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はじめてのお使い~Lv100~

『誰にも~内緒で~お出掛けなのよ~何処にいこうかな~』

正月のTV番組の花形『はじめてのおつかい』を見る度に、ほほえましい気持ちが沸きあがるとともに、自分の初めてのお使いを思い出してしまう。

ここでは社会の深淵を見ることになった私の初めてのお使いストーリーを聞いてほしい。TVでは放映できないから期待していいよ。

小学校に上がりたての私は忍たま乱太郎を寝っ転がって見ていた。忍たま乱太郎の土井先生とへむへむがかっこよくて、かわいくて。っていうか晩御飯まだかな。

突然、台所にいたママが居間に顔を出し困り顔でこう言ってきた。
『カレー粉が辛いのしかないわい…救済ちゃん買うて来てくれん?』

なんと。辛口のカレー粉しかないらしい。絶対いらんやん、妹はまだ3歳やで。まぬけな父親の辛口カレー粉をゴミ箱に投げ捨て、ママは私のキティちゃんの財布に500円玉を突っ込んだ。
『甘口で妹も食べれるやつ買って来てや、アニメのパッケージのは高いのに量が少ないから買ったらあかんよ』
アンパンマンカレーがサクッと選択肢から外されたが、アンパンマンよりドキンちゃん派の私にはあのパッケージは好きじゃなかった。

500円玉をしまったドキンちゃんの財布を首から提げ、車通りの少ない高校の通学路を歩く。運が良ければ女子高生のお姉さんがピノをくれたり遊んでくれたりするルートなのだが、その日はなんだか静かでブロック塀から見える駐輪場にはカラフルなママチャリはもう停まっていなかった。通学路を抜け、新しくできた耳鼻科のどでかい駐車場を横切って溝に落ちないように歩く。田舎には「なんでここに穴開いてんだよ!発展途上国かよ!子供と高齢者なら簡単に死ぬよ?」みたいな溝やら穴やらが沢山空いている。実際、ひいばあちゃんは溝にチャリで突っ込んで即死だった。命がけでダンジョンを抜けるように15分ほど歩くとようやくスーパーだ。

自動ドアの前に立つとふわっと冷気が産毛を撫で鳥肌が立つ。目的はカレー粉だけなのでカートも押さずに野菜売り場からずんずんと進む。小さな店なので出来立てのお惣菜の油っこい匂いについつい手が出てしまいそうになる。そうこうしていると調味料のコーナーに着いた。早速お目当てのこくまろカレー甘口を発見した。けれど世界は残酷だ。ギリ届かないのだ。指の先にかするくらいで商品に手が届かない。ジャンプしようにも足元に陳列された商品に着地してしまいそうで怖い。足元でアンパンマンカレーが私を嘲笑ってる。バイキンマンに食われちまえ。

店員さんは見当たらず、声を掛ける勇気もなく、そうしてるうちに隣におばあさんが来て、こくまろカレー甘口を棚から取って手渡してくれた。なんて優しいおばあさん。「ありがとうございます!」と礼をして調味料のコーナーを離れた。

最後に今月のちゃおの発売日を確認しようと思い、雑誌コーナーをうろついた。来月号の発売日が3日後だと知り興奮していた私は手に持っていたカレー粉をうっかり落としてしまった。しまったしまった、こくまろカレーの箱の端っこが凹んでしまった。新しい商品に取り替えなきゃ。

さっきの調味料のコーナーに急いで戻ってみるとまだあのおばあさんが居た。ラッキー!もう一回頼める!
「あの…」
おばあさんの手の中にはシチューのルーがあって、そこからはただただスローモーションで、若草色の手提げにそれが沈んでいった。
いっこ、にこ、さんこ、まとめてろっこ。なぜか棚にあったシチューのルーを全て自分の手提げの中に滑り込ませている。
「あの!」
訳が分からなくてさっきよりも大きめな声でおばあさんに声を掛ける。
「こんばんは。お使い?偉いねー」
これって、よくTVで見る万引きだよね?てか捕まるんじゃ…そもそも店員さんに言わなきゃいけない?でもカレー粉取ってくれた優しい人が犯罪する?万が一捕まったらおばあさん死ぬまで牢の中で暮らしてシチューなんて食べられないんじゃないの?どうしよう!

