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ミャンマーに引き寄せられて


学生時代のいつからか、「戦場カメラマン」になることが夢だった。数ある紛争地帯のなかで、どこに行くのか。0から始める私の場合、日本であまり知られていない地域に行くことに意味があるのではないか。そもそも本当に私の求めるものに辿り着くことができるのか。
様々な問いを巡らせながらも、少しずつミャンマー情勢に関心を持つようになっていた。現代のアジアにおいても非常に混迷を極めている国であること、多民族で構成されていることに自ずと惹かれていたと思う。

リトルヤンゴンでの奇妙な出会い 


2021年2月にクーデターが起きたことで大学の講義でもミャンマーに触れることは何度かあった。それに加え、大学の最寄り駅でもある高田馬場はリトルヤンゴンとも呼ばれ在日ミャンマー人が多い。ミャンマー料理店や雑貨屋、駅前で募金活動している団体。ミャンマーを身近に感じる機会は多かった。

軍の攻撃で亡くなった人への弔いと抗議の集会を行う在日ミャンマー人たち(高田馬場駅前ロータリー 2021.4.24 )

ミャンマーに関して最も忘れられない鮮烈な出来事がある。
サークル活動で毎日のように駅前ロータリー広場にいたときのことだ。
広場の木陰に置いていた私の荷物を覗き込み、そのまま持ち去ろうとする男がいた。50代〜60代と思しきその男性は、使い古されボロボロの服と靴を身に纏っており見るからに貧しそうだった。
喫煙所でタバコを吸っていたサラリーマンが止めてくれたので荷物を持ち去られることはなかったものの、その後も頻繁にその男性を駅前で見かけるようになった。

ある日、私の方から話しかけてみることにした。
すると日本語はほとんど理解できない様子で、分かったのはミャンマーから来たということと、名前はゾーさんと呼ぶこと。そうしてロータリーで会うたびに話すようになったが、その都度カタコトの日本語で「中国人OK、中国政府ノー」を繰り返し呟いていた。

駅前ロータリーのベンチで佇むゾーさん

数ヶ月が経ち、後輩と宅飲みする為に西武新宿線で自宅へ帰っているときのこと。最寄り駅のホームへ降りようとしたとき、ゾーさんが同じ車両から降りようとしているところに偶然出会した。まさか最寄り駅が同じだったとは思わず、声をかけるとゾーさんも驚いた様子。隣にはガタイの良いミャンマー人の男性がビールが入ったビニール袋を手にしている。これからゾーさんの家に一緒に向かうところだったという。自宅の方向も同じらしく、一緒に酒を飲もうと私たちも同行することにした。

下町の住宅街にある小さなアパートの部屋に案内されたが、中を見渡しても家具はほとんどなく薄い布団と毛布があるだけ。部屋の隅にはカップ麺や空き缶のゴミが袋から溢れていた。
「私の名前はアウンです、アウンサンスーチーと同じアウン。」アウンさんは、ゾーさんよりも達者な日本語で自分の名前を名乗った。アウンさんはミャンマー人コミュニティの中で仕事の斡旋や部屋の紹介等サポートを担う役割だという。
一緒にいた後輩は幼少期をタイで過ごしていたため基本的な会話なら問題なく、時折アウンさんとお互い不完全なタイ語で会話して通訳してくれた。
アウンさん、はミャンマーについて興味があると伝えると何でも教えるよと、一手に語り出した。

アウンさんによれば、ゾーさんはカチン族に属し兄弟も日本に来ているらしい。カチンにはKIO(カチン独立機構)と呼ばれる組織がありKIAという武装組織が独立を目指しミャンマー軍と戦闘を続けているという。
アウンさんは、「ミャンマーについて知りたいならもっと聞いて。他に何が聞きたい?」と、ときに厚かましく感じるほど私たちに質問を煽った。そのとき私はよく耳にするロヒンギャについては知っていたものの、その他にも複数の民族が軍と争っていることについて詳しく知らなかった。そのため、アウンさんの期待に応えるほどの深い質問はできなかったように記憶している。

だが、机上ではなく偶然にも当人の1人から話を聞けたこの奇妙な出会いは、数ある紛争地の中でもミャンマーを選ぶに足る充分なきっかけとなった。ただ1つ、ゾーさん自身は私の荷物を盗もうとしていたことなど全く覚えていなかったことに関しては、もはや笑い話である。

ゾーさんの友人が義足を見せてくれた。現地で負傷したという。 (2021.10.12)

大学を無事に5年で卒業した私は最初の目的地をミャンマーに絞り、1年少し東京の飲食店や葬儀業界の派遣で資金を貯めた。葬儀の仕事は8hで日当が13000円以上と派遣の割には給与が良く、月に2回ほどだけ休日を取って働きに働きまくった。

そうして9月中旬、ミャンマー・タイ国境の街・メーソートを目指しバンコクへ旅立った。その約4ヶ月に渡る旅の足跡をこれから記していこうと思う。
なお、今回の行程は失敗に終わったことを先に記しておく。

タイミャンマー国境・サルウィン川のカレン側岸辺にて

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