キャノンイーグルス☆初心者観戦記・開幕戦〜『苦き船出』〜
1.試合前
『ママ、町田って、箱根みたいなところなの?』
タクシーの中で娘が不安な表情を浮かべた、
たしかに箱根湯本行きロマンスカーは町田駅を全力で通過するが、ここは人口50万人近い東京のベッドタウンだ。
娘と降りた多摩センター駅は、ここを最寄りとする『サンリオピューロランド』とコラボしているせいか、ホームから改札を出るまでラブリーな雰囲気で溢れていた。
私は、およそラブリーではないキャノンイーグルスの Tシャツに身を包み、娘を連れて
キャノンイーグルスvs NTTドコモレッドハリケーンズの試合を見るために
町田GIONスタジアムに向かっていた。
タクシーの走る道はどんどん狭くなっていく。周囲は山深くなってきた。私も不安になってきた。
天空の城 最恐のアクセス
サッカーJ2町田ゼルビアのファンも来場を一瞬ためらうほどの僻地
その噂は本当だったのだ。
もちろん自家用車でくれば良い話だが、私はペーパードライバーだった。
娘の不安そうな顔つきを見て、私は結論が一つしかないことを悟った。いや、開幕戦延期の影響で会場が駒沢からここに変更された時から、答えは決まっていたのだ。
『大丈夫。前半を見たら帰るから。多分試合は勝つからね』
数ヶ月に及ぶ病気療養が明けた娘を帰りのシャトルバスに乗せるわけには行かなかった。
覚悟が決まると少し気が楽になった。
車がやっとすれ違えるだけの道路を過ぎると道は再び広くなり、タクシーは野津田公園の長い坂を登った。その頂点に当たる場所、そここそ
天空の城 町田GIONスタジアム入り口だった。
会場の外には、まだ12時30分だというのに多くの人で溢れていた。こんなに集まったのか!
観客人数は5000人以下に という政府の要請
バックスタンドは工事中ときいていた。メインスタンドは満席になるだろう。
この日の気温は20度を超えていた。季節外れの強い日差しを浴びながら私と娘は入場ゲートに並んだ。
コロナ禍のお約束である検温と消毒を終えると、改修されたばかりの白亜のスタジアムに足を踏み入れた。
白い内壁、トイレは落ち着いた木目調に整えられ快適な空間となっていた。
そしてさらにその奥には、
緑のグラウンドと 『大自然』 が広がっていた。
町田って、こんな長閑なところだったのか。ここの時間はどこかゆったりと流れていた。
選手はすぐにグラウンド内に現れた。トップリーグの試合、リーグ休止から一年が経とうとしている。
試運転ではない、本気のぶつかり合い。
興奮と恐怖が相半ばしているのだろうか。
選手達は談笑しながら、それぞれのリズムで練習の準備を始めていた。
ファンクラブ経由で購入した席は、驚く程良い席だった。選手にカメラを向けるのを躊躇うほど彼等は近くにいた。
といっても、陸上競技場を兼ねたグラウンドはトラックが選手と観客を隔てていた。
近いような遠いような微妙な距離感
秩父宮に慣れた私達にはその距離がどうにももどかしかった。
数人の選手がアップを始めた中、見覚えのある後ろ姿の男性がトラックに姿を表した。
新監督 沢木敬介さんだ。
沢木さんを直に見るのは、1年前の秩父宮、サンウルブズの対チーフス戦以来だ。ただコーチングコーディネイターだった沢木さんはジャージ姿、しかも遠目だったのでよく見えなかった。
(写真をズームして偶然発見できた。おそらく沢木さん)
体にフィットしたスーツを身に纏う沢木さんは、間近で見ると驚くほど華奢だった。
沢木さんは、キャノンが試合前練習で使用するエリアを隈なく歩き回った。最初はほとんど立ち止まらず、グルグルと八の字を描くように歩き続けていた。
