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「人見知りの青年」

「とりあえず…そうじゃな。住人らに挨拶でもしに行こうかの。これから君もこの島で暮らす事になる。必要な事じゃ。」

僕は神様に言われるがまま、白い髪の老人の後ろをただ着いて歩く。


「おったおった。見えるか?目の前におる男の子。宮城くんじゃ。」

神様の視線の先に、あぐらをかいて砂を木の枝で漁っている男性が居る。


「宮城くん。ちょいと宜しいかな?この島の新しい住人じゃ。ご挨拶をしておくれ。」

そう言われて、ムクっと立ち上がった彼の背丈は僕より少し低く、百六十五センチくらい。

肩まで伸びた黒いミディアムヘアに無造作な天然パーマがかかっていて、子犬の様な童顔をしている。

童顔のせいで、歳は判明しにくいがおそらく歳は二十歳くらいだろうか。


「あ、宮城です。…宜しくお願いします。」

人見知りなのか、彼は僕の足元をずっと見ている。


「さぁ、君も挨拶を。」

そう神様に促され、僕は口を開く。


「宮城くん、初めまして。僕は…。えっと…その…。」


「…ん?どうしたんじゃ?」


「えっと…その…僕は…。」


頭が真っ白になった。


僕は自分の名前を失っていた。


「あの…その…すいません。自分の名前が思い出せなくて…。」

神様と宮城くんはキョトンとして、顔を見合わせている。


そうゆう反応になってもしょうがないと思った。

きっと僕も同じ事を言われたら、全く同じ反応をするだろう。


「その…すいません…。」

僕はそうゆっくりと頭を下げると、神様は白髪の頭をボリボリと掻く。

「いや…ワシこそすまぬ…。はて、どうしようかの。…あ、それなら佐藤とかはどうじゃ?日本で一番多い苗字の。幸いな事にまだこの島には佐藤はおらぬしの。」


この世に生を受けてから、人には必ず名前がある。

その当たり前を失った今、こんなにも虚しい事だとは思いもしなかった。


「有難うございます。じゃあ…佐藤で。宜しくお願いします。宮城くん。」

そう言うと、宮城くんは静かに頷き、また僕の足元を見ていた。


彼の目には、黄土色の砂と僕の履き潰された靴だけが映っていた。

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