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J-WAVEの番組に、いとうせいこうが出演

 J-WAVEの番組・TOKYO M.A.A.D SPINに、3月6日・13日の2週に渡って、いとうせいこうがゲスト出演した。迎え入れるのは月曜レギュラーのWatusiとNaz Chris。いとうせいこうis the poetというバンドで活動しているメンバー同士の対談となった。

 冒頭からの話で意外だったのは、いとうせいこうis the poetのバンド編成の話。管楽器2人を擁する大所帯バンドのイメージが筆者にはあったが、いとうせいこうによると、ステージが狭くて3人ぐらいしか入れないような場所でも、それにフィットできるという。極端な話、バンドの中の誰か一人がDJで出演するとなっても、いとうせいこうis the poetを名乗れると言っていた。もしNaz Chrisがそれをやるなら、前にパンダでも置いておけば?と、笑いも誘う一幕もあった。
 いとうせいこうis the poetの動向に興味はあるけど、メンバー全員のスケジュールを抑えるのは骨が折れるなと思っている音楽関係者には、朗報かも知れない。

 「詩を音楽の中で読むということを、ひとつの形にする」。これこそが、いとうせいこうis the poetがやっていることだという。
 これがようやく、「他の人もやってもいいんだよという感じになってきているので、そこをもうちょっと推したいと思ってる」と言っていた。
 確かに、いとうせいこうis the poetというバンド自体の露出は、昨年で高まった。ここからさらに、彼らがやっている音楽の表現方法が広まることが、いとうせいこうの次なる狙い。
 バンドの担当パートに、ベースやキーボードなどは見かけても、Wordsという役割は見慣れない。こういうメンバーがいるのは、筆者の知る限りいとうせいこうis the poetだけだ。このような編成のバンドが他に続々と出てきて、その楽曲が公共の電波に乗るようになれば、ライト層にも「Wordsって何?」という顔をされることもなくなり、ジャンルそのものが浸透したと言えるだろう。
 TRFのデビュー当初も、当時ヒットチャートの中にDJを擁するグループは他にいなかった。DJ KOOも、「後ろの人は何をやっているの?」という質問に度々答えなければならない状況だったが、彼らが新たなジャンルを切り拓いた甲斐あって、今となっては状況がかなり好転した。Dragon AshのDJ BOTSや、SEKAI NO OWARIのDJ LOVEに向かって「あの人は何をやっているの?」という声は、ライト層からもそうは聞こえてこない。
 いとうせいこうis the poetの切り開く音楽の新境地。彼らの成果も10年後の音楽シーンを見れば分かるかもしれない。
 この度、いとうせいこうは新たな著作『今すぐ知りたい日本の電力 明日はこっちだ』(出版社:東京キララ社)を発表。そこで、アーティストが電力会社を持つという興味深いトピックにも触れていた。そう言えば過去のTOKYO DANCE MUSIC WEEKでは、生中継の最中にZeebaがいとうせいこうの電力会社と契約していた。

