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【4711】 情熱の赤いバラ #5

 じゅんはゴージャスなサンデーをペロッと平らげた。
「ヒカルくん、このあと暇?」
 なんの誘いだ? 酒でも飲みに行くか?
 じゅんは何が好きなんだっけ。いつもモエのピンク飲んでた気がする。
 でも売り上げ関係ないならシャンパンなんか飲まないよな。酒強いから日本酒かワイン好きそうな感じ。
 そこまで一気に考えたところで、じゅんの口から出てきたのは思いもかけない言葉だった。

「ヒカルくん、えっちしない?」
「え? 店に来いってこと?」
「違うよ。ヒカルくんに営業なんかかけないよ。お客さんなんてほっといても勝手に来るんだし」
 勝手に来るか。ソープって景気いいのかな。
 それともじゅんが人気嬢か。
 美人てほどじゃないけど男好きはするタイプだろうな。ネアカだし、裏表がない。
 まあ客としてのじゅんしか知らないからわからんけど。

「暇ならこれからラブホ行かない? 渋谷のプール付きのとこ行ってみたい」
「え? そういうこと? なんで?」
「なんでって。女から誘われて、なんでとか言う?」
 じゅんはまたけらけら笑った。
「いや、ゴメン、予想外過ぎて」
「最近えっちしてる?」
「いや全然。あの頃やり過ぎて枯れたから。童貞に戻る勢い」
「じゃあいいじゃん」
「じゅんじゅんさ、仕事で体使って休みの日までって、痛くならないの?」
「痛くはないよ。お仕事ではローション使うし。お客さんとじゃ本気で感じるわけじゃないから、あたしがしたい人としたい」
「それが俺?」
 なんで俺なんだ。アマネじゃなくて?

「ヒカルくん、やっぱ優しいね」
「俺が?」
「うん」
「俺は優しくないよ。優しそうに見えるのは見せかけだけだ。単なる保身だよ」
「ううん、優しいよ。痛くないの? なんて訊いてくれた人初めてだもん。お客さんによく言われるの。気持ち良くてお金もらえて、女って得だよねって。俺女に生まれ変わったら絶対ソープで働くよって。脳ミソ腐ってんじゃないかと思うよ」
 じゅんはあっけらかんとして言った。
「そんな客の言うこと相手にすんなよ。そういう男はね、頭じゃなくキンタマに脳ミソ入ってんだよ。キンタマに入るくらいちっさくて、精子まみれの脳ミソなんだ」
「やだー、ウケるー」
 ほんと、やだやだ。同じ男として腹が立つやら情けないやら。

「ヒカルくんて、カッコいいけどカッコつけてないし、ナチュラルでいいよ。ヒカルくんの顔すっごい好き。顔見ながらしたい」
 言われて俺は本気で照れた。
 顔見ながらしたい。ソープ嬢の手管なのか、じゅんの本心なのか。
 そんなことされたら、こっちが目を閉じてしまいそうだ。

「うれしいけど、ゴメン、ダメだ」
「彼女居るのか」
「居ない」
「居ないのに? えっちするくらい良くない?」
「居ないけど、好きな子が居る」
「好きな子って、何よ、落とさないの? ヒカル皇子らしくなーい。必殺月がきれいだね攻撃すればいいじゃん」
「きれいだねじゃない、きれいだよ、だ」
「おんなじじゃん」
 同じじゃねえよ。同意要求と情報告知は全く違うだろ。

「月がきれいですよ」は、あのあと他の客にも何度か使ってみたが、俺の漱石もどきに二葉亭四迷で返してくる人は居なかった。愛子さんだけだ。
 ただ、ロマンチストな客はそのセリフで落ちた。
 だからそれは、俺の必殺技と言われていた。

「客じゃないから、落とす落とさないじゃないんだよ」
 じゅんはきょとんとしている。
「なんていうか、歳が違い過ぎて、どうしたらいいかわからなくて」
「あー、また40代?」
「……違うよ」
「え、じゃあ10代? まさかの? そーゆう趣味?」
「別に趣味とか性癖じゃない」
「性癖までは言ってないでしょ! ウケる」

 笑っているじゅんを見ながら、俺は静かに言った。
「もうあの頃みたいな無責任なことはしたくないんだ。俺は自分の気持ちと好きな女に対して誠実でいたい」
「ピュアだなあ。変わってないよ」
「え?」
「あの頃も、ヒカルくんすっごいピュアだった。ただ大学で勉強したいって、それだけが目的だったもん」
「いくら目的がピュアでも、手段が汚いからエゴイストって言われたんだろ」
「いいんだよそんなの。言いたい人には言わせておけば。そんなこと言ったら、あたしだってお客さんが払ったお金をどんどんホストに流してんだし」
「ストーカーみたいな客居ない? ホスト遊び知ったら刺されそうじゃない?」
「今んとこ居ないけど、わかんないよね。でも働いて稼いだお金をどう使おうとあたしの自由だよ。愛子さんだって同じ。ソープ嬢のこと、趣味と実益なんてふざけたこと言うお客さんも居るけどね」
 ホストも趣味と実益って言われてそうだな。客の金で酒飲んでブランドものプレゼントされて、高いメシ食って枕して。

「あたしヒカルくんがエゴイストの香水つけてきた時、強いなこの子、根性据わってるって感心した」
「図太いよな。神経切れてるってよく言われるよ」
「あたしはヒカルくんの情熱が好きだったの。あたしは何かにそんなに一生懸命になったことなかったもん」
 情熱……。
 今の俺にあの頃のような情熱はあるだろうか。物理に対して、仕事に対して、ほしいものに対して。……「もの」じゃないけど。