は私を知らないままで、言葉で傷つけられたけれど、それでも君は変わらずそばにいてくれた。だから、一緒に行ってほしい」
 
「……僕は、君の過去を知って、僕自身も自分の過去を振り返ることができたんだ。不完全で中途半端な人間関係が怖い。でも、闇葉と出会って、心の穴が埋まっていく気がしていた。僕と一緒に人生を歩んでください。こんな僕だけど、君のそばにいたい」
 
「ありがとう。私も不完全で中途半端な人間関係が怖かった。でも、君と出会って、少しずつ変わっていける気がする。一緒に人生を歩んでみたい」
 
 二人は一緒にゴールへ向かい、緑色の光に触れた。その瞬間光は膨れ上がり、彼らを暖かく包んだ。
 
 気がつくと、あの部屋、いつもの時計。窓も、出入り口の扉もちゃんとある。どうやら戻ってこられたみたいだ
 
 ダイニングテーブルにはぐったりと眠ってしまっている闇葉がいた。すると、ふと愛音は平皿に並べられたパイナップルを見た。その時ちょうど、なんということだろうか、パイナップルはどくどくと溶け始め、蒸発してしまった。しかし、平皿に紙切れが現れた。ビリビリに破られた離婚届みたいだ。
 
 すると愛音はそっと眠る闇葉の手のひらに手をかぶせた。闇葉の頬に一本の線がゆっくりと伸びた。カーテンの隙間から日の出が差し込み、何もかもがキラキラと輝き始めた。
 
「まだまだ、僕には足りないことがあるだろう。闇葉はまだメンヘラであるだろう。でも、少しだけでも、少しずつ僕は変わっていきたい。別にメンヘラでもいい、地雷系でもいいじゃないか。少しずつ地雷系の地雷を取り除いていけばいい。永遠のように感じるかもしれない。でもそれがいちばんの近道なんだ。孤独や、信用できなくなってしまった臆病な君が僕に助けを求め、僕は君を守ろうと決めた。これはエゴじゃない。傲慢ごうまんじゃない」

「ただ知りたいという僕の自分勝手な強欲なんだ」

END


最終回を読んでくれてありがとう!!
全話読んでくれた人、本当にありがとう!
最終話だけを読んだそんなあなたもありがとう!面白かったら他の話も読んでね!

次回作は、再び読み切り掌編小説を書きます。
今後ともよろしくお願いします🙇

ではまた👋


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