【戯曲】ラプター(前半)

おはようございます、Gです。

7年くらいまえ、戯曲コンクールに応募して、最終選考に残ったものをちょっと見直して書き直しました。

 ~復讐は何も生み出さないというけれど、本当にそうなんだろうか。そんな疑問があり、BUCK-TICKさんの「INTER RAPTER」を耳にしてアイデアがまとまり、形になりました。猛禽類のように獲物を狙って仕留め、満腹になる、そんなシンプルさが気になってしまう男の話でもあります。

 なお、劇中に出てくる抗インフルエンザ薬の服薬後の異常反応は、発表当時と異なり、現在は罹患症状として認識されているものらしいです。

舞台化が実現したものではありませんが、お楽しみいただけますと、幸いです。このセリフ言いたい!この男、演じてみたい!という方がいらしたらとても嬉しいです。

☆登場人物(男性8名)
 伊達 州彦(くにひこ) 40代 雑誌「フェイク?」ライター
 江口 50代 雑誌「フェイク?」編集長
 石井 20代 バイク便ライダー、やがてバー経営

  隆世(おき りゅうせい) 40代 宗教団体幸青会・健康食品開発研究所(以降、研究所)職員
 杉本 60代 幸青会 副代表
 野々村 30代 幸青会・研究所職員、沖の後輩

 青木 20代 幸青会・営業マン   
 瀬能 大和 (せのう やまと) 10代 高校生

☆あらすじ
 都市伝説で定評のあるライター、伊達に、山田(偽名)と名乗る高校生からネタが持ち込まれた。友人、矢沢がビルから転落死し、警察は自殺だと片づけた。しかし、山田はそうは思っていなかった。ある宗教団体、幸青会の何らかの策略によるものではないかと言うのだった。山田の話に、特ダネの印象を受け、科学者くずれだった伊達は、幸青会が販売する健康食品の開発研究所へ研究員として潜入を開始する。ちょうど、女子の研究員・沼田が辞職し、その欠員募集をしていたのだ。しかも、その沼田もビルから転落死し、自殺と片づけられていた。伊達は、幸青会の計画を探りあてていく。それは同時に、優秀な科学者だった伊達が、その道を自ら閉ざした因縁を浮き上らせてもいった。

☆ 本文

# OP 宗教団体 幸青会 健康食品開発研究所(以降、研究所)・屋上    

  強風のなか、柵のそばに、沖が立っている。
  沖、アンプルを取り出し、眺める。
  アンプルの封を切り、意を決して飲む。
  沖、アンプルを落とし、頭をおさえる。
  紅潮した沖、柵へと足をかける。
  今にも飛び降りそうだ。
  風が吹きすさぶ音が響き渡っていく。

# 雑誌「フェイク?」編集部・内
  上手側に入口、廊下に通じている。
  室内は、書籍や資料等の紙が山積し、雑然としている。
  江口は編集長デスクに座っている。
  そのほかの席は空席である。
  バイク便ライダーの石井が、江口に封筒を渡している。
江口 最後の配達、ごくろうさん。
  江口、缶コーヒーを石井に渡す。
石井 ありがとーございます。今、伊達さんは?
江口 メシ、行ってる。
石井 そうすか、あの挨拶しておきたいんで、ここで待っても?
江口 いいよ。

  大和が入口から、室内の様子をのぞきこんでいる。

大和 あの、伊達さんは?
江口 あぁ、ネタ提供?
大和 はい。
江口 そのうち戻ってくるから、入っていいよ。
石井 でも、ここいらへんの勝手に盗み読みしちゃだめだよ。
  
  大和、一礼し入って来る。
  雑誌「フェイク?」を持ち、尻ポケットに携帯を入れているのが見える。

江口 適当なところ、座って。

  大和、見まわすが座れそうなところはない。

江口 ねぇか。
大和 それよりも、伊達さんてどんな人ですか?
石井 え、待ってるうちに逆取材?
大和 いえ、そんなんじゃ。
石井 いいんだよお、隠さなくて。面白いもんね、伊達さんの記事。
大和 そう、都市伝説がメインですけど、それだけじゃなくて。
石井 そうそう、眉がつばだらけ酒飲み日記とか。
大和 競馬の記事まで書いて、馬の血統にも詳しくて。レースあてちゃうのも凄いなあって。
江口 競馬、やるの?
大和 読むだけ、読むだけです。
石井 熱烈なファンだね、きみ。
大和 そんな。
石井 俺もさ、あんだけ面白い事書いて一杯仕事してる人って、どんな人な んだろうって、いつのまにか興味わいちゃってさ、で、ここの配達の仕事入ったとき、すっごく嬉しかったんだ。
江口 無愛想な男なんだけどな。
石井 あ、でもそんなところも良い味出してるっていうか。
大和 へー。
江口 …やー無愛想すぎて、エリート科学者の道からはずれたらしい。
石井 それって?
江口 数年に一度、一人しか選ばれない科学財団の研究テーマコンペで優勝したらしいぞ。

石井 凄。
江口 で、それが、御破算になった。どうも、無愛想すぎて。
大和 はぁ。
石井 でも、マジ優秀な人だったんですねぇ。
江口 …石井君、きみライダー辞めて、新しくバーやるって言ってたね?
石井 何ですか、いきなり。
江口 あの角の食堂の女の子、可愛いって言ってた子、バーのスタッフにスカウトできた?

  石井、首を横にふる。
江口 やっぱりな。
石井 は?それとどう?
江口 今までの仕事ぶりに感謝して、教えてさしあげよう。あの子、伊達に   告白してふられた。
石井と大和 え!?
大和 あの、その女の子って何歳?
江口 23くらいだろ。
石井 かー、もったいない。
江口 それがさ、俺は仕事にしか興味がない男だ。きみは俺の中に幻想を見ているにすぎない。きみが…
伊達の声 (江口にかぶって)きみが俺に弄ばれたいっていうんなら話は別だが、きみはそれを望んでないだろ?

  入口に伊達が立っている。

伊達 お前たちの会話、廊下まで聞こえてたぞ。
  伊達、片耳にイヤホンをつけ、競馬新聞を小脇にはさんで入って来る。
石井 あの子、その晩、眠れなかったんじゃ。
伊達 きっちり言っておいたほうがいいんだ。他に好きな男ができれば、俺のことはどうでもよくなる。
江口 あの子、あの食堂にまだいるけどな…今からでも遅くない、23の女の子とつきあったって、バチあたらんと思うぞ。
伊達 バチね。
江口 このままずっと、独り身てのも…

  伊達、イヤホンから流れて来る音声に気を奪われる。
江口 (大和に伊達を示し)あれが、伊達だ。
  伊達、懐から馬券を取り出し、破る。競馬新聞とともに、ゴミ箱へ放り  込む。
江口 はずしたのか?
伊達 あぁ。
江口 そうかあ、はずしたか(うれしい)
大和 あの…弄ばれてもいいって言ったらどうするつもりだったんですか?
伊達 そりゃ…
石井 あ、今すっげえスケベに笑った。
大和 そこはまともなんだ。
伊達 そんなばかな小娘は嫌いだ、とはねのけるかな。
石井 かー。
大和 でも、女嫌いってわけじゃないんですね。
伊達 きみ?
大和 あの、ネタ提供に約束していた…
伊達 あぁ…そこ座って。
  伊達、書籍が積み上げられた椅子を示す。
伊達 いいよ、使って。
  大和、書籍を床の上におろして座る。
伊達 思いつく限り、喋りたいだけ喋ってくれ。俺は止めない。ただ聞きこむ。質問は後でする。そういうスタイルだ。始めてくれ。
大和 僕、山田って言います。友達に矢沢ってのが居て、泳ぐのが大好きで、オリンピックの強化選手になるくらいでした。でも、心臓に欠陥が見つかって、もう激しい運動は無理だってドクターストップがかかって…矢沢、屋上から飛び降り自殺したんです、警察の調べでは。でも、違うと思って。
石井 なんで?
大和 泳ぐのが大好きだった奴が、どうして、飛び降り自殺なんです?海で泳いで死にそうな気がして。
石井 あぁ?
大和 それにあいつ、笑いながら屋上の柵、力強く飛び越えていったって
伊達 !?
大和 あの、幸青会っていう宗教団体聞いたことあります?
伊達 いや。
大和 矢沢、死ぬ前、その幸青会に出入りしていたんです。
石井 うん?
大和 で、そこで催眠、洗脳とかで、自殺するよう仕向けられて死んだ、殺されたんじゃないかなって。健康サプリメントとかも開発して売ってて、研究所もそこにあるんです。
江口 ほう。
大和 気になるんです、その幸青会がどうしても。うさんくさいっていうか。だから、調べてほしいんです。もっと、矢沢のこと判るんじゃないかなって。
江口 うーん、今聞いた話だけじゃ。
伊達 悪い、この時間に電話しなきゃいけない相手がいてね。
  伊達、携帯で電話をかけ始める。相手が出なかったらしく、切る。

