江口寿史による、「ちばあきお(1943-1984)」の回想「あきおさんとの 出会い」(1994年)。

漫画家・江口寿史(1956-)による漫画家「ちばあきお(1943-1984)」の回想
「あきおさんとの出会い」。『ちばあきおのすべて』(1994年)より。↓書影。
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※漫画家「ちばてつや(1939-)」を長男とする四兄弟の三男が「あきお」。

《_ちばあきおさんの漫画を初めて知ったのは高校2年の時だ。週刊のジャ
ンプとマガジンと、あとLPレコードを1枚買うともう、ひと月の小遣いはな
くなってしまったので、月刊少年ジャンプに載っていた「キャプテン」を僕
は毎月、立ち読みで読んでいた。_こんなに地味な絵と話と、淡々としたテ
ンポのマンガがどうしてこんなに面白いのだろうと、当時の僕は不思議で
ならなかった。_ちばあきおさんと初めて会ったのは、僕が漫画家としてデ
ビューしてまだ3年めの、23歳の秋だった。_ちばあきおさんは、今まで僕
が会ったどの人よりも優しかった。お宅に遊びにいった時。酒をのんで騒い
で酔っぱらって泊めてもらった時。中野ブロードウェイでラーメンをおごっ
てもらった時。あきおさんはいつも、僕のようなチンピラ漫画家にニコニコ
とおつきあいして下さった。_あきおさんの家が新築なった折、遊びにいっ
て新しい仕事場を見せてもらった時のこと。_机の上に「プレイボール」
の、ある回のゲラ刷りが置いてあった。見るとそれに赤エンピツでいろんな
書きこみが――主人公の顔に×点がしてあったり、人物のポーズが直されて
いたり――してある。_「先生、これ、どうするんですか」と聞くと「あ
あ、それ単行本にする時、描き直そうと思って」あきおさんは僕の顔を見な
いでそう言った。その書きこみは、ゲラ刷りのほとんどのページにあった。
_僕は、失敗した回のゲラ刷りなんか絶対に読めない。自分の失敗と対峙で
きないのだ。_ちばあきおさんは、こうして毎回、自分の作品と真正面から
向かい合っていたのだ。失敗からも目をそらさず、真剣に自分の作品のチェ
ックを続けていたのだ。_こうした真摯な情熱から生み出される作品が読者
の心を打たないはずがない。_僕はその時、ちばあきお作品の面白さの秘密
の一端を垣間みた気がしたし、また同時にその真摯さが逆に、ちばあきおさ
んを追いこんでいったのではないかという思いも、今では少し、ある。》


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