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Nさん 〜油断大敵〜

長年高齢者を相手に仕事をしていると、
たくさんの出会いと別れがあります。

利用者さんとの別れにはいくつかパターンがあって、
ざっくり伝えると

①病気が悪化して入院
②元気になって帰宅
③別の施設に移動
④永眠

私の過ごしてきた15年では、①>③>②=④かな…

15年間で体験した たくさんの出会いと別れ。
その中でも印象に残っている利用者さんとの思い出を
記していこうと思います。


***


Nさんと初めて話したのは、老健に入ってすぐでした。
ニコニコしたおじいちゃん。
小柄でしたが 背筋はピンと張り、後ろに手を組んで
ゆっくりゆっくりと歩きます。
そういえば薄緑の服を好んで着ていたなあ。

毎朝出勤すると右手を挙げて
「おはようっ」と
元気に挨拶してくれていました。


NさんはADL自立でした。
ADLとは、移動・排泄・食事・更衣・洗面・入浴などの日常生活動作のことを言います。

それらが自立、つまり自分で出来ます。
なのに家ではみられないの?
不思議に思う方もいるかもしれません。

Nさんにも高度の認知症がありました。
症状としては、主に徘徊と色情行為。
そして易怒的でトラブルが起き易い事。

それらの理由でNさんはなかなか次の施設が見つからず、自宅にも帰れず、何年も老健で過ごされていました。


色情行為、いわゆるセクハラ。
認知症の症状では割とポピュラーだと思います。
Nさんは新人で隙のある私についてきます。

「ねえねえ」「なにしてるの」「かわいいね」

他者のケアをしていようが、申し送りをしていようが、
おかまいなしです。
そして、蔑ろにされたと感じた途端激昂します。

怒ったNさんは怒鳴り、殴りかかってきます。
詰所に逃げても窓を叩き「出てこい!」と叫びます。
新人の私にとってそれはそれは恐ろしい出来事でした。

怖い。怒鳴られたくない。

そんな気持ちが私とNさんの境界線を曖昧にし、
笑って場当たり的な対応をしてしまった私が
行為をエスカレートさせたのだと思います。


ある日のことです。
背後から忍び寄ってきたNさんに気付かず、
首筋にキスされてしまいました。

私は驚いて、逃げました。
(今思えば完全に悪手です)
Nさんは当然怒って追いかけてきましたが、
偶然近くにいた男性職員が間に入り宥めてくれました。

先にも記しましたが、Nさんは認知症です。
30分もするとすっかり忘れてまた寄ってきます。
こちらとしては30分どころじゃ忘れられません。
しかし、切り替えて対応する事が必要となります。
仕事ですから。


Nさんに対しての接し方を考える。
私は、この出来事で逃げていた課題と向き合いました。

声の掛け方を工夫したり、ある程度の距離感を保ったり。
今では当たり前に出来ることが当時は出来なかった。


Nさんとの関わりが私を成長させてくれたんだと思います。そう思うと感謝ですね。
セクハラさえなければ良いおじいちゃんだったし。笑


そんなNさんですが、呼吸器系が弱い人でした。
そして亡くなる寸前まで女性職員を追いかけてました。笑

ゼーゼー言いながら、唇も爪先も青くして詰所に来ます。
安静なんて保てたもんじゃない。
苦しくても本能のままに動く。それも認知症。
御家族の希望もあり、Nさんは旅立つ寸前まで施設で過ごされました。



詰所の窓をトントンと叩いて、にっこり笑う。
そんなNさんの姿を未だ忘れる事は出来ません。

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