伊達 だめか。
大和 あの、僕の話…
伊達 あ、ネタ提供してくれてありがとう。今日はこれで。
大和 え、これで終わりですか?
伊達 あぁ。後は俺のインスピレーション次第だから。
大和 きみはこの話を信じなくて良い。ただ楽しんでくれれば良い。ってヤツですね。
伊達 これ。
  伊達、紙片を取り上げて見せる。
伊達 きみの携帯の連絡先だよね。
大和 はい。
伊達 家の電話番号、教えてくれないかな。
大和 いや、そういうのはちょっと。
伊達 わかった。じゃ、また。
大和 ……はい、今日は聞いてもらってありがとうございました。矢沢のこと、お願いします。
  伊達、無言でうなずきながら、携帯を取り出し、充電を始める。
伊達 矢沢君の写真、ある?顔が見たい
大和 はい、これ二人で撮ったやつです
   大和、スマフォを出して画面を見せる。
伊達 いい顔して笑ってるな
大和 ええ…
伊達 ありがと。本当に仲が良かったんだね。
  大和、泣きそうな笑顔になる。
大和 お願いです、本当に調べてください。
  伊達、うなずく。

  大和、退場する。
石井 あのあっさりしすぎなんじゃ。
江口 そんなにモノになりそうなのか。
伊達 あぁ
石井 え!?
江口 ただあの子、偽名使っただろ。
石井 あの、さっぱりわかんないんですけど。
江口 さっき、伊達がかけたのは、あの子のスマホだよ、だろ?
伊達 あぁ。
石井 でも、鳴らなかったですよ。
伊達 判ってる。
石井 電源切れだったんじゃ。あ、さっき見たとき、切れてなかった。だから、スマホに話題を?
伊達 あぁ。
江口 身元隠して、ここに来たな。
伊達 俺のファンていうのも嘘だな。きっと、他に心酔しているヤツがいて、ここに来たのはそいつのためだろう。
石井 え?
江口 どうして判る?
伊達 そこいらへんは企業秘密。
石井 あの今のネタって。
  伊達、ノートPC開き、文章を打ち込み始める。
石井 あの…
  伊達、まったく応じない。
江口 あ、集中し始めたから、もう誰の相手もしない…てか出来ないな、こりゃ。
石井 あの、最後の挨拶。
江口 諦めろ。
石井 じゃ、次会うときは、俺の店に来てください。
江口 あぁ、そうするよ。元気で。

  石井、退場する。
  江口、自席で仕事を始める。
  伊達、一心不乱に原稿を書き始めている。
  キーをたたく音が響いていく。
伊達 こうして、この新興宗教K会は、自分たちが開発したインフルエンザワクチンをメンバーに投与した後、ヒトにも感染する鳥インフルエンザウイルスをまき散らし、パンデミックを引き起こす。そうして地球の人類淘汰を計画している。ある日突然、きみはこのK会に入会を迫られるかもしれない。入会すれば、この抗鳥インフルエンザワクチンを投与してもらって生き残れると。しかし、冒頭に紹介した水泳選手、K会の研究所を退職した職員の2つの死亡例からみると、このワクチンには強烈な副作用がある。
  江口、紙(伊達の原稿の下書き)を手にし、読んでいる。
江口 きみがK会に入会するか、しないか、それは自由だ。そして投与しても果たして生き残れるか、それこそ神のみぞ知るというヤツになるかもしれない。
伊達 きみはこの話を信じなくていい、ただ楽しんでくれ…
江口 これじゃ推測の幅が広すぎないか。
伊達 あぁ。
江口 矢沢の自殺時にみられた症状が、インフルエンザワクチン投与後に観察された症状、異様な興奮を示して、飛び降り自殺した例にあてはまるっていうのは、面白い。ただ、鳥インフルとパンデミックを結びつけるのは、都市伝説でも弱いところがある。あと、新興宗教K会の行動目的も曖昧だな。
伊達 ああ、人類淘汰って書いたが、その宗教理念との結びつきが、良くわからないんだ。
江口 そもそも、休眠状態だった宗教団体を買い取って動かし始めているからな。
伊達 そうなんだ、目的は人類淘汰っていうよりも金がらみのにおいがする。

  伊達、上手側へ移動する。
  伊達、質の良いジャケットを羽織る。

伊達 なあ、俺は久しぶりに血が騒いでる。
江口 無茶するんじゃないぞ。

  江口、下手側へ移動する。

# 幸青研究所・応接室・内
  中央にテーブル、椅子4客がある。
  沖と野々村がテーブルに並んで座っている。
  卓上に書類を広げ、読んでいる。
  伊達、上手側から沖たちの前に移動する。
  沖、伊達を見つめている。
  3人、会釈をしあう。
  伊達、沖に促されてテーブルの前に座る。
  3人、サイレントで会話を進めて行く。
  石井、登場し、江口の傍へ移動する。
  江口と石井は、その場に居ないが、待機している。
  空間を飛び越えて、伊達と会話しているときがある。

江口 やばいと判ったらすぐに逃げるんだぞ。もう二人も死んでいるんだからな。
伊達 (江口に)判ってる。
 こんなに成績が良かったのに、どうして進学しなかったんです?
伊達 大学院へ進んでも、借金が増えるだけですから。
 無償の奨学金がもらえたんじゃないですか。当時、脳神経細胞の分化能が研究テーマだったなんて、ips細胞をほうふつとさせる。
野々村 山中教授の協力者として、あなたの名前が論文に載っていたかもしれない
伊達 …こちらの業務に私は不適切だということでしょうか。
 いや…本題を忘れるところでした。我が幸青会・健康食品開発研究所はサプリメントやミネラルドリンクの開発、試験を行っています。今回職員を募集したのは、こちらの動物実験担当の野々村のアシスタントです。あなたにとって、もの足りないのではないかと?
伊達 いえ、そんなことはありません。大学卒業後は、研究職ではありませんでしたから。
 前の、いやまだ今ですね、現在は、分析機器の製造会社にお勤めですね。学生時代の専攻分野、応用生物学から、理化学方面へ移った印象がありますが?
伊達 えぇ、色々経験したくなりまして。
 物足りなくなった?
伊達 そうです、もう機器を売るよりも、使って実験する側へ行きたくなりました
石井 え?サラリーマンやったことあるんですか?
江口 いや、そこだけ経歴詐称。
野々村 操作に得意なものは?
伊達 HPLCとXRDですね。
野々村 XRDですか、いいですね。
石井 XRD?
江口 X線解析装置。主に複雑な構造をした物質を調べる。
 XRDを使うほど、高度なものを扱ってはいないんですが…

  野々村、失敗したとばかりに口元を抑える。
伊達 (江口たちに)何か隠してるみたいだ
江口 ふーん。
伊達 (江口たちに)この野々村からは、色々聞き出せそうだ。
江口 受かれば、の話だろ。
伊達 受かるさ。
石井 すげえ、自信。
伊達 わかるんだ、この沖は俺を雇う。
 ウチのHPLCは、シマダ、グッド・ウォーターなんですが、もう一台別メーカーを買うとしたらお勧めありますか?
伊達 日本とアメリカ製をお持ちなら、EUの基準を考えてドイツのターモとか、どうですか?故障しにくい。
 なるほど…あぁそうだ、この野々村ね、実験動物をあの子、この子って呼ぶんですよ、あなたもそのほうですか?
伊達 いいえ。愛着をもってやれば良い実験結果が得られるなんて言いますが、私はそうは思いません。あの子、その子って言ったって、結局死なせる。そんな憐憫の情は無駄です。
 同感です。
野々村 …あ、あの何かご質問ありますか?
伊達 こちらの研究所は宗教団体の付属機関ですが、その親元のほうの会合にも出席しなければならないのでしょうか。
 いえ、その必要はありません。
野々村 や、僕なんか、いつ会合があるのか知りませんよ。
伊達 わかりました。
 それでは、これで。結果通知は追って連絡させていただきますので。
  伊達、沖と野々村に送り出され、退場する。
  野々村、下手側のドアから退場。

江口 (伊達に)無事、潜り込めて良い記事が書けたら飲むか。
伊達の声 あぁ。
江口 何がいい?
伊達と江口 ビールと餃子。
石井 俺もまぜてくださーい
  江口、石井、退場。

