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オペラ

 オペラを観て吐いた事がある。

 十年程前の話だ。
  当時僕が担当していたクライアントから、「オペラのチケットがあるから奥さんと観に来ないか?」と誘いを受けた。
 それまで人生の中でオペラ鑑賞の経験なんてなく、同時に興味も無かったのだが、クライアントの手前本心も言えず「是非伺います」とその場で快諾してしまった。
 
 奥さんはというと、同じくオペラの経験は無かったが「楽しみだね」と思いのほか乗り気になっている。
 当日会場に行きクライアントに挨拶を済ませる。チケットを頼りに席を探すと、用意されていたのは最前列。しかもステージど真ん中の優良席だった。
 演目が始まり、しばらくはオペラ歌手の美声を楽しんでいたのだが、30分を過ぎた頃から、だんだんと体がフワフワとしてきた。
 昔からたまにあるこの感覚。僕にとって体調を崩すカウントダウンのようなものだった。
 目の前のオペラ歌手が放つ声。これがだんだんと耳障りになる。パワーがあり過ぎるのだ。
 そこからはひたすら苦痛に耐える時間になった。
 オペラ歌手が「ァァァーー」と高音の美声を発するたび、その高周波にあてられたかのようにみるみる体調が悪くなった。
 気づけば僕一人だけ汗びっしょりで顔を真っ青にしながら「ハァハァ……」と肩で息をしていた。猛烈な吐き気が襲う。奥さんも隣で心配そうな顔をしていたが、「大丈夫。予定では次の曲で終わる。それまではなんとか耐える……!」と、なんとか歌手の放つ高周波攻撃に耐えていた。
 予定の演目を終え、拍手喝采の中出演者が一人一人感謝を述べていく。限界が近い。「早く早く早く帰れ帰れ」と心の中で念じていたのだが、失礼な態度にバチが当たったのだろうか。
「それでは皆さん、アンコールとして二曲程!」とオペラ女が叫ぶ。
 僕は気を失いそうになりながら、ヨロヨロと立ち上がりトイレに向かう。途中「大丈夫?顔真っ青だけど……」とクライアントに声を掛けられたが「大大大丈夫ス!」と適当にかわした。
 トイレで便座にしがみつきながらオロオロとしばらく吐き続けた僕は「オペラなんか二度と来るか」と悪態をついたのだった。

 こんなオペラにまつわる体験なのだが、書いている途中、もっと前にも似たような体験をしていたことを思い出した。

 たしか小学校六年生のことだったかと思う。
 数人の友人と「映画に行こう」ということになり、日曜日に映画館へ向かった。アニメの映画だったのだが、「どうせなら最前列で観よう」と、スクリーンの目の前に席を陣取った。
 映画が始まり、しばらく楽しんでいたのだがその時も体調が悪くなり、一人途中から抜け出し、スクリーンではなく便器を眺めていた記憶がある。

 その時観た映画は今でもハッキリ思い出せる。スクリーンに映し出された、落下するシャンデリア。爆音。次々と殺されるキャラクター。推理。
 金田一少年の事件簿 オペラ座の怪人。


どうやら僕はオペラとの相性が抜群に悪いらしい。
オペラなんか二度と観るか。






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