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牧野富太郎の赭鞭一撻に衝撃をうけた

少し時間が経ってしまいましたが、連続テレビ小説「らんまん」終わりましたね…😢🌿
もう一度最初から見直したい…と未だ想いを馳せているテラダです。

ロス真っ只中の私は、モデルとなった牧野富太郎さんが最後に暮らしていた住居とお庭の跡地である、牧野記念庭園に行ってきました。

ドラマでは妻・寿恵さんが「あなたとあなたの標本を守るため」とかっこいいセリフを放って購入した、大泉村(練馬区東大泉)の土地です。
私はなかなか乗る機会のなかった西武池袋線に乗って、大泉学園駅へ。
10分弱歩いて、着きました。

どどーんと入口。一気に草花に囲まれる。

牧野記念庭園は、なんと展示室も含め入場無料なのです!
「らんまん」の影響で、中は人がたくさん。
小学生くらいの子も興味津々で見ていました。

奥様の名前をつけたスエコザサがあっちにもこっちにも。
庭園の木には名前のプレートが付いています。説明のページにとべるQRコードと、幾つかのプレートにはぐるぐるしたマーク。

至るところにスエコザサ

よく見ると「博士植栽」と書いてあります。
このぐるぐるマークは、牧野博士が使用していたはんこのマークなのです。(巻いている「の」で「まきの」を表しています。かわいすぎる!)
まきのマークの付いているものは、当時の博士が植えたものだそうで、なんだか感無量です…。
知らなかったのですが、金木犀も富太郎さん命名なのですね🌼
キンモクセイ香る庭園はどれほど素敵なんでしょうか…。まだ咲いていないはずキンモクセイの香りがしてきたナ…。

まきまき「の」はんこ


展示室には様々な標本や図鑑、実際に使われていた道具がありました。
その中でも、私の印象に深く残ったものがありました。

それは、「赭鞭一撻(しゃべんいったつ)」です。
急に漢字が難しすぎるじゃないか。
赭鞭一撻とは、富太郎さんが18~20歳頃に作った勉強の心得で、15ヶ条から成っています。
博士は生涯を通して、これらの抱負を実践していたそうです。

1から15まで、下記の通り。

一、忍耐を要す
二、精密を要す
三、草花の博覧を要す
四、書籍の博覧を要す
五、植学に関係ある学科は皆学ぶを要す
六、洋書を講ずるを要す
七、当に画図を引くを学ぶべし
八、宜しく師を要すべし
九、吝財者(りんざいしゃ)は植学者たるを得ず
十、跋渉の労を厭うなかれ
十一、植物園を有するを要す
十二、博く交を同志に結ぶ可し
十三、邇言(じげん)を察するを要す
十四、書を家とせずして、友とすべし
十五、造物主あるを信ずるなかれ

赭鞭一撻全文現代語訳

ひょーーー。
全部全部、20歳以下とは思えないものすごいことが書いてあるわけですが…

この一番最後。
これに私は衝撃を受けました。

造物主あるを信ずるなかれ

神様は存在しないと思いなさい。学問の目標である真理の探求にとって、有神論をとることは、自然の未だ分からないことを、神の偉大なる摂理であるとみてすますことにつながります。それは、真理への道をふさぐことで、自分の知識の無さを覆い隠す恥ずかしいことです。

赭鞭一撻全文現代語訳

「なぜ?」の追求に用意された答えはいらない。
自分で見つける、自分が見つける、という強い強い想いが伝わります。
これを20歳前にして、はっきりと文章に残した牧野博士。

実は、私はキリスト教の神を信じている時期がありました。
過去形で言うと、受け入れられない人もいるかもしれませんが、今のところ、私はそういうことにしています。
この話はまたいつかします、多分。

私にとって、神の存在があることで「自分の思考が途中で止まってしまう」と感じたことは、信仰が過去形になった大きな理由でした。
今から3年前、ちょうど20歳頃のことです。
病みがちな私は「なぜ生きるのか」「なんのために生きるのか」を日々日々考えてしまう性格なのですが、これについて、信仰のある考えに限界を感じてしまったのです。
賛否あるかもしれません。
でも、信じなければいけないと思っていた"正解"を一度手放して、それ以外の答えを、自分で探してみたい。
そう思って生きてきた今日までの3年間。悪くなかった。

自分の生きる意味について考えた20歳の私が感じたこと。
140年前に、草花についてどこまでも知りたいと願った20歳の富太郎青年が気付いたこと。


赭鞭一撻のその他の項目について記載しているページがありましたので、リンクを載せておきます。
どれも心に刻みたい。是非みてみてください。