# 幸青会研究所・研究室・内
  室内の間取りとして、中央にテーブル。
  上手側奥に廊下へ通じる入口ドア、中央に分析室へと通じる入口ドア、  

下手側に動物飼育棟へ通じる入口ドアがある。
  上手側、中央、下手側の壁面にそれぞれ職員用のPCとデスクが設置されている。

  沖、中央テーブルに広げた書類を見つめている。
  野々村、下手側ドアから登場する。

野々村 先輩、グループαの子たちやっとエサ食べなくなりました。
  野々村、カバンを取り出し、帰り支度を始める。
  沖、じっくりと書類を見つめたままである。
野々村 先輩?
 あぁなんだ?
野々村 グループα群、エサの摂取量が5%ほど減少の傾向にあります。
 そうか。
野々村 悩む必要ないと思いますよ。あの伊達って人が一番いいじゃないですか
 沼田より、うまくやっていけそうか?
野々村 はい。
 そうか……沼田の件な、自殺だとさ。
野々村 じゃ警察の捜査は終わりってことですね。
 あぁ。ただ、あの高校生、矢沢が沼田と会ってたって知られてたら、今頃どうなってたか。
野々村 でも、もうこの件は心配しなくてすむんですよね?
 あのな、反省しろよ。これはお前の監督不行き届きの結果だ。しばらくは、2割の減給。
野々村 そんな!沼田が辞める前に、2本もFTを持ち出すとは思わなかったんですよ。
 それでも、だ。
野々村 先輩にも責任あるんですから!
 はぁ?
野々村 先輩、冷たかったからですよ、彼女に。
 はぁ?
野々村 だから、彼女辛くなって辞めるって言い出したんですから。
 それで、あの高校生に1本売り渡して、自分でもFTのんで死んだのは、俺へのあてつけってか?
野々村 まあ、そんなところじゃないんですか。先輩、選り好みやめて、もう沼田と付き合っちゃえばよかったんですよ。
 やめよう、この話は、もう金輪際。
野々村 ですね。
  沖、野々村の胸のなでおろしようをじっくりと観察している。
野々村 今日はこれで帰ります。うちの子の誕生日なんです。
 え、あれの?(動物の飼育・実験棟がある方向を指す)
野々村 違います!僕の正真正銘の娘ですって、へへ。
 あ、そ。
野々村 おめでとう、くらい言って下さいよ。愛想ないんだから、もう。
 お前、そうやってニヤついていると、他の奴らから妬まれるぞ。
野々村 ……あの、本当に減給ですか?
 (イラっと)帰れ!

  野々村、退場する。
  
  沖、テーブルの上の書類を見つめる。
  机の引き出しから、ダーツの的と矢を取り出す。
  的を壁にかけ、矢を構えるが、投げられない。

  上手側ドアから、そっと杉本と大和がようすをうかがっている。
  大和、杉本に手を振り、入って来る。
  杉本、退場する。
  沖、気づかない。

大和 何、なんか悩んでるの?
 !?
大和 へへ、スギさんに入れてもらっちゃった。
 ここのセキュリティは一体どうなってるんだ。沼田といい、お前といい…
  大和、テーブルの上の書類に気づく。
大和 へー、やっぱり来た?
 お前!?伊達にここへ来るように仕向けたのか
大和 うん。
 何考えてる?
大和 俺、矢沢が死んだ理由、納得してないから。沼田が矢沢にFT渡してたなんて、ただ野々村が言ってるだけじゃん。
 いや、サンプル保管庫から抜き取ったIDの記録は沼田のナンバーだった、個人のパスワードも…
大和 だとしても。あの伊達さんなら何か他に探り出せるんじゃないかな。
 それで、おびき寄せたって言うのか?
大和 ていうか、感謝してほしいな。
 FTはもう完成しているんだ。あいつの頭脳はなくたって。
大和 じゃなくて。運命の再会みたいなの、作ってあげたのに、て向こうは覚えてないか。
 お前、また俺のPC盗み見たな!
大和 あんたさ、人間に興味があるとしたら、あの人だけだよね?
 判ったような口をきくな。
大和 孫子いわく、情報は百金を積むに値する。
 !?
大和 私しか知らない情報、それが欲しくてたまらない、そんなあなたの情熱、身体ごと一晩いただきましょうか。それで、伊達が奨学金を辞退した事情を教えるわ。お金と違う価値、楽しませてもらうわ。
 おまえ…
大和 やっぱり、あんたにも同じこと言ったんだ、あの科学財団の理事長のばあさま。
 やめろ…
大和 あんたが女を相手にするなんて、想定外。
 お前こそ、よくあんなばあざまを。
大和 俺、たくましいから。
 は。
大和 そんなに屈辱だった?一番だった伊達が辞退して、2番だったあんたが奨学金を貰えることになったのが?
 …運も実力のうちだ。
大和 噂、流れたんだってね?あんたが伊達のマズいこと財団にチクったから、伊達が脱落して、あんたがのし上がったんだって。やっぱ、く、つ、じょ、く?
 そんな情報がお前の何の役に立つんだ?
大和 いいじゃん。
 …おまえな、もっと自分を大事にしろ。
大和 え?
 おまえは自分を大事にしていいんだ。
大和 うん…
 俺はお前がみじめな思いをしたり、不幸になって欲しいなんて、思ったことないぞ。
大和 …あのさ、矢沢だけは変わらなかったんだ。親父があんなことしでかしても、あいつだけは友達で居てくれた。
 (うなずいて)水野は最近、どうしてる?
大和 修学旅行に行ってて、一人だけ助かった奴のこと?
 そいつじゃない。友達の家でゲームしすぎて、外泊。帰ったら、皆殺されていて、犯人は父親の部下だった…
大和 あのコンピュータオタク、ね
 やっと犯人に死刑判決おりたばかりだから少しは落ち着いているか?
大和 うん、部屋にひきこもってるのは相変わらずだけど。
 そうか。
大和 あ、何か思いついた?教えて!
 今日は帰ってくれ。
大和 ……うん、わかった。

  大和、退場する。
  
 大和、俺のPCを盗み見ようが、何やったって、お前が判ることなんてたかが知れてる…伊達、あんたさえ居なければ、いや、俺があんたの目さえ見なければ、俺はあんたを抑えて、あのエアライフル大会で優勝してたんだ。
  沖、ダーツの的に向けて銃を構えるしぐさをする。
 あのときのあんたの目は正直、見とれたよ。野心家そのもの、正に獲物を逃さないハンター、そのうち世界を相手にする男だった。それが今は!(怒っている)
  沖、ダーツの矢を的へ投げる。
 でも、ここへ来たときのあんたの目は輝いていた。何かかぎつけたんだろ、俺たちに。来るなら来い!今までのツケ、全部払わせてやる。今度こそ、俺が勝って、あんたをひざまづかせてやる!
  沖の投げた矢が真ん中へ命中する。

# 幸青会研究所・玄関(朝)
  伊達と杉本、ソファに座っている。
  杉本の傍には、食材の入った大きなスーパーの袋がある。
  江口、上手側すみに控えている。

杉本 あの子は色白でね、ピンクのランドセルがそりゃ似合って。爺のひいき目じゃなくて、ほんと可愛かったの。嫁はね、ちょっと口うるさいところはあったけど、まぁ良いほうで。「おじいちゃん、学校行ってきます」って言って、孫の手引いて、毎朝私にきちんと挨拶して。その光景が夢のようでねぇ、で…本当に夢の中にしか出てこなくなっちゃってね。
伊達 !?
杉本 なんで、あの朝、送り出しちゃったんだろ、ナイフもった男が通学路うろつくなんて知るすべなかったけど、何であの朝、引き止めなかったのかなぁとか思うの。
伊達 …そうやって話して、お孫さんたちを生き返らせているんですね。
杉本 え?
伊達 でも…もう何度も生き返らせるのはやめたらどうでしょうか。
杉本 は?
伊達 死んでしまった彼女たちは、年を取らない。
杉本 うん?
伊達 あなたも年をとるのをやめてしまっているように見えます。
杉本 はあぁ。

  沖が登場する。

 スギさん、新人さん返してもらってよいですか。
杉本 あぁ、悪かったね、沖ちゃん。沖ちゃん、この人、名前なんて?
伊達 伊達です、伊達州彦(くにひこ)です。
杉本 伊達ちゃん、あんた、面白いねぇ、俺のこと慰めてんだか、いじめてるんだか、さっぱりわかんない。
 今までに会ったことないでしょ、こういう人。
杉本 うん、今からここの会合だからさ、面白い兄ちゃんが入ってきたって、皆に話しておくよ。うちの兄ちゃんと息子にも会わせてみたいくらい。あ、これ、あげる。

  杉本、スーパーの袋を渡す。
  いつもごちそうさまです。
杉本 じゃ。伊達ちゃん、あんたがんばんなさい。あ、俺が年とるのやめてたって、俺はあんたより年上だからね、敬ってよ。
伊達 はい。
  
