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創刊号試し読みー「葉子さんの休日」筒井透子

1月14日文学フリマ京都で販売します「第九会議室 創刊号」の、掲載作品の試し読みコーナーです。
最終の掌編「葉子さんの休日」から。

筒井透子 著者紹介(本文抜粋)

中学生の時、塾の先生が「おまえ筒井康隆絶対好きやから読んでみろ」と言ってくださったのが私の人生の糧に。読書の楽しみに目覚め、重度の活字中毒時代を経て、小説は2年前から書き始め、SFも時代小説も恋愛ものもジャンル問わず、大迷走中。「小説を書く」という生涯の趣味が見つかったことに感謝する日々。公募でたまに二次選考とかに残ってたまに喜ぶ、そんな余生も素敵だなと思う今日この頃。
最近のベスト本は小川洋子『ことり』。
同人誌『ココドコ』『文章講座植物園(津原泰水文章講座)』に参加。
X(旧Twitter):@tokotutui

「葉子さんの休日」試し読み

 葉子さんがその声を初めて聞いたのは、病院からの帰り道だった。声はいきなり「おい」と、失礼な口調で葉子さんを呼んだ。振り向いたが誰もいない。気のせいかな、と首を傾げながらまた歩き出すとまた声がする。
「おい、おまえや、おまえ」
 葉子さんはキョロキョロする。
「俺や。さっき見てたやろ」
 偉そうなおっさんの声だった。また首を傾げる。近くにおっさんはいない。
「MRIの写真見てたやろ」
 さっき見ていたのは足首に出来た大きなできものの写真だ。ガングリオンというらしい。
「良性のようですが大きいし、切るかどうか検討してはどうですか」とお医者さんにどうでも良さそうに言われたやつ。
 葉子さんは慌てて家に帰った。「おい、聞いてんのか」という声が何度か届いた。
 一人暮らしの家に帰って玄関先で靴を脱いでそのまま靴下を脱いだ。さっきMRIで見たガングリオンが、まんまるく飛び出て、葉子さんの足首にあった。
「お、そうよ、俺よ」
 声が嬉しそうになった。
「やっと気づいたか」
「口はついてない」
 葉子さんは事実を言った。ガングリオンは丸くてつるんとしていて、はち切れる寸前の風船みたいな緊張があった。
「口はいらんのよ」
 声がしたが、風船のつるんは変わらなかった。
「おまえ、俺を切る気なんやろ? やめとけよ」
 葉子さんは首を傾げた。誰に言うともなく言った。
「疲れてるんかな、とりあえず寝よう」
「違うで、これ、現実」声が言った。

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