一体、何を見て何を考えているのだろう。
どこかタカラジェンヌを思わせる華奢な後ろ姿、しかしその背中から発するものは
『愛と夢』ではなく
殺気にも似た緊張感
だった。
次第に選手が集まり、各自定められた練習に入る。歩き続けていた沢木さんは、次第に足を止めるようになり、選手コーチと言葉を交わすようになった。
しかし、沢木さんはあくまで外からチームを眺めているかに見えた。練習終了間際の円陣は選手達だけのものだった。
練習時間が終わり、選手達と共に沢木さんも屋内に戻っていった。そのまま監督は指定のブースで試合終了までを過ごす、それがラグビーの流儀だ。無線マイクだけが沢木さんと選手達を繋いでいる。
選手紹介が始まっていた。今日の注目はオールブラックスのスーパースター
ラグビーは15人で戦うスポーツだ。その中に一人スーパースターが混ざるだけでどんな化学反応が起こるのだろうか。
開幕前の練習試合、予想外、と言っては失礼だが好調な結果を重ねていたレッドハリケーンズ。明らかに昨季までとは違うホワイトカンファレンスの『台風の目』。
選手入場。このスーパースターに大きな拍手が送られた。
次いでイーグルスが入場した。主将田村さんは円陣を組む中で何を思っていたのだろう。
2.試合前半
試合が始まった。
今思えば、この前半25分間互いにペナルティーを重ね合って試合が膠着したことが悔やまれる。開始早々イーグルスは一方的に攻め上がったが、ここぞ、という場面でボールが手につかない。フミさんの後ろに立ちはだかる T Jペレナラ選手は見るからに屈強で、前半から不気味な存在感を見せていた。レッドハリケーンズはシンビンで一時退場者を出すも規律は乱れない。
両者の攻防は反則を重ねつつも拮抗していた。
ようやく試合が動いたのは前半26分。イーグルスのペナルティーによるレッドハリケーンズのPG成功。
先制されてイーグルスに火がついたのか。ここからはイーグルスの時間だった。
前半30分。そのトライは田村さんのパスを起点に大外左から決まった。
トライした11番サウマキ選手は、踊るように数歩リズムをとってボールをグラウンドに置いた。
永友GM世代の人間としては、
Jリーガー《キングカズ》の『カズダンス』を思い出す。
ただ、カズが踊るのはゴールを決めてからだ。ボールを置いてから踊ればいいのに。しかしそれは素人の考えかもしれない。それだけ選手達にストレスが溜まっていたのだろう。
その後、イーグルスは相手にPGを献上したものの、前半35分、クリエル選手が、2本目のトライを決めた。ここも、田村さんの柔らかくかつタイミングよく投げられるパスが起点だった。
そしてこのまま前半終了。
3.帰宅途中で知った結末
試合が動き出したこのタイミングで帰るのは余りに惜しい。しかし、今私は『私』である前に『母』でなければならなかった。後ろ髪引かれる思い、とはまさにこの気持ちだろうか。
道路までの下り坂を走りに走り、多摩センター駅行きのバス停に着いた時、私と娘はようやく安堵の吐息をついた。
これで『天空の城』から脱出できる!
バスは定刻通りにやってきた。途中渋滞もあり、到着まで20分ほどかかっただろうか。
キティーやポムポムプリンが散りばめられた駅のホームで私はSpoLiveを開いた。
ここから試合終了まで、私は電車の中でその経過を逐一知ることとなる。
座席につき再びアプリを開く。
イーグルスは逆転されていた。
電車の中、イヤホンを持たない私は実況を聞くことはできない。
状況を飲み込めないまま、文字を頼りに試合を追う。
後半37分 イーグルストライ!負傷した田村さんに代わって小倉さんが2点追加!