  杉本、退場する。

 これね(スーパーの袋を示し、女の子が好きそうなお菓子や、食材の大袋を見せる)つい、買いすぎちゃうんだそうです。
伊達 食べきれないでしょう。
 えぇ、ですから、これが私たちの無償のランチになります。いかがですか?
伊達 もう少しがっつりしたものが良いです。
 では休憩のときにでも…あ、これがここの出入りに必要なIDカードです。
  沖、伊達にカードを渡す。
 まず警備室に案内しましょう。このカードは、IDごとに発行されていますので、パスワードを設定してもらいます。これで勤怠チェックもしますし、サンプル保管庫や倉庫の出入りも、これでチェックされて、記録に残る方式です。
伊達 防犯カメラはそこの玄関口だけですか?
 いいえ、最近警備体制を強化しました。裏手の通用門、動物飼育棟への飼育動物の搬入口、廊下や各部屋の入口ドアにも。
伊達 厳重ですね。
 えぇ。何かと物騒ですから。さ、こっちへ。

  伊達、沖の後を歩いていき…

江口 情報入手!死んだ女性職員、沼田の手帳から、「FT」っていう文字があったそうだ。「FT」って何だか検討がつくか?
伊達(江口に) いや。ただ幸先が良いな!
江口 うん?
伊達(江口に) 俺のカンじゃキーワードになりそうだ。
江口 良いネタ、掴んだかな…

  沖、退場。
伊達の傍白 FT…何かの略称だろう。Ft。フィート、長さの単位、フーリエ変換、違うな…FT、FTt…ファイルトランスファー、ファロポスコピックチュボプラスティ、卵管鏡下卵管形成術、FT、F-22ステルス戦闘機……判らない!まだだ、まだインスピレーションがわきあがってこない!

  伊達、退場。

# 幸青会研究所・研究室・内(同日の昼前)
  先ほどの研究室内、動物飼育棟へ通じる入口ドアに向けて、天井に防犯(監視)カメラ設置がプラスされている。
  中央の分析室のドアから、白衣に着替えた伊達と沖が出て来る。

 …ルーチンの試験は、この分析室のものですべてやっています。
伊達 なかなか良い最新の機種ばかりですね。
  XRDがあるなんて。
 宝の持ち腐れですよ。XRDを買ったは良いけれど、使いようがなくて。
伊達 そうですか。
江口 本当は使ってるんじゃないか?
伊達 (江口に)だろうな、「FT」というやつの構造解析に使ってるんだろう。
  沖、下手側のドアを開けてみせる。
 …ここが動物実験室へと繋がっています。奥が実験動物の搬入口で、左側が資材や試作品の保管室です。入室して、取り出す際も、さっきお渡ししたこのIDカードが必要になります。それから、万一飼育動物が病気にかかっても、病原体がこちらへ流れ込まないよう、空調設計しています。
伊達 無菌操作の部屋はあるんですか?
 いいえ。抗ウイルスの薬品開発をしているわけではないんですから。
江口 あ、あてがはずれたか。
伊達 (江口に)いや、秘密の実験室があるのかもしれない。他に、この幸青会が実験施設のようなものを持っていないかどうか調べてくれ。
江口 了解。

  沖、伊達を下手側のPCのある席へと案内する。
 ここがあなたの席です。  
伊達 (江口に)それから、この沖の素性も調べておいてくれ。何だかどうも…
江口 なんだ?

  伊達、沖に促されながら、PCを操作していく。
伊達 俺のこと、知っているかもしれない。
江口 まさか!だったら、始めから追い返されてるだろ?
伊達 それが、判らない…
江口 どうする?引き上げるか?
伊達 いや、中途半端すぎる。
  
  十二時のチャイムが鳴る。
  動物飼育棟に通じるドアから、野々村が冷凍食品(チャーハン)の袋を抱えて入って来る。

 (野々村に)おい!
野々村 あ。
 保管庫に食料入れるなって言っただろ!
野々村 すいません。でもスペース余ってますし、スギさんからの贈り物ですから、捨てるわけにいかないでしょう…
  
  野々村、上手側のドアから退場する。

 お恥ずかしいところを見せてしまいましたね。
伊達 はい?
 (保管庫のほうを指さす)サプリの開発原料として、薬草保管室がありましてね。
伊達 えぇ?
 食堂で使わなくなった冷蔵庫を借り置きしたら、スギさんが買いすぎた食材を入れるようになってしまって。
伊達 はは。
 慢性の金欠病の奴らにとっては、昼食の恰好の節約術に。
伊達 福利厚生の一つにもなりそうですが。
 ま、ここは給料が良いとは言えないから、大目にみるしかないかな、とも…ただあいつはスギさんの寂しがりやのツボをうまく押さえているっていうか
伊達 あぁ、何だかなっていう。
 判っていただけますか。
伊達 えぇ。
 さて私たちもランチを。
伊達 はい。
 外に行きましょう。このあたりは店には困らない。チーズの使い方が上手い店があるんですよ。お嫌いじゃないですよね?
伊達 お気遣いなく。このあたりに、ほか弁の店とかなかったでしょうか。
 良いんですよ、遠慮なさらなくて。
伊達 いえ。
 じゃご案内しますから。着替えて外の表玄関で待っていて下さい。
  野々村、先ほどの冷凍食品の袋にスプーンをつっこんで、上手側のドアから登場する。

 休憩室で食べろ!
野々村 あ。すいません。
伊達 それ、二人前でしょう?半分もらえませんか?
野々村 あぁ、じゃ新しいの取ってきますよ。
 俺のももってこい!

 野々村、下手側の保管庫へと通じるドアへと退場する。

江口 どうして、沖のおごりにのらなかった?
伊達 (江口に) 気分じゃない。チーズが、フランスパンがどうのって…。
江口 そういやお前、そういう気取ったのって、ダメだったな。
  
  野々村、下手側のドアから冷凍商品数袋をもって再登場する。

野々村 じゃ、休憩室にご案内しまーす。

  野々村、上手側のドアへ退場する。
  後を追って、伊達と沖も退場する。

  電子レンジのチーンという音が響く。
  上手側すみに設けられたテーブル(休憩室として)で、冷凍食品の袋を開けて、昼食をとる、伊達、沖、野々村の三人。

野々村 冷凍食品祭りになっちゃいましたね。
伊達 (江口に) 学生時代の研究室も、こんなふうに間に合わせてた。

江口 (仕事をこなしながら)懐かしがっている場合か。
伊達 (江口に) あぁ悪い。

伊達(野々村に)野々村さんは、こちらでの勤務は長いんですか?
野々村 (うなずく)大学院のドクター終えて…でもポスドクのままで……
伊達 でも就職した。奨学金を返すため?
野々村 いえ……彼女の妊娠が判って……彼女のお義父さんには殺されるかと思いました…で、沖さん、先輩に相談しまして。
伊達 大学の先輩、後輩だったんですか?
野々村 や、大学は違うんですけど、中等部と高等部が一緒の部活動で、アーチェリーやってたんです。
伊達 へぇ面白そうですね。
野々村 あ、そうそう沖先輩ね、大学ではエアライフルやりだしたんですよ
伊達 !?
江口 あ、お前も昔やってたよな。
野々村 それで、第一回新人学生大会で準優勝したんです!凄いと思いません?
伊達 えぇ。(江口たちに)思い出した。
石井 何です?
伊達 (江口たちに)その大会で、俺、優勝してたよーな。
石井 普通、覚えているもんですよ。
伊達 (江口たちに)俺の前でトップだったヤツ、最後にスコア落として勝手にコケて、俺は落とさなかったから、いつのまにか優勝してたんだ。
江口 むかつくなぁ、お前。沖に恨まれてんじゃねぇか。
石井 て、伊達さんの潜入、ばれてませんか?
江口 まだ…
伊達 (江口たちに)無菌操作の施設はどうなった?
江口 幸青会が所有している建物で、そういうのはなかった。パンデミック説は流れるな。
伊達 (江口たちに)だな。他に何かないか?
江口 いや、ない。気をつけろよ。
伊達 (江口たちに)わかってるさ。
野々村 あ、話がそれましたね。で、先輩頼って、ここに就職したってことです。それで、次に娘も生まれまして…
伊達 順調って感じですね。
野々村 そうとは言えないんです。この先、給料あがりそうになくて。
伊達 でも、人使いは荒い?
野々村 そう、そうなんですよ!義父がパチンコでちょっと稼いだって話きくと、僕もやろうかなって、そんな気になったりも。はぁ(ため息)

  沖、上手側ドアから登場する。
  伊達、野々村のデスク上の書類を取る。

伊達 やっておきますよ。
野々村 や、助かります。
伊達 これから早退なさるんでしたよね。
野々村 えぇ、うちの子のお受験対策しなきゃいけなくて。
 ばかだけどな。
野々村 でも可愛いんですよ。
 金の使い方間違ってるぞ。上のばか息子より、下の利口な娘に金かけろよ。
野々村 でも、男の子ですから。お先です~
  
  野々村、退場する。
  伊達、自席でPCに向かい始める。
  沖、伊達の仕事ぶりを見つめている。

 あいつ、野々村に仕事押し付けられていませんか?

