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2019年のTikTok

7/14
 ターミナル駅に着いて,青山通りの方へ向かうには階段を使う。階段でワンフロア分下ると,エスカレーターがある。エスカレーターで高架下の路地に着地する。ふわりと。ふわり,ふわり,ふっくらと発酵した路地のコンビニは20坪いくか,いかないかくらいの雑居ビルの1階にある。病院は5階にある。4階にはネイルサロンがある。6階は人材派遣会社の事務所があった。あったが,撤去後で,もぬけの殻だった。
 5階の病院で受付をして,問診票に自分の名前(ララ峰ららみねケル)と,生年月日と住所と,職業と電話番号とあとは嘘を書いて黄色の番号札を受け取る。まずい食堂で使っていた番号札と似ている気がした。社員2000人くらいの百貨店の地下にある食堂。

7/16
 朝起きると雨だったからバスを使った。女の尻を触った/触ってない,インスタのフォロワーが多い/少ない,別居後は息子をもらう/いやおれがもらう,はれときどきぶた/いやいやえんぴつの天ぷら,病める🥺時も健やかなる😸時も愛することを誓いますか?/あんたの文章は無料で見れるものの中で一番クソだ,じゃ 挿れるね……/ごめん,わたし今日生理なんだ/じゃ 舐めて〜,などのごった返し方で,車内は喧騒を極めていた。
 ヘッドホンで甲子園予選の実況を聴いていると前に座っていた背広が振り向いて「タバコを一本くれませんか」とわたしに問うた。一度目の要請はもちろん実況解説の絶叫にかき消されて何を言っているのか分からなかったから,ヘッドホンを外して,「何ですか?」と促した。ちなみにわたしは人の言葉を改めて訊き返すのが嫌いで,こういうケース以外では分からなくても意味が通ったふりをしている。
 「タバコを一本くれませんか?」と再び男が問うたので,わたしは理解し,「バスの中は禁煙ですよ」と応えた。UR都市機構がこさえた大きいマンション群の前で停車し,大量の客が乗り込んできた。ロエベの鞄がかぶっている主婦が2人いた。ロエベの鞄かぶりである。「見てください,前方に見えますのは,ロエベの鞄かぶりでございます」と多少おどけてアナウンスしてみた。
 「タバコを一本くれませんか?」と三度男が問うた。メンソールならあるよ。

7/17
 また雨だ。バスに乗る。すべての窓に「車内禁煙 殺すぞ」との貼り紙。それもそのはず,前日マルボロを下賜したサラリーマンの男は,今ではバスの行先を示す前面幕の位置に裸になって縛り付けられている。この界隈もいよいよ治安が乱れてきている。先月は大規模な暴動があって,立ち退きを要求するUR都市機構の職員と,不法にバラック小屋を建設してコミューンを形成しているヒッピーの連中が街の河川エリアで衝突した。ヒッピーたちは香港から密輸した改造済の催涙弾を投げまくり,火炎瓶を投げまくり,先端に汚物を塗布した竹槍を投げまくり,吉岡里帆がプリントされた防弾シールドだけでは太刀打ちできず,URの職員は撤退し,機動隊が出動した。その晩わたしは家のベランダでチャミスルを茉莉花茶で割ったものを飲みながら彼方の闘争を眺めていた。韓国人のクロミが,チャミスルは茉莉花茶で飲むのがええんやで〜と言っていたからだ。そもそもチャミスル自体の味がたいしたことなくね?風向きが変わって催涙ガスの成分が家の区画に流れてきて大いに泣いた。クロミはやらせてくれない。やらせてくれないから友達だ。

