見出し画像

しんどさはどこへゆく

今日は産婦人科へ行くのに通っていた駅に行った。

最寄りの沿線とは違うので久しぶりに訪れた。とても懐かしかった。入院する当日、その駅のスタバでストロベリーショートケーキのフラペチーノみたいな、期間限定のやつを飲んでいこ!と思って寄ったら売り切れていたこととか、その後母と合流したこととか、鮮明に思い出した。

お宮参りやハーフバースデーよりも、そのときのことの方が、現在に近い気がしたのはなんでだろう。でも行き交う人々は皆マスクをしていて、あのときと今は明らかな断絶があることを知った。不思議な感じだった。

思えば、あの頃(子どもを生んでから1、2か月)がいちばんしんどかった。なぜあのときはあんなに神経質になっていたんだろう、もっと余裕を持っていたら良かったのに。そう思うけど、今の自分があの時の自分にそれを伝えにいくことができたとしても、あの時の自分は聞き入れることはできなかったと思う。聞くことはできるし理解もできるけど、頭と心はそうならない、みたいな。

しんどいときってそうだよね。楽になる方法を時間と一緒に、自分なりに身体で覚えていくしかない。その過程で誰かに助けてもらうことはあっても、解決するのは時間と自分なのだ。どこまでも。

しんどい誰かを助けたいと思ったとき。自身があの頃よりしんどくなったとき。そのときのための覚え書きとしてこの文章を残しておく。

この記事が参加している募集

読んでいただきありがとうございました。サポートしてくださると本づくりが一歩進みます。