伊達 いいえ。

 金貸してくれとか言ってきませんでした?

伊達 いいえ。
 気をつけて下さいよ。ちゃっかりしたところあるんで…今日の晩、どうです一杯?
伊達 いえ。
 失礼、先約がありましたか。
伊達 いいえ、こちらの実験データのトレンド解析、仕上げておきたいんです。製品の特長がつかみやすいですから。
 あまり、無理しないでください。
伊達 はい。
江口 断るなよ、のれよ。色々情報取れるだろ。
伊達 (江口たちに)嫌なんだよ。
江口 毒もられることはないだろ。
石井 へー。伊達さんらしくない感じ。

  沖、自席で作業を始める。
  ちゃぽーん、という水音がする。

伊達 何ですか、この音?
 はい?
伊達 何だか水が漏れているような音しませんか?
 いいえ。

  伊達、首をかしげる。
  二人、仕事に集中し始める。

伊達 (江口たちに)この実験データから、FTが何なのかつかめるかもしれない。

  夜がふけていく。

伊達 (江口たちに)収穫なし。

  伊達、上手側ドアから退場する。
  伊達、テイクアウトコーヒーカップ2つを手にして、上手側ドアから、登場する。
 (伊達に)どうです、ここに慣れてきましたか?
伊達 ええ、まぁ。どうぞ。
  伊達、沖にコーヒーを渡す。
 あ、ごちそうになりますね。

  沖、ノートPCを開いている。

伊達 それ?
 はい?
伊達 ご自分のPCですか?
 ええ。
伊達 ドラッグデザインのソフト、入れているんですか?
 えぇ。
伊達 それってかなり高価なソフトでしょう
 操作してみますか?
伊達 良いんですか。

  伊達、遠慮なく操作し始める。

伊達 そういえば、抗インフル薬の「フルザ」、あれってこんなふうにインシリコでデザインされたものでしたね。
 えぇ。
伊達 サプリメントの研究開発部用に、こんなハイレベルのソフト、XRDと同じくらい宝の持ち腐れになりませんか?あ、失礼。
 やぁこれは趣味で。科学者ですからね、どうしても…
伊達 !?
 どうしました?
伊達 いえ…(江口たちに)沖のPCのデータファイルの中に「FT」という文字を俺は見つけた!(沖に)ありがとうございました。

  伊達、自席へ戻る。
  黙々と仕事をしていく。

伊達 (江口たちに)俺はFTのデータ探しに一点を絞った。

  沖と伊達、自席で仮眠を取り始める。
  朝陽がさしこむ。
  野々村が登場する。

野々村 おはようございます。

  動物飼育棟へ通じるドアの奥の壁に、突然、女が立っている。

野々村 ひっ!

  野々村、周囲の椅子を倒す。
  沖と伊達、めざめかける。
  女の姿、消える。

 何だよ、うるさい。
野々村 ……いえ、何でもないです…目の錯覚だ、きっと。


# 幸青会研究所・動物飼育棟・内
  伊達、野々村の指示に従って、マウスを抑え、採血の作業中である。
  江口は、引き続き、上手側に控えている。

野々村 うまいですね。その調子でサンプリングしていって下さい。

  野々村の携帯が鳴る。

伊達 あ、どうぞ。

  野々村、すみに行き、応答し始める。
  伊達、きーんという耳鳴りがする。

伊達 ! 
  伊達、手を止め、うずくまる。

野々村 え、見つかったんですか?はい、はい、一日も早く、お願いします。

  野々村、電話に応答しつつ、伊達を見つめる。

伊達 (野々村に)いえ、何でもないです。

  野々村、電話を終えて、伊達の元に戻る。

野々村 どうしたんですか?
伊達 いえ……何でもない、です。
江口 どうした?
伊達 (江口に)決めた、あと1か月で探り出して見せる。
江口 学生時代を振り返るのは、もうやめたってことか。
伊達 (江口に)そんなところだ。

  石井、登場し、江口のそばへ移動する。

石井 やっと、バーが開店できましたぁ!みなさん、来てくださいよ!!      

  伊達と江口、うなずく。
  石井、退場する。

  伊達、ファイルキャビネットの前へと移動する。
  野々村、自席に移動し、PCを操作している。

伊達 (江口に)ここにあるファイルじゃないな。
江口 空振りか。
伊達 (江口に)あぁ、秘密の隠し場所があるのかもしれない。
江口 あと2週間、自分が決めたタイムリミット、守れるかな。
  
  営業マン・青木が、上手側ドアから登場する。
  缶ビールが入ったスーパーの袋をもっている。
  伊達、青木を出迎える。

青木 これ、この前のお礼です。

  伊達、袋を受け取る。
  沖、下手側ドアから登場し、その光景を見ている。

 (野々村に)何で営業のヤツが居るんだ?
野々村 伊達さんのアドバイス通りセールストークしてみたら、新規の契約取れたそうで。
 ほー。

青木 新商品の開発しているんですよね。
伊達 あぁ
青木 オレ、がんがん売りますから!いいもの作ってください!

  青木、沖に挨拶せず、退場する。

 あいつ、俺には挨拶なしか。

  伊達、自席に戻る。PCを前に山積した資料を見ながら、キーボードをたたき続けて行く。

野々村 伊達さんて、人をひきつけるところありますよね。無愛想な感じするけど、そこが良いっていうか。
 お前、俺が無愛想だって責めてたよな、この前…
野々村 や、そうでしたっけ
伊達 (江口たちに)この研究所に居れば居るほど、俺は学生の頃を思い出していった。

  きーんという耳鳴り音が響く。
  伊達、いったん耳をおさえ、仕事をしていく。
  野々村、帰り支度をして上手側ドアから退場する。
  沖、仕事をするふりをしながら、伊達の様子をうかがっている。
  夜がふけていく。
  ちゃぽーんという水音がする。
  伊達、周囲を見渡す。

伊達 (江口に)怪奇現象かな、この水音は俺にだけ聞こえるらしい。
江口 沖には聞こえていないのか?
伊達 (江口に)みたいだ。
  
  水音、消える。
  伊達、自席でうたた寝をし始める。
  沖、その姿をじっと見つめている。
  時間経過し、朝になっている。
  野々村、上手側ドアから登場。

野々村 おはよーございます。
 あぁ、俺、徹夜したから、着替えてシャワー浴びてからまた来る。

野々村 はぁ?
 じゃな。

  沖、退場する。
  部屋の隅にいつのまにか、白衣を着た女が立っている。

野々村 !?

  野々村、気絶する。
  女、消える。
  伊達、野々村の気絶した音で、目がさめる。野々村が倒れているのに気付き、駆け寄る。

伊達 野々村さん、野々村さん!

  野々村、起き上がる。

伊達 大丈夫ですか?どうしたんですか、一体?
野々村 や、や。
伊達 顔が真っ青ですよ。
野々村 あ、貧血かな。や、大丈夫です。
伊達 早退しますか?
野々村 や、有給が残り少ないんで。ちょっと休憩室のほうにでも。
伊達 じゃ、自分はひとりで、動物飼育棟のほうで仕事始めていますから。
野々村 後から行きます。

  野々村、退場する。

伊達(江口に)ちょうど良い。一人で色々探りだしやすい。

*~ 江口 その調子で進めて行ってくれ。幸青会の情報だ。
伊達 やっと来たな。
江口 お前が会った杉本文二の兄貴が、幸青会の代表杉本清一で、女房に逃げられてひとり暮らし。文二のひとり息子は、嫁さんとひとり娘を通り魔に殺されて、うつ病で家に閉じこもったままだ。男3人、女っ気まるでなし。
伊達 俺と同じか。
江口 で、幸青会は、事件や事故で身寄りのない子供を引きとって育てる児童福祉施設も運営している。
伊達 はー、ご立派で。
江口 で、そこの顧問弁護士は30にもならない小僧なんだが…こいつの師匠、大先生とやらが気になる。
伊達 誰だ。
江口 熱血のやめ検弁護士。
伊達 あぁ、あの連続暴行魔の担当だった…
江口 そう、取り調べ中、被疑者の身勝手で残酷な言い方にキレて、ぶん殴りかけて、検事をやめたヤツ。
伊達 そいつって、民自党の若手と親しかったよな?
江口 法務省出身の元エリート官僚とな。
伊達 ずいぶん、スケールが大きくなってきたな。
江口 探りがい、ありそうだろ?
伊達 あぁ、血が騒いでる!
  
