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約一週間日記

6月21日(金)雨のち晴れ

突然だが、一週間だけ日記をつけてみようと思う。
昨年までは手帳の謎の空間(あれ名前なに?)に箇条書き形式で記録していたけれど、あれって絶対に他人に見せない前提だから「死ねボケなんですけど」だとか「ほんま好き好きちっちやね〜」だとか情報もクソもない書き込みしかなくて、後に読み返して殺意が湧くよね。今年は手帳というより、読んだ本や観た映画の記録ノートにしている。2024年も折り返しまでやってきたけど今も楽しく記録は続いている。みんなもやるといいよ、楽しいよ。

今日はお仕事がお休みだったので旅行と恋愛で疲れた身体(嬉しい疲労です)を癒やすためにお昼頃までぐっすり眠った。夢はみなかった、覚えていないだけかもしれない。朝食兼昼食を食べたあと、読みかけだったレーモン・ラディゲ作「肉体の悪魔」を読む。倉橋由美子の書評集の中でフランス文学が多く紹介されていたこともあり、蔵書達を引っ掻き回して見つけ出した貴重な一冊だ。確か4回ほど読み返している気もするが、鳥頭なので今回も新鮮な気持ちで読了まで駆け抜けることができた。私は“感情”を文字で辿ることを愛していて、フランス文学に対してどこまでも俯瞰的で、分析的な…日記なのに表現がなんかおかたいね、キモいからやめるね。まあ「なんかずっと表現綺麗だしめっちゃ考えてるみたいだけど全然何言ってっかわかんねージャンル」という偏見を現在進行系で抱いてるわけだけど、この一冊はラディゲの処女作であり少年らしい拙さを感じられる文体で心情の変化を隙なく描いている。スラスラと読めるね。でも不倫はだめだよ絶対に。

夕方頃、雨が止んだので買い出しついでに少し遠くのスーパーまで歩く。スーパーって歩いてるだけでめちゃくちゃ楽しいよね、でも鮮魚コーナーで魚市場か?ってくらい新鮮な臭さを提供してくるスーパーはよくないと思う。脱臭炭めっちゃ置いてくれよ。一生バナナと卵が高いことにうんざりしながら帰宅、しかしまあ雨上がりの散歩は気持ちがいい。

お夕飯はひやむぎ、私はおそうめんよりひやむぎのが好き。なんかムチムチしてるから。でもそんな変わんねーだろとも思ってる。実に日記らしいな、いいぞ。いつも格好つけた文章になってしまうからのびのびした日記にしたいな。



6月22日(土)曇り

作り置きしておいた犬の餌おにぎり(オートミール)が知らぬ間に消えたので朝からお弁当用のおにぎりを握る。ここ最近は犬の餌(オートミール)にツナ缶や韓国のり、それっぽい調味料をぶちまけたおにぎりにハマっている。本音は白米が食べたい。数日前に科学館を訪れた時、偶然小学生?の団体に遭遇したんだけど休憩スペースでお弁当を広げて楽しそうにしているもんだからピクニック会場みたいでほっこりしちゃった。エスカレーターの上から眺める色とりどりの帽子がお花みたいだった。私は私のために犬の餌のようなお弁当しか作らないけれど、人のためにお弁当を作るってめちゃくちゃ愛で憧れるな。でもどちらかといえば作って欲しい側かも。

今朝から甲賀三郎の「琥珀のパイプ」を読み始めた。全八篇収録の短編集、表題にもなっている琥珀のパイプは嬉しい要素盛り沢山でいかにも!な推理もの。序盤に語られた理化学的トリックに関しては知識が皆無なため「…勘弁してくれよ(わからない)」と一瞬頭を抱えたけど、オチが素晴らしく私好みだった。知らない名作に出会えるのは嬉しい。普段はまるで話さないけど、この日記を通してみんなに感想も伝えていきたい。

ありがとうディアゴスティーニ!

お夕飯にマクドナルドのハンバーガーセットを食べた(あすけんの女とはまあまあ喧嘩になった)セットの牛乳が悪かったのか、単純に数日前も爆食をしたからなのか薄っすらと具合が悪い気がする。いま健康の全てを取り返すために白湯を飲みながら日記を書いているけど、滝のような汗が額から流れている。これが代償…?夏に白湯ってわりと無茶なのかも。お気づきとは思うが、私はただ沸騰させただけのお湯を飲むだけでマクドナルドすらチャラに出来ると思っている。愚かだよね。書きながら気が付いたけどお弁当箱洗ってないや、洗ってきます。愚かだよね、でもこれが生活。



