5.高校時代②通信高校

 担任教師の勧めで、通信に転入した。本校は遠いが分校が通える距離にあった。水曜の午後だけスクーリングに通い、あとは課題という形だった。

 といっても距離があったので九時には起きて十時半の電車に乗らなくては行けなかった。そのため欠席も多かった。

 課題を学校でやっていくか?といわれ一人課題に向き合っていたら、涙が出てきてしんどくて、課題は進まず、様子を見に来た担任に帰された。

 それでもなんとか三年に進級し、クラスの子たちともそこそこ交流を持ち、なんとかかんとか卒業した。

 ちなみにこの頃僕はなりきりチャットというものにハマっていて、リアルワールドで男性の人は参加不可という世界で男になりきって(若干歳をごまかして)たくさんの大人と交流をしていた。

 眠れないのをいいことに、夜中から朝方まで、様々なシチュエーションで、様々な人と話をした。架空の人物として架空の人物と話をした。恋人ができたりもした。架空だったけれど。

 現実ではあまり友人も居なかったし、通信に転入して大手を振って昼まで寝てられるようになったのでなおさら夜が暇だったし、タイピングが得意だったので、ひたすらパソコンに向かっていた。

 夜は孤独だったし、孤独な夜は精神を蝕んだ。だから僕は、架空の世界に逃げ込んで、架空の人となって、誰かと一緒にいたかった。

 この頃個人サイトをやったり、掲示板でチャットして遊んだりもしていた。そのときの友人たちは、今どうしているだろう。僕は君たちを覚えているよ。君たちはどうだろうか。

 そんな訳でパソコンにのめり込み、ネットリテラシーを独学で身に付けた高校時代だった。

 ちなみに指定校ではないけれど推薦枠があったので、大学も推薦で行った。その頃はカウンセラーになりたくて、臨床心理士になれる院のある大学へ進学。

 本当にたまたまだが、兄が進学した大学でもあり、学祭に一度行って当時どこかのサークルが作っていたクレープを食べたのだが、入学後にそれが自分の入った文芸部だった。縁って不思議!

 ただ、費用の面が僕の私立通信校への転入もあって厳しく、一浪しないかと親にいわれた。が、しかし、意地で現役で入学。成績は良かったので四年間奨学金をもらって何とかした。

 しかし、大学生というのは精神を摩耗する立場だったのです……。

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