  江口と伊達、退場する。 ~*

# 同・研究所 休憩室
  前述の*~*の間にかぶせて、このシーンを沖と野々村が展開していく。
  下手側すみに、沖と野々村が登場する。

 お前、それでも科学者か!
野々村 だって、見たんです!2回も!
 寝ぼけてたんじゃないのか?
野々村 いえ、本当に沼田が!
 化けて出るか?今さら?
野々村 お、お祓いしてもらえませんか?
 はぁ!?
野々村 先輩、よく知ってるじゃないですか、こういうの僕一番ダメだって!!
 お祓いなんて、気休めだろ!
野々村 じゃ何で死んだ沼田が見えるんですか?
 …おまえ、沼田に恨みかうようなこと、してたんだよ。
野々村 なんで、先輩のほうには現れないんですか?
 俺はお前とは違う!
野々村 …伊達さん、見てないですかね。
 見てないだろ。挙動不審じゃないからな、お前と違って。
野々村 そうですか。
 じゃな。

  沖、退場する。
  野々村、移動し、次シーンの伊達と合流する。

# 同・研究所 動物飼育棟・内

  下手側すみで、伊達がファイルボードを手にして、記録を取っている。

伊達 自分が決めたタイムリミットまであと、十日を切った。

  野々村、伊達がつけた記録をのぞきこむ。
  上手側すみには、江口が控えている。

伊達 コントロール群は、これで終わりですね。
野々村 次は継続投与1週間の子たち。

  伊達、観察&チェック作業を再開する。
  二人、もくもくと作業をしている。
  野々村のスマフォがバイブしている。
  野々村、スマフォを取り出す。伊達をうかがう。

伊達 どうぞ、私がやりますから
野々村 すみません。

  野々村、スマフォに向かってお辞儀をするかのように、舞台中央(居室)へ移動していく。

伊達 (江口に)あれだけおしゃべりな男に何があったと思う?
江口 さぁ
伊達 (江口に)家の問題じゃなさそうだ。会社に来てから、険しい、いや怯えた表情になってる。

 きーんとまた耳鳴り音がする。
 伊達、耳元を抑える。

# 同・研究所・室内
 前の場の続きで、移動した野々村が居る。

野々村 え、そんな!僕が第一有力候補だって言っていたじゃないですか!
電話の声 それが…決まってしまいまして。
野々村 スカウトしてきたのはそっちじゃないですか!
電話の声 えぇ、大変申し訳ありません。
野々村 じゃ、他の転職先を紹介してください。
電話の声 …はい、かしこまりました。ただ、野々村さんがおっしゃっていた条件は厳しいので、今回と同様の好条件が出て来るのはそうないかと。
野々村 探してください!
電話の声 もう少し、今の職場でキャリアを積んでいってください。

  沼田の幽霊が現れる。

野々村 や、ここもう限界なんですよ!

  沼田の幽霊、消える。
  野々村、立ちすくんでいる。

電話の声 では、失礼いたします。

  下手側のドアから、ファイルを持った伊達が野々村に歩み寄って来る。

伊達 野々村さん、野々村さん
野々村 ひっ!
伊達 これにサインお願いします。
野々村 …あの、伊達さん。伊達さんて…
  
  野々村の携帯が鳴る。

野々村 や、何でもないです。すみません。

  野々村、再び部屋の隅へ。

野々村 (携帯に出る)何ですか、お義父さん。え??競馬?競馬の本が欲しいんですか?著者、だて、だてくにひこ? えぇ!?

  沖、上手側のドアから登場する。
  沖、野々村が携帯で会話している姿を見た後、伊達に歩み寄る。
  伊達、自席でPCに向かって、仕事をし始める。
  水音が響く。

伊達 (江口に)この水音も、沖も何だかうっとうしいというか、忌々しい。

  沖、伊達の仕事ぶりを見ている。
  野々村、伊達を凝視している。

 野々村が居なくても、もうできそうですね。
伊達 いえ。
 謙遜しなくてもいいです。あなた一人で、野々村2人以上の働きだ。野々村が辞めても、惜しくはない。

  野々村、持っていたスマフォを落とす。

 冗談だよ。
野々村 (沖に)あの…
 (野々村に耳打ち)俺が冗談言うように見えるか。

  沖、自席で仕事を始める。
  野々村、スマフォを拾い、上手側すみへ行き、操作しはじめる。

野々村 だて、だてくにひこ…!…都市伝説?…どういう?……考えろ!考えるんだ…
  
  野々村、退場する。
  伊達、下手側のドアから退場する。
  十二時のチャイムが鳴る。  

# 保管庫の内部と外部

  伊達、下手側すみに登場する。
  防寒服を着て、重圧な扉を押すマイムで登場する。
  伊達、保管品を棚から取り出す。
  江口は上手側すみに控えているが、PCを前にして、いびきをかいている。
  かちっと音がする。
  暗くなる。
  戻って扉を開けようとするが、開かない。

伊達 !?

  さらに力をこめて動かそうとするが、びくともしない。
  伊達、扉をたたく。
  伊達、防寒服から懐中電灯を取りだし、
  明かりをつける。
  ポケットを探ると、紙片が出て来る。
  広げてみると、雑誌フェイクの表紙が印刷されたものだった。  
伊達 !…ばれたか、誰かに。俺はここまでか…(江口に)ダメ元で他に出口がないか、探すことにした。
  伊達、周囲を見回し、探索しはじめる。
伊達 自分がこの寒さにいつまでもつのか判らなかった。

  大きな収納箱が出てくる

伊達 ピンチとチャンスは同時にやってくるものらしい。

  箱には鍵がかかっている。
  伊達、万能錠がついたキーホルダーを懐から取り出す。
  万能錠で開けることに成功する。

伊達 !?

  伊達、箱からファイルを取り出し、内容を読み込み始める。

伊達 俺は直感した。これがあのFTというやつに関連するファイルだろう。

  伊達、読み進めていく。

伊達 これといった結果もないデータばかりだった。

  別のファイルも取り出して読み込む。

伊達 違うのか?いいやこれだ、これのはずなんだ。

  伊達、寒さに身震いする。
  保管庫の外で、扉をたたく音がする。
  伊達のすぐそばに沖が登場する。
  スポットライトが沖にあたっている。保管庫の外だ。

  伊達さん?もしかしてそこに伊達さん、居ませんか?

  沖、扉をたたき、応答を待つ。

  保管庫内部の伊達、扉をたたく振動に気づく。
  伊達、ファイルを見続ける。
  沖、保管庫から離れる。

  伊達さーん、どこですか?!ランチ、行きましょう!あなたの好きな吉野家の割引券があるんですよー。
  
  沖、退場する。
  冷凍庫内部の伊達、ファイルを見終わり、しまい始める。
  扉を叩く。
  しかし、外からの応答はない。

伊達 おそかったか。

  伊達、扉をたたく。たたき続ける。
  伊達、倒れる。
  沖、再びやってきて、扉を開ける音が響く。

 ばかなことしやがって!
  
上手側すじに控えていた江口、目覚める。

# 同・研究所・室内
  下手側すみ、野々村を沖がどやしている。
野々村 だって、あの人、都市伝説のライターだったんです!きっと何か潜入捜査に来たんですよ!
 そんなこた、知ってたよ。
野々村 僕はただ、警告のつもりだったんです、命の危険がわかったら、追い払えるって!え?今、何て言いました?
 俺は知ってたんだよ。
野々村 は?
 ただ、調べても、何も出ないように仕向けてたんだ!
野々村 はあ?
 奴はここに何かあるってもう気づいている。それに…たぶんあいつ、あそこにあったデータ見たぞ。
野々村 あ!?
 大した研究者根性だよ。俺が始め呼んだときドアをたたき返さなかったんだ。データを満足するまで見たかったんだろう、死んでもな。

野々村 あ、あの僕これからどうしたら?
 すべてお前の責任だ。俺は何も指示する気はない。勝手に何とかしろ。
野々村 そ、そんな…

  沖、退場する。

# 同・研究所、別室内

  舞台中央で、伊達、毛布にくるまり、座っている。
  杉本が寄り添っている。
  *江口は、上手側すみに控えたまま。
  沖、登場し、伊達を見つめる。

沖 (傍白)こいつ、どう料理してくれようか。

  沖、コーヒーを杉本と伊達に渡す。

 面目ない。安全管理不足でした!
杉本 ごめんね、伊達ちゃん。実験動物用に新しく買ったゲージを一旦あそこに置いちゃったんだよ。で、ちょうどよく、お昼休みだったからさ、俺、ゲージの搬入業者さんとご飯に行っちゃった!
伊達 (江口に)このじいさんも、くわせもんだ。
 で、運悪く、保管庫の外側に設置してたスイッチも押されてしまい、伊達さんが居たのに、保管庫を真っ暗にしてしまいました。
伊達 そうでしたか……
杉本 ごめんね、おわびにこれあげる。

