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私の小さな小さな友人

息子がもうすぐ1歳半を迎える今、私は、息子をこれから1年間自宅保育すると決めた。


私は専業主婦である。
元々はフルタイムで働いていたが、結婚して、夫が転勤になって、着いていくタイミングで仕事を辞めた。
引越し先でまた働こうと思っていた矢先、妊娠が分かり、そのまま専業主婦として出産を迎えたのが1年半前のこと。


息子が1歳になるタイミングで、保育園の申し込みをした。
11月末が締切だったので、それに合わせて何ヶ所も見学に行き、第5希望まで書いて役所に持っていった。
専業主婦で求職中だし、待機児童も多い地域だし、1歳児クラスだし、まぁ無理だろうなと思いながらの申し込み。

結果が出るのは2月中旬と言われていたのだが。
12月末、年内最後の出勤だった夫の元に舞い込んだ「転勤」の2文字。
まだ打診の段階ではあるが、年明け最初の出勤日までには返事を考えてきて欲しいと言われたらしく、突然の夫婦会議となった。

結果から述べると、転勤の話を受けることにした。
予想より1年早かったものの、行先は予想通りだったこと。
断るには家庭都合的な理由が無かったこと。
どちらの地元でも無いが、夫は以前数年間住んでいたために土地勘があり、私もよく遊びに行っていた場所で馴染みがあったこと。
どちらの実家からも離れてはいるが、交通の便の面では直通で行き来できる手段があること。
何より、今後、いつ何処へ転勤になるか分からないまま残って過ごすより、この先6〜8年の異動ルートがほぼ確定している今回の人事異動を受けた方が、将来設計を立てやすいと考えたからだ。

という訳で、夫は上司に転勤の話を受けると返事をした。
まさかその2週間後に、2人目の妊娠が発覚するとは思いもしなかったのだが。

そんなこんなで、保育園の申し込みは取り下げた。

転勤の返事をしたのが1月初旬、転勤が確定したのが3月頭、入居する宿舎が決まったのが、それから1週間後だった。
3月中旬。
住む場所が決まった頃には、4月入園の申し込みなど当たり前に間に合わない時期だった。


1人目の時は軽かったつわりが、2人目はめちゃくちゃに重くて。
点滴やら、処方してもらった吐き気止めやらに頼りながら荷造りを終え、私たち家族は無事に引越しを終えた。
鍵を受け取り、荷物を受け入れ、役所手続きに行った時にはすでに5月の途中入園の申し込み期限も過ぎていて。
最短でも6月からの入園になるということだったが、もちろん、1歳児クラスはどこも満員。
どうやら、次の4月まで息子の保育園入園は難しそうだと悟った。


「自宅保育」

当たり前のように、目の前に現れた現実。

私は何故かその現実に打ちひしがれていた。

そもそも私は家事をするくらいなら外で働きたい派の人間だ。
それこそ5年前まで、他人と暮らす自分など想像も出来なかったし、一生独身自由万歳みたいな人間だった。
そんな自分が、昨年末までは4月から働きたいと思って色々と準備をしていた自分が、引き続き専業主婦として、妊婦しながら息子を自宅保育する。
それがどうしようもなく不安だったのだ。


認可外保育施設、一時預かり施設、託児所、ベビーシッター。
どちらの実家も県外で簡単には頼れない私は、色んな情報を我武者羅に収集して、ああでもない、こうでもないと、時に夫に相談したりしながら悩んだ。


悩んで、悩んで、悩んで。
決まらない息子の預け先と、ただ過ぎていく時間に投げやりになり始めて。



それは気まぐれに息子と2人で出掛けた平日のことだった。

朝起きて、2人で朝食を済ませ、着替えていると夫が起きてきて。
私が夫の弁当を作っている間、息子はリビングでひとり遊びをしたり、夫に絵本を読んでもらっていたり。
出勤する夫に2人で手を振って、洗濯を干しつつベランダから散歩する犬や群れるスズメを眺めたりして。
「ねぇ、今日は外でランチしない?」
そう問いかけた私に、息子はハグで答えた。
準備をしてから車で出掛け、手を繋いでモール内をうろうろしながらランチする店を決めて、2人で豆腐ハンバーグと油淋鶏のセット定食をシェアして。
シェアしたから足りないねなんて言いつつ、手を繋いでモール内を1時間近く歩き回って。
私の服を見たり、息子のおもちゃを見たり、途中で飲み物を買ってベンチで休憩したり。
「ミスド買っちゃう?」
ランチの物足りなさを補おうと、2人でミスドをテイクアウトして帰って。
家に着く頃には寝ていた息子をそのまま寝室へ運び、私もと、少しだけ一緒にお昼寝をして。
先に起きて洗濯を取り込んだり掃除をしたり夕食の準備をしている私の元へ、起きてきた息子が駆け寄ってきてまたハグをする。
少し遅めのおやつにと、ドーナツを半分こして、美味しいねって笑ったら、片手を頬に添えて美味しいのポーズをする息子。
夕方は少し近所を散歩して、一緒に夜ご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒にドライヤーをして、一緒に歯を磨いて。