7/23
 社長名義のアドレスで別の知らない社長に恐喝みたいなメールを送っていると上司から昼飯に誘われた。この書き方は適切ではない。上司の昼食の誘いを断ったことがないからだ。だから,上司はわたしをシルキーで断定的な声色で昼食に誘うし,そのころにはわたしは既に全開にしているシャツのボタンをきちんと第一までつけている。わたしの上司は4人ほどいて同じ事務所に詰めているのが室見川むろみがわだ。こいつが昼食にわたしを誘う。室見川とわたしは駅前の喫茶店に入った。今日の日替わりランチ:Aのチキンステーキセットを室見川が取りやがったから今日の日替わりランチ:Bのエスカルゴムース・クロックムッシュランチにせざるを得ない。クソが。
 「高木のやつ,どう?」
 「今朝の段階だとこちらに完全譲歩の契約です」
 「これ,おれの実家の犬」
 「うわー,SHIBAだ。ギャンかわすね」
 「てかお前,フジさんが依頼した見積もりはやく出せよ」
 「すみません,藤本さんにコメントいただいた所を修正中です。」
 会社では現在甲子園を用いた賭博が盛況で,オフィスは,わたしの机にどっさり積まれた書類を除いて,すべて甲子園を用いた賭博を行うために最適化されている。もともとわたしはスポーツのいろはにほをつゆ知らないジャズピアノ・プレイヤーだったのだが,いろいろな転回を経てこの会社に入って,仕事と,社長が裏で手を引いているそういう興行の仕事と,あとは昼にカタツムリを食っている。
 「おい!!うまい?」
 「美味しいです!」



Inter
 黒人に歪められたポップソングが街の隅で眠っている。おれとおまえ以外,置き換えられた教室。長い長い関越トンネルを抜けるとそこは雪国だった。処理落ちしたトラックがアスファルトに垂直に刺さる。タイヤの上をよじ登っておまえは見るだろう。一面の鈍色を。鱗の色を。警笛の鳴る方,ヘッドライトが照らすガードレールを抜けた先の望遠圧縮がきつい斜面。誰かがいたずらに開けた穴から灯油が流れ出る。あの泉田・裕彦をも買収せしめた螺鈿細工の星野伊佐夫が雄大な信濃川を泳いでいる。背泳ぎで逆走している。怪物は凶器に匕首を選んだ。灯油は重力を目指して集合する。「冬は授業サボって荒れた日本海見にいく」って女子高生が言ってた。怪物は女の形をしていない。怪物はおまえの方を見ていない。おれはジッポライターを放る。おまえは目の当たりにする。泳いでいる,星野伊佐夫の貌がないことを。とうとう怪物は手を振り下ろす。世界に二つの仮説が生まれる。

 日本で,一番女子高生のスカートが短いのは新潟県ですよ? 
 違う,置き換えられたのは我々の方だった。
 2,019年,信濃川は偽物の炎に包まれた。

7/24
 ララ峰さん,と呼ばれたから呼ばれた方の部屋に行く。5階の病院,質問即バウムテスト(Koch, K)即採血即,処方即会計。お会計金額をご確認後,OKボタンをタッチ! の会計だ。ユング派は神話の世界樹説から,臨床に描画法を用いた精神分析を設けた。その描画法のひとつがバウムテスト。とっておきの方法があって,「枠内に木の絵を描いてください」と指示された紙とプラスチック板を持ち,自分の額に当て,あなたが思った通りの絵を描く。そうした場合左右の形状が逆になって,要するに鏡に映った状態ですね,まあユング派,分離派,中道左派,いろいろあると思うねんけど,偽物の精神病でもまあ,変な診断が下りますよ。
 もっとも,そんな面倒な手続きを了解しないと処方箋を書かないなんて医者は,はっきり言ってカス野郎だ。
 医者がわたしを見る。いや,見ていない。心療内科医が患者を見ることはありえない。そんなことをして頭おかしくなった同胞を医学書の事例やら学会やらで何千人も知っているからだ。診療の数分はパチンコの精算に似ている。
 「今日はどうされましたか?(欲しい薬はなんだ?)」
 「先週のお薬はどうでしたか?(同じものを貰ってはやく帰れ)」
 「私どもの方で景品の換金のご案内はできかねますが,ですが,みなさま,出て向かいのビルの2階に向かわれていますよ」I gotta Blue Pill.
 わたしは啓蒙によって救われるつもりはない。啓蒙にどうこう,介入させるつもりはない。何も考えてないわけじゃない。昨日より笑えるジョークを考えているのだ。あなた方の友人のジョークより笑えるやつだ。


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