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でかいハト

先日インスタグラムというアプリを使い、チビル松村さん、やえがしたまも君と共に怪談会のライブ配信をした。

やえがしくんと定期的に開催しており、内容としては僕とやえがし君がじっくり話してみたい方を一人ゲストとして迎えるというもので、今回は怪談師として活躍をされているチビル松村さんに、とお願いをしたのだ。

チビルさんは最初からエンジン全開で、間髪入れずに怪談を畳みかけるように披露してくれた。その熱に感化されたのか普段は聞き手に回り、どちらかといえば怪異の考察に前のめりになるやえがし君も、自身の怪談をいくつか披露するという流れになった。

そうすると必然的に僕にも話す機会が回ってくる。そこで怪談を話せば良いものを、何を思ったのか僕はハトの話をしたのだ。それもデカいハトの話だ。聞き終えた後の二人の表情。そして精一杯のフォローを思い出すと、心底申し訳ない気持ちになる。


以下がその時語ったハトについての話。




つい先日仕事で東京に行く機会があった。朝から業務をこなしていた僕は、
正午過ぎ、すぐ近くのラーメン屋で昼食を取ることにした。

店内に入り、通されたのが二階の窓際の席。目の前にある窓から外の様子ボーッと眺めながらラーメンをすする。

その時窓の外ちょうど店の真向かいに、おじいさんが一人椅子に座ってるのが見えた。

脱力した様子で椅子に腰掛けぼんやりと空を見上げている。その周りには沢山のハトがいて、それがせわしくなく首を上下させながら思い思いに地面をつついている。

おじいさんは空を見つめたまま、片手に持つ白い紙袋から何かをつまんでは自分の周囲に撒いている。そうすると沢山のハトがテコテコとそこに群がってくる。


ハトにじいさんがえさをやっている、何気ない日常の風景。


そんな様子を窓から見ていると、突然視界の端から何かがおじいさんに走り寄ったのが分かった。
小学生くらいの子供だった。


子供はエサをつつくハトの群れの真ん中に立つと、まるで地団太を踏むように片足で「バンッ」と地面を強く踏み音を立てる。

その瞬間、驚いたハトが一斉にバサバサッ!と飛び上がり、四方に散っていく。
それを見ながら子供はキャキャキャキャッ!と嬉しそうな笑い声を上げる。
ひとしきり笑ったあと満足したのか、来た方向へ同じように走って戻っていく。


おじいさんはというと、相変わらずうつろな目をして椅子に腰掛けたままだった。


しばらくすると、先ほど散り散りになっていったハトたちがまたおじいさんを囲むように集まってくる。そのハトに向かっておじいさんがエサを撒く。


そのタイミングを見計らって、先ほどの子供がまた走り寄り、同じようにハトの真ん中へ立ち足を鳴らす。ハトが驚き、バサバサッと散っていく。キャキャキャッと笑う子供。じいさんは空を見ている。


この一連の反復する流れを、僕はラーメン屋のアリーナ席から合計三度見たのだ。



四度目。ハトの群れに子供が走り寄る。片足で地面をばんっと踏み、ハトが四方に逃げる。ここまでは同じ。


だが、先ほどまでであれば、子供はケラケラと笑いながらそれを眺め走り去るのだが、その時はなぜかその場に留まり、くるりと振り返る。
目の前には椅子に座るうつろな目をしたじいさん。そのままじいさんに近づいていき、まるで、生きているかどうかを確かめるかのように、下からじいさんの顔を覗き込んだのだ。

その瞬間。子供がじいさんに対して超至近距離で、足をばんばんと踏み鳴らし始めた。


まるで、「お前は飛ばないのか?」と言わんばかりに。


予想していなかった展開だったので「いやじいさんハトちゃうで」と二階席で笑う。


「でかいハトやと思てるやん」とひとりごちながら、それを眺める。


もちろんじいさんは「でかいハト」ではないため微動だにしない。ハトのように羽根を広げてバサバサと飛んでいくわけもなく、相変わらず焦点の合ってないような、うつろな目をして座っているだけだ。目の前の子供すら見ていないようだった。

そんなじいさんに対し、毛穴まで見えるほど顔を近づけ、足をばんばんと鳴らし続ける子供。

奇妙な光景だった。


しばらく眺めていると、突如画面外から物凄い勢いでフレームインしてくる女性が見えた。恐らく子供の母親なのだろう、走りこんだ勢いのまま、じじいには目もくれず、一心不乱に足を鳴らす子供を抱え上げ、走り去ったのだ。


あまりに突然の登場&退場だったため、あっけにとられていたのだが、ふと我に返り「じいさんは…」と視線を戻す。


相変わらず動きはない。



いや違う。



動いている。
ゆっくりとだが確実に。


虚空を見つめながらの考えられないほど緩慢な動き。

じいさんはまるで「この世の誰にも気づかれてはならない」という程のスローモーションで、袋に手を差し込んでいく。


そして先ほどまで地面に撒いていたハト用のエサを掴む。

それを、自らの口に運び、ぱくりと食べたのだ。


「いやハトやん。でかいハトや」



ついさっき自身で否定した突飛な発想がぶくぶくと膨らんでくる。
もしかすると僕が見ているのは、巨大なハトなのではないか?今にもこのじじいが大きな羽根を広げてバッサバッサと空高く飛翔するのではないか?と。


その可能性に、あの子供だけが気づいていたのだ。


自らの価値観が根底から揺らされる感覚に戦慄する。


自分でも何故、あの時の配信でこの話をしたのか分からない。


ただ、世界中の誰にもじいさんがデカいハトだった可能性は否定できないのだ。



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