6月23日(日)雨

見事なまでの降雨、どうやら私の住む地域も梅雨入りを迎えたようだった。昨晩仕込んだ犬の餌(オートミール)フレンチトーストを朝食に頂きながら「仕事ずる休みしよっかな〜」なんて考える。別に職場が嫌いなわけではないが“労働”自体は欠片も好きではないので私はいつだってずる休みがしたい。たまごモリモリのお弁当も作ってしまったし、生憎の雨でズルをしたところで何も出来やしないので仕方なしに出勤する。誰相手に弁解してるんだって話なんだけど、普段のわたしは朝から手作りのフレンチトーストなんて食べない。そして、決して日記でアピールする為に作ったのではなく卵の賞味期限が終わりを迎えるので必死に消化している。これも生活だ。

白状すると写真は日記を若干意識してしまった(照)

50~60代くらい?の御夫婦がお弁当箱をお揃いで購入している光景を目にしてグッときてしまった。お弁当箱、現状この世のお揃いの中で最も愛おしい“お揃い”な気がする。

甲賀三郎「琥珀のパイプ」読了。本格ミステリー小説!皆さん大好き(私も大好き!)どんでん返し展開はなく、丁寧に言葉を解いていくという印象。おどろおどろしい描写もなく、ただひたすらに謎解きを楽しめる作品集でした。「愛の為めに」が一等好み、私って家族愛とか手紙に弱いのかも…(照)超個人的な日記とはいえ感想とネタバレの境界線をよくわかっちゃいないので、めちゃくちゃふわふわした感想になってしまう。青空文庫にもあるらしいので是非!

お夕飯は海老と南瓜のカレーだった(やった〜!!!!!!!)みんな知らないと思うけど、私はカレーと餃子とお芋のことがだ〜いすきなんだぜ。



6月24日(月)晴れのち曇り

今日は月曜日なので仕事後に買い出しに行かねばならない、毎週月曜日は某ドラッグストアのポイント二倍デーである。生活用品や最低限の食品の調達に向かう。
本音はスーパーに寄れたら有り難いのだが、仕事が終わる頃に寄れるスーパーは時間的にほぼ全店閉店しておりドラッグストアくらいしか寄れる場所がない。メモとにらめっこしながら店内を隈なく歩き回ったがお店を出た瞬間にはちみつと日焼け止めの購入忘れに気が付く。もうっ…🎶私の人生っていつもこうかも…🎶悲しんでる暇はないので忘れたふりをして帰路につく。こういう時どうにも恥ずかしくって店内に戻ることができない、照れ屋さんで可愛いね。

ドラッグストアでミニトマトの苗を購入した、小学生以来だ。将来は大きな蜜柑の木が植えてあって、庭先に変な壺をいっぱい置いている不気味でチャーミングなおばあちゃんになりたいので。名前をつけてみようとしたが食べる時に悲しくなるのでやめた。日記を継続できそうなら、時々みんなにも成長をお伝えしたいかも。

のびのびと育ってね

明日は夜作り置きを頑張る予定なのでその前に何とかして業務スーパーに行きたい。業務スーパーっていいよね、というかまず大前提スーパーが楽し過ぎるけど業務スーパーって別格に楽しいからもはやテーマパークだよね。業務スーパーデートがしたい。すぐにデートの話するよなお前って、と思ったでしょうけど私はいつだってデートがしたい。大真面目に。生活のあらゆる場面でデートがしたい、デートと思ってほしいとも強く思う。どんな形であれ一緒に過ごす生活すべてが、生活そのものがデートであってほしい。哲学?

お夕飯は冷蔵庫に眠っていた賞味期限間近の食品たちと再び向き合う、納豆の賞味期限が一週間ほど切れていたが先日の卵と違って納豆はまず前提が腐っているので無問題だ。卵かけ納豆ご飯ってお手軽な上に朝昼晩問わず食べられる完璧な美味しさだよね。すいさんは醤油もいいけど、焼き肉のたれをちょこっと垂らすのも好き。なんか焼肉屋さんのご飯みたいな香ばしくてジャンキーな味がするから。おぱんちゅ、泣かないで。

笑って




6月25日(火)曇り

9時間睡眠の末、お昼少し前に起床。私は休みの日用事がない限りは出来るだけに睡眠に時間を費やしたいと思っている。ベッドの上で赤城ウェンと小柳ロウの切り抜きをみたり学マスをしたりとダラダラしているとあっという間に昼過ぎ、本格的な人間活動開始まで時間はまだあるので映画を観ることにする。

ルチオ・フルチ監督作品「幻想殺人」を観る。
もうめっちゃ笑顔!私が。これこれ〜🎶映像の色がいい、非常にいい。悪夢として完璧な色彩、気が狂いそう鮮やかさだった。一応サンスペン要素もあるけれど展開はかなり駆け足で、もうトリックとかねーから!という強引さもいい。音楽も美しかったな。とある地雷シーンがありましたが総体的に最高だったのでいいです、でも次はないです。犬じゃないと信じます。

