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すべてに意味がある、そうだけど

起こる出来事、出会う人々、すべてに意味はある。
そうだ、確かにそうだ。長く生きれば生きるほど、そう思えることは増えていく。だけど。
私自身、その時、その瞬間は、あまり意味を追いかけないようにしている。
意味付けをしてしまうことで、今までの狭い見識でさっさと収束しようとしてしまっては勿体ないからだ。所詮人間、今まで知っていることなど、たかが知れている。自分が把握したつもりになることで安心しようとしても、返って不安がべっとりとつきまとうのだ。

すべてに意味がある。

その凄さは、ずっと後から明らかになってくる。特に、大きくて重要な出来事や出会いは、明らかになるまでは、追いかけない。無理やり、意味付けして片付けてしまわない。
「はい、わかった」じゃないから。全然、その時点でわからないのだから。

それよりも、その時に起きたこと、出会えたことを思う存分、夢中になる。必死で味わう。それがいいことでも、そう思えないことも。

いいことを味わうことも、いいと思えないことから逃げないことも、同じくらい大切にしている。
思いっきり正面で受け止めていく。

あの出来事が、こんな風に繋がっていた(!!!!!)
という衝撃。
それは後でお楽しみにして、お楽しみは忘れて今を生きる。
喜びも悲しみも味わい尽くす。

わからないことは多少ならず怖さもあるのが人間。
でも、怖くても死にはしない。
怖さに飛び込んでいくと、抱いていた恐怖を超えることはないものだ。

いつか必ずその意味が明らかになる。
必要以上に意味を知ろうとしないことで、その奇跡みたいな凄さに気づけるのだ。

自分で望んでいないことが起きた時。
それは考えてもみなかったどこかに繋がっていたりするものだ。
その時の自分の感覚を信じて、起こったことを受け止めていく。
これが人生最高のギフトの受け取り方なのだと思っている。

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