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創刊号試し読みー「ひゃくぶんのいち」本多あにもる

1月14日、文学フリマ京都で販売します「第九会議室 創刊号」の、掲載作品の試し読みコーナーです。
今回はトップバッター「ひゃくぶんのいち」から。

本多あにもる 著者紹介(本文から抜粋)

大王崎灯台に登らないと夏が終わらない。
ペチニュアを刈り込むと秋が来て、屠蘇散を味醂につけると年が明ける。
でも春は何もしなくてもやって来るから不思議。

「ひゃくぶんのいち」試し読み

 母の心配通り、生活は不安定だった。
 彼は、千円渡せば千円、一万円渡せば一万円、その日のうちに使い切る。試しに一か月分として五万円渡したら、やっぱり一日で使い切ってきた。使い道のほとんどは本と酒と麻雀だった。その本も、同じものを何冊も買う。著者の生前に出版された作品は、版によって表記が違うとか、修正が入っているとかいないとか、こだわりがあるらしい。
 時々、喧嘩をした。
 原因はいつもお金のことだった。彼が考えもせずに浪費するので、電気が止まったとか、電話が止まったとか、明日食べるものがないとか、全ての貧乏神は彼だった。
 喧嘩の後には、決まってサラサーテの映画を観た。
 その中に、ちぎり蒟蒻が出てくる。
 和服姿の、若いのに疲れた風情の女が、くちっくちっと蒟蒻をちぎっている。
「ちぎり蒟蒻のモチーフは、他の小説にも出てくるので、多分事実なんだな。友人の前妻は、いつも主人公に豚鍋をふるまってくれていて、それにはちぎり蒟蒻が入ってるわけ。で、前妻はスペイン風邪で亡くなるんだけれど、亡くなる直前に熱でうなされながら戸棚の中にちぎり蒟蒻が入れてありますからと言ったと。そう友人から聞いたって書いてある」
 だから、蒟蒻はちぎるのが良いと、彼は言う。
「ちぎると断面が増えるので、味が浸み込みやすいんですね」
 なんか丸め込まれている気もするが、試しに蒟蒻をちぎってみよう。
「冷たいねんけど」
「そりゃ冷蔵庫で冷やしていたら冷たいね」
 彼は私の隣で蒟蒻をちぎってみせる。くちっくちっと四角い蒟蒻から、不揃いの形が切り取られていく。なんか汚いと文句を言うが、彼はそのままちぎり続け、ちぎり蒟蒻の入った豚鍋を作った。蒟蒻に味がしみこみ、弾力が出て美味しかった。
 それからは、ちぎった蒟蒻で豚鍋や肉じゃがを作った。お金がないときは、蒟蒻だけを砂糖と醤油で甘辛く炒めてご飯にのせた。美味しく作るコツは、表面が焦げてカリッとなるまで炒めること。サラサーテ丼と名前を付けて、彼が浪費した後は、こればかりを食べていた。
「いつか金ができたら、寺町のすき焼き食べに行こうな」
 サラサーテ丼をかき込み彼が笑う。
 いつかいつかの空手形は彼の得意技、騙されたふりをして、未来のすき焼きを夢にみる。

「ひゃくぶんのいち」本多あにもる


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