「黒髪と八重歯と」
先に一軒家に入っていった神様の後を追いかけると、中には必要最低限の物しか置かれておらず、より一層一軒家が大きく広く感じた。
入ってすぐ右手にあるダイニングキッチンで神様は誰かと話している。
後ろ姿で顔は分からないが、黒髪ショートボブの女性だった。
「佐藤くん、こちらは峰尾さんじゃ。」
神様が口を開くと同時に、その女性が振り返る。
「こんにちは。初めまして。峰尾です。」
黒髪ショートボブの下には、綿の様に白く透明感ある肌に、大きく綺麗な猫目の瞳、程良く高いスッとした鼻、優しさが溢れ出ている垂れ眉、笑うと顔を出す八重歯。
時が止まる。
同じタイミングで苦しさまでも感じる。
けど、心地良い。
悪くない苦しさだった。
「…佐藤くん?どうしたんじゃ?…佐藤くん?…佐藤くん!」
「…え?あ、すいません。初めてまして、佐藤です。宜しくお願い致します。」
神様に呼ばれ、焦りながら挨拶をすると、峰尾さんはニコッと笑い、口を開く。
「今からご飯作ろうと思うの。私、料理担当だから。佐藤くんは何の料理が好き?」
毎日この人のご飯が食べれるのかと思うと、一生ここに居たいと思ってしまう。
「あ…オムライスです。」
「良いわね、オムライス!じゃあ今日はオムライスにしようかな?この島は全然材料無いから、そんな美味しく出来ないかもしれないけど、頑張って作っちゃうね。」
またそう言って、峰尾さんの八重歯が顔を出す。
自分の顔や耳が熱を帯びて、赤くなっているのが分かる。
「…材料採ってきます。」
そう言って、僕は一軒家を後にする。
「ちょっと佐藤くん!…どうしたんじゃ。すまんが峰尾さん、お留守番お願いのう。」
「フフッ!…はい。任せて下さい!お気を付けて。」
道も分からないくせに、ひたすら海岸と思わしき方向へ小走りで進む僕を、神様はゼェゼェと息を切らしながら追いかけて来た。
「ちょ、ちょい、佐藤くん!年寄りを置いて出ていくとは何を考えとるんじゃ!ほら、もうちょっとゆっくり歩いておくれ!」
「え、あ…す、すいません…つい…。」
「どうしたんじゃ、一体。峰尾さんは知った顔か?…それとも…惚れたのか?…のう?そうじゃろ?」
「…。」
僕は何も言わずにまた海岸の方へ、そそくさと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待っておくれ。冗談じゃ、冗談!のう!佐藤くん!」
太陽が沈み、さっきまでの橙の空が黒を帯び始める。
打ち寄せる波が残る橙に反射して、煌びやかに光っているのが見えた。