  杉本、ワインを差し出す。
  伊達、受け取る。

伊達 どうも…あの、これここで?みませんか?
 え!?
伊達 せっかくですから、杉本さん、沖さんとご一緒に。
杉本 じゃ、おつまみ、俺持ってくるね。

  杉本、退場する。

江口 やっと、沖と酒飲む気になったか!
 ひとつ、気になることがあるんですが、
  あの保管庫にファイルがあったのを見つけたんじゃないですか?
伊達 え?いいえ。
 いや、全くお恥ずかしい。あれはボツになったサプリメントのデータなんです。投与群にまったく変化が起きなかったんです、でも、捨てられなくて…
伊達(傍白) もっともらしい嘘、のような気がした。

  杉本、スーパーの袋をもって再登場する。

杉本 おまたせー。

  沖、グラスを取り出し、ワインを開ける。

  杉本、スーパーの袋から、お菓子や、フランスパンを出していく。
伊達 高級そうですね。
杉本 うん、ブランドものなんだよぉ。使っている小麦粉が、本場フランス!
伊達 大学生のとき、周りでフランスパンが流行っていましてね、ブルジョアな奴らが騒いでたんです。
杉本 うん?
 (杉本と同時に)はい?
伊達 フランスパンは、そのときまだ食べたことがなくて。商店街の居酒屋の息子でしたから。で、ちょうど近くのスーパーで売っていたんで食べてみたんです。
杉本 それで?
伊達 不味かった!どうしてこんなものあいつら、旨いって話していたんだろう、そう思ったんですよ。
 あぁ、モノの名前は同じでも、原材料、作り手、全て格が違っていたんじゃないですか。
伊達 そう、ブルジョア学生のやつらが食べてたのとは別モノだった。結局、自分は居酒屋の息子なんだ、ビールと餃子の世界に居るんだと、思い知らされました。
 ブルジョアばかりの居る大学で苦労なさったようですね。
伊達 えぇまぁ。
 我々の客もブルジョアですよ。ブルジョア向けに、サプリメントを開発研究、製造販売している。
伊達 それで暴利をむさぼる?
 そうです。

  沖、窓の外(舞台観客側)に視線を移す。

伊達 珍しい、こんなところに…

  伊達、(舞台観客側にあるはずの)窓を開ける。
  大型の鳥が飛翔する音、鳴き声が聞こえてくる。

杉本 でかいね、すごい!
 丁度いい、バードウォッチングにもなる。
伊達と杉本 あ。
 見つけたんだ、獲物を。

  獲物とされた断末魔の小さな音が聞こえてくる。

 シンプルでいいな、お前ら。
杉本 ん?
 獲物狙って、捕まえて、喰って、むさぼって、満腹、満足。それでいいんだからな。

  三人、無言で酒を煽りあう。

伊達 あ!
沖と杉本 ?
伊達 …いや、何でも。

  伊達、じっと考え始める。

# 川辺
  上手側すみに江口が控えている。酒を飲み、ほろ酔いでまどろんでいる。

  伊達、登場し、立ち止まる。

伊達 ここなら、誰にも聞かれない。俺を閉じ込めた理由を教えてくれないか。
  
  野々村、登場する。

野々村 もう、やめて下さい!沼田の幽霊使って、僕を脅すのは?
伊達 はい?
野々村 あなた、都市伝説ライターだか、何だか知らないけど、僕が一番ダメなホラーなやりくちで、探り出そうとするのはやめて下さい!
伊達(江口に)俺の知らないところで、他にも起きていたらしい。
野々村 保管庫に閉じ込められて怖かったでしょう?僕だって、いっつも沼田の幽霊見て怖かったんです!
伊達 えー?
野々村 沼田には身寄りがないはずですが……
江口 ばれた、か?
野々村 あなた、もしかして生き別れになった沼田のお兄さんとか?
伊達 二時間サスペンスの見すぎだ、あんた。
野々村 沼田は自殺だったんです、本当なんです!ですから、もう諦めて、研究所から出て行って下さい。昼に見たファイルも見なかったことにしてください!代わりに、彼女の生前のエピソードが欲しければ、話しますから、いくらでも!

  沼田の幽霊が現れる。

野々村 う!
伊達 !?
野々村 伊達さん、もうやめて下さい!
伊達 いえ、俺は何も!その幽霊は本物なんじゃ?
野々村 え!

  沼田、野々村に近づいて行く。

野々村 な、なんで沖さんのところに行かないんだよ!
伊達 沖さんの恋人?
野々村 や、こいつの完全一人暴走片思いです!俺はきみの望むとおりに、FTをやったじゃないか!
伊達 FT!?
野々村 きみ!沖さんに近づきたくて、近づけなくて失敗したきみが悪いんじゃないか!!

 沼田の幽霊、首を横にふる。

野々村 え??何?
伊達 謝ってほしいんじゃ?そうじゃなきゃ、消えてくれない、こういう場合は!

 沼田の幽霊、首をたてにふる。

伊達 あ、俺にだけ聞こえる水音、きみのせいか!

  沼田の幽霊、首を横に振る。

伊達 あ、そう。
野々村 なんですか、それ!
伊達 説明は後で。でも、あんたには謝らなきゃいけないことが。

  沼田の幽霊、にじり寄っていく。

野々村 あぁもう悪かった!FT2本とも盗んだのは俺だ!何もかもきみにおっかぶせて悪かった!でも、矢沢は死にたがってたし!

  沼田の幽霊、怒りの表情を見せる。

野々村 や、勘弁してくれ!俺は家族のために金が必要だったんだ!いい加減納得して、成仏してくれ!
  
  沼田の幽霊、衣装を脱ぎ始める。

伊達 あ!?

  沼田の幽霊を大和が演じていた。

伊達 (大和を見つめて)きみは…
沖の声 とうとう吐いたな。

  沖、杉本がアーチェリーを持って、登場する。沖は伊達に、杉本は野々村を狙っている。

伊達 黒幕さんたちが勢ぞろいってところか。
大和 あんたのお相手は後だよ。
野々村 今までの全部、あんたたちが?
杉本 転職できなくて残念だったね~。
野々村 え、あれも?
伊達 全部仕組んでたんだな。この人(野々村を示す)を精神的に追い詰めて、真相をしゃべらせたかった?
杉本 いいね~伊達ちゃん。
伊達 幽霊のからくりは、防犯カメラをプロジェクター変わりにして、映し出してた?
大和と杉本 さすが!
大和 コンピュータオタクにちょっと、設備制御やらせてみたんだよね。
伊達 ちゃぽーんも?
大和 そうあれも。
伊達 何故?
大和 だめだったかあ。あんたの学生時代の罪悪感、起きなかったか。沖 そんな神経、あるもんか。
大和 でも、こっちは(野々村を見て)成功したから、まぁ良いか。
野々村 ……僕は、僕は誰も殺してない!!、沼田は自己責任ってやつだ、僕のせいじゃない!矢沢だって!

  大和、野々村を蹴り上げる。

伊達と沖 (諌めて)おい!
大和 何もかも喋ってすっきりしてもらおうか?
杉本 そうだよ、そうじゃなきゃ、俺の特別人事権働いちゃうから。
野々村 !?
大和 FTは、いつ矢沢に頼まれた?
野々村 ちょうど沼田が会社辞めるって言い出したときで、彼女が持ち出した事にしようかなって…
 盗むとき、沼田のIDカードをこっそり使ったんだな?
野々村 えぇ。
伊達 でもパスワードは?
野々村 試しに沖さんの誕生日入れてみたら、パスしちゃって!
大和 あの女、賢くなかったんだな。
  何故2本盗った?
野々村 予備です。
大和 一本盗るのも、二本盗るのも同じってわけか。
野々村 まさかその後、沼田本人からFTを試したいからくれって言ってくるとは思ってませんでしたけど…あの(沖に)、沼田、嫌いだったでしょう?
 あぁ大嫌いだった。
野々村 じゃどうして、こんな?先輩、沼田が居なくなってすっきりしてたじゃないですか!
 沼田には身寄りがなかった。だから、俺しか居ないだろう、あれが死んだ真相を突き止めるのは。
杉本 俺には聞かないの?
野々村 はい?
伊達 スギさん、どうして、沼田さんの死をスギさんが突き止めたかったんですか。
杉本 うれしいね、伊達ちゃん。あのさ、教えなーい。
伊達 は?
杉本 なんてね…あのさ、沼田ちゃんはね死んじゃった嫁に似ているなぁって。
伊達 俺はこの人(野々村を示す)の罪を暴くために、巻き込まれただけ?いや、潜り込んだ俺も追い詰めたかった?
杉本 伊達ちゃんだってさ、罪作りなことしてきたでしょ?
伊達 ?
杉本 俺は面倒くさがりやさんだから、調べたわけじゃない、ただ、判るんだ。年の功ってやつ。男はね、40過ぎたら自分の顔に責任もたなきゃいけない。
大和 は?
杉本 ブサイクな顔の造りを親のせいにできるのは40までなんだ。
大和 何で?
 40までの生きざまが、男の顔を作っていくからだ。
大和 ふーん。
杉本 だけど、伊達ちゃんはその逆。顔も頭も良くて得した分だけ、損もしたんじゃないかな。
 すばらしい!
伊達 (沖に)俺は昔、あんたに?
 いや、何も。それでも俺への罪、償ってもらおうか。
大和 むちゃくちゃだなあ。
 黙っててくれ。
大和 ま、そんなわけで、(野々村に)これからあんたには矢沢が死んだ罪を償ってもらう。
杉本 沼田ちゃんが死んだ分も。
野々村 そんな!?
杉本 (野々村に)罪悪感、なさそうだね?
野々村 …ですから、あれは!