美しい

ここ一年くらいで観る映画の幅をグッと広げてもらったものの、結局こういうチープでいて勢い任せな映像が一番身体に馴染む。いかなる形であっても創作物はどこまでも創作物であってほしいと願ってしまうし、この時間だけは誰のことも思い出したくないと思う。重ね合わせてしまう過去や、声を思い出すことも危うげになってきた誰かも脳裏に存在しない。裏も表もない、ただただ物語に魅せられたいと思う。これは現実から目を背けたいというより、考えることを休みたいという欲求が正しい気がする。どんなに美しい過去の出来事や、今この瞬間も身体を支配する誰かへの愛情も、肯定は与えられても好意は欠片も差し出せない自分自身のことも見てみぬふりをしたい。

業務スーパーへ行く、普段はあっさりとしか眺める程度の冷凍食品コーナーがお目当てだった。母の影響かお弁当に冷凍食品を詰めることに謎の抵抗があったのだが、これがまたいいんだな。まず今のお弁当冷凍食品ってこんなに美味しいんだね。朝の慌しい時間の中でも「なんか彩りが…」と思った時にちょこっとプラスできるし、最近は自然解凍のものが多いのも大変助かる。少しお弁当作りが楽しくなった。少し。

帰宅後は赤城ウェンの配信を眺めながら作り置きをスタートする、ウェン…すごいよウェン…可愛いよウェン…ん?なんだいウェン…ふふ…そうだね…でも何を言ってるんだいウェン…。アイスを食べたり、音楽に合わせて小躍りしたり、つまみ食いなんかもしながら何とか全品作り終え冷凍庫に押し込む。

夜20〜22時とガッツリお昼寝をしてしまった為、夜はひたすらにもじもじ。いつも深夜2時半くらいになると理由もなく悲しくなって、悲しい理由を探してしまうのだが今日は悲しくも寂しくもなかった。



6月26日(水)晴れ

うんざりするくらいの晴天だ、梅雨ってこんなだった?私が知らないだけで入梅はまだ?もしくはいつの間に梅雨は明けていて今が夏真っ盛りだったりする?これ以上暑くなるなんて信じられないもんね。

今日は自店舗である程度の業務を終わらせた後、すこし遠い店舗へ販売応援に向かう。夜更かしのせいで仕事中はほぼ睡魔との戦いだったものの、電車に乗ると自然と目が冴える。移動間はとくに急ぎの仕事もないため「十角館の殺人」を読み始める。私は読書のことは好きだが学があるわけでもない、というかめちゃくちゃに鳥頭なので、時々“読めない”小説と出くわすことがある。普段そこまで困ることはない。強いて言うなら幾度となく調べたはずの地名や漢字をまた調べ直したり、タイトルに惹かれて購入した書籍が既読のもので本棚に同じタイトルが複数冊並んだり、という程度だ。何なら全てを忘れている為、何度読んでも新鮮な感動を抱ける点に強い感謝を抱いている。閑話休題「十角館の殺人」についての話をしたいんだった。私がこの小説を読み始めるのはこの三ヶ月?でかれこれ5回目になる。綾辻行人先生の作品自体初めてで、相性云々を語れるような立場ではないし十中八九私の鳥頭が原因なのだが謎に序盤で断念してしまう。今回こそは!と意気込んで読み始めたが、現時点で読了の未来がイメージ出来ない。でも読みたい。気合いだ、序盤さえ乗り越えれば……

今日はありがたい事に勤務時間も短く天気にも恵まれていたので、最寄り駅から電話をしながら徒歩で帰宅。大体1時間かからない程度の距離で(酔って歩くと1時間ちょこっと)人と話しながらにはちょうどいい。LINEも電話も苦手寄りだったんだけれど、少し前から嬉しくなった。楽しくも思う。そして友人にその事を話すと驚かれるのがちょっとおもしろい。
そういえば家に眼鏡を忘れた。夜道の街灯や車のヘッドライト、信号機、眼前に存在するぜんぶの光が混ざり合って妙な気分だった。普通に轢かれかけた(最近よく轢かれかけるので怖い)こういう時、とある企画展の為に友人と上野を訪れた数年前のことを思い出す。企画展後に常設展も覗いてみようという話になって、会場に足を踏み入れたとほぼ同時のことだったと思う。私と同じく眼鏡をかけている友人が「眼鏡を外すと景色ぜんぶが印象派の絵画みたいに映るんですよ」と教えてくれた。魔法使いじゃん、って思った。こうやって眼鏡を忘れた日だけじゃなくて、笑う数と同じくらい泣く私は涙で視界が朧げになってしまう時もこの日のことを思い出す、思い出してちゃんと目に焼きつけようとする。私は鳥頭だけど、こういう記憶の中で風化されてしまいそうなささやかで大切なことをずっと覚えているために後のぜんぶを忘れているのかもしれない。ポエミーな日だ。いい加減にしたい。

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