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さて、あれから3ヶ月が経った。



「時が癒してくれる」とはよく言ったもので、一番仲良しで、大好きな身内を亡くした私は当初、ご飯も食べ吐き、夜は眠れない、仕事の最中に涙が出る。の不健康お肌ボロボロ干物女だったが、今では好物の唐揚げを頬張り、体重計に乗っては落胆。休みの日は10時間睡眠の超健康優良児となった。



ただまあ、この言葉には語弊があって、「時が癒してくれる」のではなく、「流れる時の中で自分と関わる様々な物が癒してくれる」のである。


愛犬から受ける純粋な愛情、友人から貰う心からの笑顔、TVがくれた無関心な楽しさ、お日様の匂いをたっぷりと吸収したふかふかのベッド・・・・


様々な物が私を癒してくれたから、今、私は超健康優良児として存在出来ている。


その中で一つ、思ったことを書いてみようと思う。


彼女を喪った当初、私は一日中悲嘆に明け暮れていた。友達と食事をしていても味はしない。仕事も手に付かない。家に帰るにも、家への道順を間違えて、家に辿り着けない。毎晩、涙が止まらない。


私、こんなんじゃだめだ。はやく立ち直らなきゃ。


その焦りが尚更、私の精神状態を悪化させていたように思う。

当時、私は深層心理で、いつまでも泣いてないで、早く忘れなきゃいけない、日常に戻らなければならないとすら、強く思っていた。それと同時に、彼女を忘れてしまうのがとても怖かった。


3ヶ月経った今。私は1日一回は必ず、彼女を思い出す。ふとした瞬間。彼女との繋がりが垣間見えた時。いつだって思い出すことはある。


でもそれは悪いことではないし、今、私はそのことで毎日泣いたりはしない。(たまに泣く時もあるけど・・・・)もはや、それを彼女も望んでるのではないか、とすら思う。



3ヶ月経った今、当時の自分に声をかけるとすれば、きっと私はこう言うだろう。


大丈夫。気の済むまで沢山泣いていい。私は彼女を絶対に忘れない。立ち直るのも、ゆっくりでいいし、絶対に立ち直らなきゃいけない訳でもないから。


でもその中で一つ。出来れば無理のない範囲で少しずつ、世界との関わりを持って欲しい。時ではなく、自分と関わる様々な物が自分を癒してくれるから。



そうすれば、彼女の事を楽しかった、幸せな思い出として、思い出すことが出来るから。






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