  大和、FTのアンプル2本を出す。

 これ(アンプルを示し)、飲んでもらおうか。
野々村 え?
杉本 飲みなさい。飲まないんだったら、クビだよ、野々村ちゃん。
野々村 そ、そんな!勘弁して下さいよ、子供が2人も居るんです。
大和 甘いんだよ、あんた。子供が居るからって、さ。それで許されるわけないじゃん。
野々村 せ、先輩!
 大和の言うとおりだ。お前、甘いんだよ。子供が居るんだったら、始めから幸青会のラボに来なきゃ良かったんだ。
野々村 そんな!
大和 俺、あんたみたいなの大嫌いなんだよ!それで矢沢殺しやがって!

  大和、野々村の足を蹴る。

野々村 痛!
 やめろ大和!こいつはお前の親父じゃない。
大和 わかってるよ、それくらい。
伊達 (傍白)この二人、どういう関係なんだ?
杉本 野々村ちゃん、ほら飲もうよ。これ飲んでも、沖ちゃんみたいに生き残れる可能性あるんだからさ。
伊達 野々村さん、俺も飲む。
野々村 !?
伊達 飲んで生き残ればいい!飲む代わりに、教えてくれ。
 あぁ。
伊達 抗インフルエンザ薬のフルザ、あれは副作用として、脳へ興奮と幻覚をもたらす。空が飛べるくらいの気持ちにさせるんだ。その副作用を本作用に転向させて、飛び降り自殺の推進薬を作ったんだろう?しかも、これはちょっとした検査、分析試験には引っかからない。いわば、毒薬のF―22、ステルス戦闘機か。

  沖、嬉しそうに笑っている。

伊達 それが答か。
 まぁ、あんたなら大丈夫だろう、生き残れるさ、俺のように。

  大和、アンプルを二本開栓し、うち一つを伊達に渡す。
  もう一本は、アーチェリーを手放した、杉本に渡す。
  沖、狙いを野々村に移動する。

 俺ははずさない。

  大和、野々村を抑えつけて、野々村の鼻をつまむ。
  野々村、口を開けざるをえない。
  杉本、野々村の口元にアンプルを持っていく。

野々村 (伊達に)せーので。
伊達 せーの。

  野々村、すんでのところで飲まない。
  伊達、先に飲んでしまう。

伊達 !

  大和、野々村を再び蹴る。

野々村 痛!!

  杉本と大和、野々村の顎を強くとらえ、飲ませようと試み始める。     沖は、アーチェリーで野々村を狙ったままである。

伊達 (江口に)めまいが俺を襲い始めた。

  伊達、がくっと跪く。
  暗転。

# 石井のバー・内

  ゲーム用の電子標的が点滅し始める。
  「ここに神様なんて信じているものは居ない」、杉本「殺されちゃった嫁に似ててね…」、「始めから来なきゃ良かったんだ」、「飲め!」などの台詞が渦巻いている。「飲んだか?」沖の声が響き……

  伊達、起き上がる。
  溶明していき、工場の内部をバーに改造したつくりが浮かび上がってくる。
  傍には、江口と石井が控えている。

江口 大丈夫か。
伊達 あ?(思い出せない)
石井 覚えていないんですか、伊達さん、茶沢通りでひっくり返ってたんですよ。
伊達 え?
石井 びっくりしましたよ。たまたま、俺がバイク流してたところに出くわしたから良かったですけど…
伊達 ラッキーだったな……ここは?
石井 開店したばかりの俺のバーです!
伊達 あ、あぁ。…本当に工場を上手く使ったな。
石井 でしょ。やっと見てもらえた。
伊達 …あ、しまった!!FT、あれ何に使うのか聞きそびれた!
江口 お前、もうあそこには行けないんだろう、ばれたんだな?
伊達 あぁ、ていうか。
石井 え?
伊達 誘われていたようだった。
江口 罠だったのか?
伊達 そうとは言い切れない。ただあのネタ提供の山田って坊や、いや本名は大和?、あれが、沖と親しかったのは判った。他人だろうに、まるで兄弟か、親子みたいだった。
江口 へぇ。あ、沖の経歴、大体わかったぞ。

  江口、デイバックからタブレットを取り出し操作する。画面を示し、伊達に渡す。
  伊達、読んでいく。
  石井、缶飲料を伊達に差し出す。

石井 俺のおごりですから。
伊達 悪いな。
石井 いいえ、それより、追いかけてたネタ、どうなったんです?聞かせて下さい。
伊達 だめだ、まだ……

  伊達、缶飲料に口をつけようとする。

大和の声 はい、まだ飲まないで。

  沖と大和が登場する。

 こっちにも、そいつと同じものを2つ頼む。
石井と江口 !?なんだ、あんたら。
伊達 つけてたのか…
江口 じゃこいつらが?
伊達 ま、そういうことだ。
江口 あんたが沖か。

  沖、腕時計を見る。伊達を見ながら、メモを取る。

伊達 完全、観察対象だったてことか。
 認識能力、正常…脈は…?

  大和、伊達の腕をつかむ。

伊達 この分じゃ、野々村もあれを飲んで、スギさんが観察してるんだな。
大和 脈、異常なし

  沖、じっくり伊達を見つめている。
  ペンライトを取り出し、瞳孔も確認し始める。

 面白いねぇ、伊達くん。抵抗しないなんて。
伊達 FTの効果が気になるだけだ。
 採血もしておこうか。
伊達 何と比較するんだ?正常時は…あ?
 入社前にこちらが指定したところで健康診断受けただろ、そのときの血液データがあるんだよ。
伊達 その代わり…
 あぁ、話してやるよ。

  沖、採血セットを取り出し、採血し始める。  

石井 か、帰れよ、あんたら。
大和 えー俺たち、客だよ。
石井 とっくに閉店時間だよ。それにな、こっちだってな、客を選ぶ権利あるんだよ。
伊達 俺の連れ、ってことで出してやってくれ。
石井 !?

  石井、仕方なく二人に缶飲料とグラスをサーブする。
  採血が終わる。

 あんた、俺のところで働かないか
伊達 俺が断らないと思って、言ってるのか?
 あぁ。すすんでFT飲んだからな
江口 FTって、何だったんだ?
伊達 FTは自殺推進薬とでも言うべきかな。F―22、ステルス戦闘機から取った仮称だろう。ステルスがレーダーに映らないように、自殺推進薬FTを飲んで死んでも、検死に引っかからない、引っかかっても抗インフル薬を服用したと誤認されるものを開発したんだ
江口と石井 はー。
江口 (沖に)あんた、幸青会創立前は、製薬企業の医薬品開発部に居たな。そこで、偶然FTとやらの元を発見した…
石井 へえー。て、伊達さん、自殺する薬、飲んだんですか!?
伊達 あぁ
沖 あんた、結局マッドサイエンティストなんだ。あんな雑誌で、嘘なのか本当なのか判らないもの書いているより、俺のところへ来たほうがいい
石井 あんな雑誌とは何だよ!
江口 言ってくれるねえ
 伊達、俺のところで実験していたときの興奮を思い出せ
石井 伊達さん、早く断っちゃって、追っ払っちゃいましょう!
伊達 FTの使い道は何だ?
大和 そうこなくちゃ。
 まずは死刑囚からだ。
伊達たち !?
                   <後編>へつづく。


*<後編>は出し惜しみします。

ご希望の方にのみお送りします。                  




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