息子を寝かしつけながら、私は息子と過ごす一日が、とてつもなく充実していることに気付いた。

「自宅保育」という言葉に、行き場のない漠然とした不安を感じていた私。

だけどそれは実際、息子と自宅で過ごすことに対する不安では無かったのだ。

3月から5月にかけて、自分が引越しやら何やらでバタバタしている最中。
時々見るTwitterやInstagramでは、保育園が決まったことや、慣らし保育が始まったこと、仕事復帰をした人々の投稿が溢れかえっていた。
それを見て、私は、自分だけが取り残されたような気がして焦っていただけだった。

よそはよそ。うちはうち。
そんな言葉があるけれど。
本当にその通りだと思う。

保育園が決まらなかった。
これはもう、転勤族の運命として仕方の無いことだ。
誰かを責めるつもりも無いし、そんな気持ちは微塵もない。
タイミング的に仕方ないのだ。

実家も、義実家も、陸では繋がっていない場所にある私たち夫婦。
すぐに頼れる場所に、両親が居るわけではないけれど、本当の本当に困った時は、助けに来てくれるという信頼はある。


「途中で出産があるけど、次の4月まで、息子を家でみようと思う」

私がそう告げると、夫はほんの少しだけ間を置いて「息子に1番長く接してるのはハルだから、ハルがそれで良いと思うならそうしよう」と言った。

もちろん出産前後のことは、ちゃんと夫婦で話し合って決めているし、保育園の申し込みも継続はしている。

だから今後の状況が変わるかもしれない。

それでも、私は今、次の4月まで息子を自宅保育すると決めた。


「自宅保育」と言葉上は言うけれど、実際そんな感覚は無くて。
仲の良い友人とルームシェアしている、というのが感覚としては近いかもしれない。

朝起きて、朝食を食べながら「今日は何する?」なんて話したり。
ランチやおやつをシェアしたり。
時には同じリビングに居ながら別々のことをしたり。
お昼寝して、お風呂に入って、歯を磨いて。
夜寝る前には「今日のあれは楽しかったねー。明日は何しよっかなー。でも明日は確か雨だよねー」なんて話をして。

確かに、オムツを変えたり歯磨きの仕上げをしたりなんかはするけど、それはもう私にとって日常の一部で。
育児という言葉はあまりしっくり来なくて。

まだまだ喋らない息子とのコミュニケーションは、身振り手振りや表情だけではあるけれど、それでもなんとなく、お互いの言いたいことが伝わり合っているのが分かる。


「自宅保育」なんて言葉で考えるから、私は変に悩むのだ。
自分みたいな人間が、果たして毎日ちゃんと育児が出来るのか、なんて考えてしまうのだ。



私は息子とルームシェアをしている。

もうすぐ1歳半になる息子は、地元では無い場所で暮らす私にとって、いま現在、1番の友人だ。

そう思うと、自宅保育というよりは、気の合う友人とルームシェアしているという言葉の方がピッタリ当てはまる気がする。

甘い物が苦手な夫とは違い、ドーナツもホットケーキもシェアしてくれるから一緒にカフェに行くのが楽しいし。
(なんて思っていることは、夫には言わないけれど笑)
朝起きて1番に、寝ぼけ眼で駆け寄ってきてハグしてくれるのは単純に愛おしい。

これから先、2人目が生まれたり、息子が言葉でコミュニケーションを取るようになったらまた変わるのかもしれないけれど。

今は、この小さな友人との、24時間毎日一緒に居られるかけがえの無い時間を楽しむことに全力になりたいと思う。


保育園に入れなかったから自宅保育することになった、ではなく。
毎日の楽しいことを共有出来る存在と、まだまだしばらく同じ家で片時も離れずに過ごせる、と感じることが出来ている私は、きっと幸せで。
その分、息子が本当に保育園に通い始める時が来たら、物凄く寂しく感じてしまうだろうけれど。

今はこの、自宅保育と呼ばれるルームシェアを日々楽しみたいと思う。


小さな小さな友人である、息子と。
もう少しの間だけ、2人きりで。

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