「お使いやろ?お会計はこっち」
声の方を振り返るとお店の人が立っていて、レジに誘導してくれた。おばあさんには気づいてないみたい。
端っこが凹んだカレー粉を見た店員さんは
「落としたん?新しいのに変えたるけん大事に抱えて帰りや」
そう言って調味料コーナーに再び向かおうとした。

このままじゃ万引きしてるおばあさんが見つかってしまう、一生牢の中や!しわしわやのにこれ以上可哀そうなことになってしまうかもしれん。
「かまんよ!大丈夫です!カレー粉の箱は歪んでても中身が大丈夫やからママも気にしたりせんし!」
とっさに喋る私に店員さんはキョトンとしながらも丁寧にカレー粉を袋詰めしながらこう言った。
「今日は店長おらんから商品取り換えるくらいなんともないんやで。でもまあ中身変わらんし親御さんが気にせんならええか。気を付けて帰りやー」
お会計を済まし、冷たいスーパーを出た瞬間、自分が相当汗をかいていることに気づいた。何にも見んかったし、なかったことにしよ。


はよ帰ってしまおうとすると、スーパーの裏の駐輪場にさっきのおばあさんがいる。こちらに笑顔でゆっくりと近づいてきて私のレジ袋にシチューのルーを入れた。会計を済ませていないそれを。
「ありがとうの気持ちやで」
そう言って自転車にまたがりどっかに行ってしまった。

このシチューどうすればええんや。おばあさんはもうおらんし、お店に返しに行っても自分が万引き犯人で牢屋に行かなあかんなるかもしれん。家に持って帰ってもお釣りと合わなくてつじつまが合わんくなる。それやったらもう捨ててしまおう。帰り道に沿って流れる小川に新品のシチューのルーを放り投げた。ルーは流れておっきな暗い排水溝に飲まれていった。これで何もなかったことにして帰れる。はじめてのおつかいだし、時間が少々かかっていても怪しまれないやろ。お釣りもきちんとドキンちゃんのお財布にしまってるし。

薄暗い帰り道を戻っていくと、いろんな家の晩御飯の匂いがする。早くママにルーを渡さないと、ご飯が遅くなっちゃう。自分なりに早歩きで家に帰ると既にご飯の用意された匂いがしている。シチューの臭いがする。なんで?
「ただいま!ご飯は?」
大声で叫びながら玄関を開け、台所に向かうとママがシチューをよそっていた。
「遅かったじゃない。心配したのよ。でも買って来れたのね。偉い!」
「なんでカレー粉買いに行ったのにシチューに変わってるん?」
「さっき町内会のおばさんが回覧板と一緒にルーをおすそ分けしてくれたのよ。帰ってくるの遅いからシチューのルーがあるなら今日はそうしちゃおうかなって。カレーと違って辛くないし。カレーはせっかく買って来てくれたし一緒に作れる日に食べましょ。」
ママはそういって次々と皿にシチューをよそっていた。

顔のわからないシチューのルーをくれる町内会のおばさんと、万引き犯のおばさんは恐らく同一人物だろう。こんなたまたまがあるわけない。全部黙っておこう、そしたら誰も不幸せにならないから。

以上。はじめてのおつかいLv100でした。小さい頃の自分にとっては結構メンタル持ってかれるお使いでした。今では将来の夢は万引きGメンです。金もらって誰かを𠮟りつけた挙句に警察に突き出せるなんてサイコーじゃん。クレプトマニアのみんな、豚箱に送ってあげるから待っててな。

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