 2週目の放送では、いとうせいこうがNHKの連続テレビ小説「らんまん」に出演が決定した話が聞けた。実在の人物・牧野富太郎をモデルに、彼をとりまく出来事を再構成した内容の物語。いとうせいこうは、主人公が憧れる植物学者・里中芳生役で出演する。
 牧野富太郎はもともと四国で人気があり、地元でドラマ化の動きがあったそうだ。いとうせいこうも、この動きの一環で署名をしたことがあるという。そのときは署名ひとつでどうこうなるとは思っていなかったようだ。ところが、いざドラマ化が現実味を帯びてくると、いとうせいこうが東京中日新聞で執筆している植物の連載を、高知新聞が買っていることから、「これはいとうさんにも出演してもらわないと!」ということでオファーが舞い込んできたそうだ。高知新聞もこのドラマ化の動きに一枚絡んでいる。
 なかなか興味深い経緯だ。こんな話が聞けるのもこの番組ならでは。筆者としては、牧野富太郎の人生がひとつのドラマになるのはもちろんだが、地元の有志が集まってドラマ化を実現させるまでの道筋が、ここから派生するもうひとつのドラマになるのではないか?という気もしてくる。
 おそらく、いとうせいこう出演決定の他にも、隠れたエピソードがいくつもあるのではないか。これを「らんまんができるまで」的なタイトルでショートストーリーの映像に仕立てて、打ち上げなどの番組関係者が集まる機会で鑑賞するのも面白そうだ。それこそ、高知新聞の記者役を地元の方が演じてみたり。
 とにかく、このドラマは関係者の牧野富太郎への愛に満ちていて、良い雰囲気だという。最近の日本のクリエイティブは、制作コストがどうのとか、余計なことで発想が制限されがち。そんなことよりも、まずは最高に熱くなれるものは何なのか、そこを第一に着手しなければ、面白いものは生まれない。そんな話をしていた。
 雑誌ひとつを引き合いに出しても、人物に惚れて、その人がどういうふうに素晴らしいのかを、言葉・写真・絵といった自分なりの表現方法で表そうとしていった、ユニークなものが昔はたくさんあった。だが最近は、読者ニーズを優先し過ぎるがあまり、好きな人が好きなことを書く、雑誌の「雑」の部分が薄くなってきた。これではせっかく生まれたユニークな発想も広まりにくい。こんな状況でも、面白いものを作り、世に放つにはどうすればいいのか。出演者一同、熱い議論が交わされていた。
 話を投げかけたいとうせいこうは、自分の専門と関係ないものでも、面白そうなプロジェクトには積極的に首を突っ込むようにしていると言う。Naz Chrisは限られた予算でどのように内容を練っていくかという話題のときに、それが自由な発想の足枷になっていることに、深く共感し、自分を戒めているようすだった。Watusiはミュージシャンとしての立場から、すでに独自の方向でモーションを起こしている。まだ公表はしていないが、自らのサロンを立ち上げて、音楽を制作する人々の横のつながりを生み出す機会を作りたいと言っていた。
 筆者はここまで聴いていて、雑誌の話では今年刊行されたムック『昭和50年男vol.21 小室哲哉がオレたちにかけたマジック』がパッと思い浮かんだ。あれも、ほぼアーティスト愛だけで作られたようなもの。ああいうテイストの刊行物が、過去にはたくさんあったということだろうか。
 筆者はYouTubeをメインの活動舞台とするバンド・MINT SPECを軸にした更新型プレイリストをSpotifyに掲載している。これも雑誌の性格を持っているなと気づかされた。彼らが新たなアクションを起こすたびに、プレイリストの曲目を変更している。だが彼らの演じた曲目をそっくりそのままトレースするだけでは面白みに欠けるので、そこに絡めつつも、自らのセレクトも織り交ぜている。これも最近の音楽シーンの動きを意識するようになってきた。もちろんTOKYO M.A.A.D SPINも参考にしていて、今年ゲスト出演したakikoの新作『I'M EVERY WOMAN』もリストインさせた。
 心を熱く震わす、何かを感じる音楽。これを発信するのが、このnoteであるが、そのテーマをプレイリストに落とし込んでいる形となっている。

 同じ情報の集まりでも、インターネットはつながりが無尽蔵で、流れが止まらないのに対して、雑誌は始まりと終わりが明確にバインドされている。これが良いところだと、いとうせいこうは言っていた。かたまりとなって形を持つことで、中身を反芻して思い返すことができる。現代社会はそういうおさらいをする暇さえないという。
 筆者はプレイリストを作っていて、トータル時間は一定の枠に収まるように、決め事として設けている。7~8時間もあるようなプレイリストも世の中にはあるが、作った本人でも全部は聴ききれないだろう。手当たり次第に次々放り込むプレイリストとは違い、制限時間を設ける。これが現代なりのバインディングなのかとも思った。
 過去にリストインした曲は、抜粋して別途noteやTwitterもモーメントに残した。そこから振り返って新たな記事も掲載したのだが、これが中身を反芻して思い返す行為に当たるのだろう。
 今回の放送は、なにかと自分に思い当たる部分が多くてハッとした。

 よそではなかなか聞けない、独自のエピソードが続出する対談。しかも音楽制作者はもちろん、リスニング愛好者にとっても、今後の糧となる話が多い。これがTOKYO M.A.A.D SPINの醍醐味だ。ぜひ一度チェックしてみてはいかがだろうか。



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