【SS】夜に揺蕩う #散文芝居
自分の家に居ても、ここに居ていいと思えない時がある。
白とも黒とも表現し難い漠然とした虚無に呑まれるのが怖いそんな時、僕は夜の静寂に逃げる。
閑散とした街並みを漂ってすぐ、一級河川の土手道に出る。傍には遊具のなくなった公園がある。街灯に照らされた青と紫の紫陽花が綺麗だ。
百円の自販機は、まるで誘蛾灯のようだった。くたばりかけの僕はふらふらと近付いていく。
近くにある年季の入った木造ベンチに腰掛けて、先ほど買った缶コーヒーを開けて呑んだ。湿気の強い夜に冷えた喉推しが心地よく沁みて、反射的に声が出た。
自宅で強く感じていた虚無は、夜のどこかに腰を下ろしたころには薄らいでいる。僕はなんとなく、彼のことを理解できたように思う。
僕が虚無と呼称していた彼は、僕の思考の陰りの産物なのだろう。ある意味では、彼は僕を構成する一部分でもある。
大丈夫だよ。心配ないよ。まだ僕の思考のどこかに居る彼を宥めるように、僕は胸をさする。
闇の中に影は生まれない。他人の理不尽に乱されることのない夜が終わらなければいいと思うこともあった。
朝日が昇る前に、帰って寝てしまおう。起きたらいつも通り、忙しなく生きよう。
彼が疲れたらまた、夜に揺蕩えばいい。
コーヒーくらいはおごってやるよ。
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