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Sometimes we feel pain,

7/25
 室見川ランチA:メバルの煮付け定食
 山本ランチB:ギンダラの西京焼定食
 わたしランチC:キタマクラのムニエル

7/26
 炬燵の中で実家のイヌにブラックジャックのルールを教える夢を観た。目が覚めると汗だらだらで,枕に小さな血の染みができている。リビングに降臨し,エアコンをつける。寝室には,空調設備がない。それぞれのドアを開けっぱなしにして空気を交換する。暑いうちに手頃なポルノで射精する。手頃なポルノとは,ユダヤ人が縞々模様のディルドで日本人の彼女をいじめている15分のショートフィルムである。フォーディズム完了後のユダヤ人のペニスは常に不能状態になっていて使い物にならないが,道具を用いて女を陵辱することに関してやはりユダヤ人は卓越していて,彼らはモンゴル人からその技術を伝承したという説がある。
 タイやフィリピン,インドネシアに日本や欧米主要国が長年ODAを続けてきたのは,現地で10代の少年少女を堂々とファックするためだといえる。我が国のおじさんたちは朝も夜もない霞ヶ関のなかで,同じ肌色の子供たちの性器のなかで,達成されなかった大東亜共栄圏の夢を目論んでいたのだ。白人どもが持っているのは,その程度の屈折した欲望なんかではなく,SSRIの白い吐息に絡め取られて小さくなってしまったペニスを少年のアヌスで洗浄してしもうたらもう一回おったつんやないの? という好奇心だ。
 そういえばさっきリビングに降臨した際,ワイングラスがシンクで割れていた気がするがはっきりと無視する。

7/27
 沙耶さやちゃんと2人でビーチに行くとかいう激アツなイベントがあったのに,起きたら「本当ごめん😿😿今日いけなくなった〜」との連絡がアサインされていた。
 古本屋の100円棚で投げ売りされている文庫本を買って,終わりまで読む。まあまあだなと思ったら,余白に連絡先を書き,頁をちぎって適当な女に手渡す。わたしの大江健三郎はその結果ネズミが食い散らした後のような惨状になった。余裕があるときには,ちぎった頁の中の一文に赤線を引いてから渡す。
 「There's a fear of nightfall, When darkness comes and covers all, the day Sometimes we feel pain, But there are things that we can change, just pray.」(大江, 1967)これなんかは覿面てきめんだ。沙耶ちゃんは,吉祥寺のエスニックでわたしがソフトシェルクラブのカレー風炒めを注文した子だ。セットのトムヤムクンが運ばれソフトシェルが運ばれ,にこやかな晴天の下食べているとキッチンの方からウェイターが飛んできて,はきはき元気な声で「すみませんそれ蟹じゃなくて海老です,お取り替えします」と申し出た。わたしは完全に蟹のつもりで半分ほど食べ進めていたから恥ずかしくなった。沙耶ちゃんがあまりにも快活な大声で詫びるので店にいた客はわたしのことを蟹と海老の違いも分からない哀れなワンコちゃん。と思っただろう。
 お暇をもらったワンコちゃんはトートバックに水着とノートとラム酒を詰めてバスに乗った。駅前でうどんを食べた。当日に海に行けなくなった然るべき理由をわざわざ追記したりしないのは,さやぴがいい女だからだ。もう気にならない。彼氏に咎められたのだろう。リカーで炭酸水とシロップを買い,電車に乗る。一駅先で降りる。脇汗が滲むよりも早くアパートに着いた。ベルを押す。キックボードが立てかけてある。車輪にラメが入っているベトナム製のキックボード。ロフトから降りたあと足音は玄関に近づき,止まる。覗き窓を見なくともわかる。外に立っているのは幼い雑種のワンコちゃんである。
 「なんや急に」「やあ暑いから入っていいか」「ええけど」「じゃあ」靴を揃えてあがる。靴を揃えないと怒られるからだ。氷を忘れたから,コップにラムと,ソーダとシロップを注ぐ。クロミは冷蔵庫からオレンジジュースの紙パックを取り出して,それで割った。
 Lil Nas Xがかかっていたからそれをブチ切って自分の携帯に繋いだ。クロミの部屋の本棚はIKEAのやつでダサくて嫌いだが,丸みのあるミント色の冷蔵庫はわたしの趣味で,大好きだ。冷蔵庫から自家製のキムチを取り出しているときに3拍子で硬く揺れるクロミの尻も好きだ。水着を持っているかと聞くと実家にあると抜かすから,買ってやるから今から泳ごうと提案した。さやぴの桃色のエプロンのことを考えていた。濃い目のラムをもう一杯作ってからグラスを空けて,アパートを出ると太陽がさっきの倍大きくなっていた。わたしは変なサングラスをかけていて,クロミはもっと妙な眼鏡をかけていた。汗臭い快速特急に終点まで乗った。
 海に向かう一本道の中で水着を売っている店を見つけ,できるだけわたしの趣味に合うビキニを探した。「ケルん前でこんなん着たくあらへん」とあからさまに舐めていた。ボタニカルテイストの,地肌を覆う面積は多いが紐で生地の結節点が繋がれているものを買った。会計を済ませ,試着室で水着に着替えたクロミと浜まで歩いた。



 ”自分がインターネットで文章を書き続ける理由は色々あるけど,結局いちばん最後の根本に残る動機は「文字が溜まっていくのが気持ち良いから」という,ほとんど性癖のようなもので,おまけに文字を溜めることの次に好きなのが「溜まった文字を全部消すこと」なので,しばしば「理解不能」と言われてしまう。”

7/30
 ママンと電話で話す。

8/2
 午前中,珍しく社長が事務所に来る。出鱈目な大声で挨拶する。やっとんのか。と問われるのではい,やっておりますと絶叫すると,なにがじゃと返答を頂き窮する。会社の顧客リストの整理を最速で行うためにコードを書いている途中だ。わたし以外,パソコンを触れないから,わたしに任されている。社長が喫煙室に向かったタイミングで室見川が「ケル,今日はお怒りだ。賭けてた高校が負けやがった」とわたしの方を向いた。社長は甲子園賭博の胴元と懇意で,大会開催中は,なかなかオフィスに顔を出さない。
 「いくら賭けてたんですか」「こんなもんだ」と室見川が両の親指を立てて見せてきた。それが一体なんのハンドサインなのか知らないが,社長は会社の金を引き出して興行に参加している以上,最終的に会社の損失になったということだ。
 名札を作ってもらって初めての飲み会,もといわたしの歓迎会で,クソ退屈な数時間を覚悟して臨んだのだが最初から最後まで社員が野球の話しかしないからびっくりした。わたしが振られた質問に何も答えられないのでいるから皆に「なぜお前はこの会社に入ったのか」とまくられた。やっと正社員の就職が決まって,次こそは心を入れ替えて働こうと思っていたのが,今の会社である。ジャズピアニストとして食っていこうとした朝焼けのような過去は諦めて,わたしもスポニチを会社で読んでいるのである。

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