24対23 イーグルスは逆転に成功、しかしその差僅かに一点。
ここでイーグルスファンはみんな同じ事を恐れただろう。
自陣でのペナルティー
このルールがあるがために、バスケ並みに最後まで勝負の行方が読めない試合がある。
しかし、無事であれ、というファンの祈りは届かなかった。
イーグルスは試合終了間際に痛恨のペナルティー。
レッドハリケーンズのPGが決まった瞬間勝負は決した。
24対26 NTTドコモレッドハリケーンズの勝利
何が起こったのか、、車内でただ呆然とするばかりだった。
4.改めて、試合後半
試合翌日、後半部分の録画を見た。
『一つ一つの精度が高いですねえ』
解説者の方が T Jペレナラ選手のプレーを絶賛していた。
素人の私には、SHのプレーの精度はよく分からない。ただ、レッドハリケーンズは規律を依然失わず、彼の繰り出す絶妙なキックが試合に起伏を与えていた。
硬軟自在
いい意味で、 T Jペレナラ選手は『不敵な、狡猾な目』をしていた。南米のサッカー選手のような機を逃さない男、か。
イーグルスの司令塔も負けていない。
田村優さんといえば、味方に厳しい指示を出す姿がつい思い浮かぶが、
(昨年一月、雪降る極寒の試合の中、味方に指示を出す田村さん。撮影した私も凍死寸前)
田村さん自身も攻撃の要となり、その俊敏なランと相手の間合いを外すパス、絶妙なキック、どれを取っても、彼が特別な存在である事を示すに十分だった。
しかし、
イーグルスのジャン・デクラーク選手がシンビンで10分間退場。
一人少ないイーグルス、この機を逃さずレッドハリケーンズは攻勢を強める。
ラインアウトをきっかけに、最後は TJペレナラ選手が力強くトライに持ち込んだ。
14対13 イーグルスは一点差に詰め寄られる。
しかし、イーグルスも負けていない。
後半20分過ぎ、レッドハリケーンズのペナルティー。
田村さんは時間を使いつつ難なくPGを決める。
17対13 イーグルスはレッドハリケーンズに4点差をつけた。
試合時間、残りは15分。
レッドハリケーンズは攻撃の圧を強めてきた。それは65分の事だった。
初心者の私には何が起こったのかわからない。
解説者のお力を借りる。
イーグルスが反則、レッドハリケーンズにアドバンテージが出ていたが、ペレナラ選手はアドバンテージの時間が切れ審判がペナルティーの笛を吹くのを待っていたらしい。その瞬間、ボールを足に軽くタッチして猛然と走り出した。出足の遅れたイーグルスの防御を難なく破り最後はパスを受けた7番李選手がトライ。
17対18 遂にイーグルス逆転を許す。
天才が『天才』である事を知らしめた瞬間だった。
しかし、決まると思われたキックは外れてしまう。
ここでイーグルスは、安井選手、小倉選手が入る。
時間は残り10分。
レッドハリケーンズは敵陣で試合を進めフェイズを重ねてジリジリと前進。対するイーグルスは渾身の防御を展開。文字通り、両者体を張るプレーが続く。
しかし、 TJペレナラ選手は一転してBK陣にボールを回す。最後は大外にいた茂野選手がトライ。
キックは決まらなかったが、
17対23 イーグルスは6点差をつけられた。
沢木さんは無線マイクで盛んに指示を送っている。マスクのせいで全体の表情はわからないが、大きく見開かれた両目が、沢木さんの緊迫した様子を伝えていた。
ペレナラ選手は絶えず笑顔を見せている。
残りは5分。
ラインアウトからレッドハリケーンズはさらなる得点を狙う。ペレナラ選手の蹴ったボールをイーグルスはキャッチ。なんとか前へ運ぼうとする、その時だった。
集団を抜け出し猛然と走る選手がいた。
田村さんだ!
田村さんは敵陣目掛けて一気に加速していく。そして、パスを受けた安井選手がトライ❗️
足を痛めた田村さんに代わり小倉さんが難なくキックを決め
24対23
キャノン逆転❗️❗️
時間は残り3分。
しかしこの直後イーグルスのペナルティー。再びレッドハリケーンズが敵陣に乗り込んできた。キャノンは懸命の防御、
残りは1分。
しかし、ゴール正面でイーグルスは痛恨のペナルティー。
ホールディング のコールがあった。
川向選手はこれまで2本キックを失敗している。
80分の経過を告げるホーンが鳴った。
これがラストプレイ。
川向選手の蹴ったボールは、大きな楕円の軌道を描いてポスト中央を通過していった。
川向選手は人差し指を突き上げて歓喜の声を上げた。
試合終了 24対26
レッドハリケーンズ逆転の勝利。
興奮冷めやらぬレッドハリケーンズの選手達、ハイタッチで喜び合う監督コーチ達。
沢木さんはポケットに手を入れ真っ直ぐ前を見つめたまま屋内に入っていった。
キャノンの選手達は円陣を組み、田村さんが何か話しているようだった。
後日チームが公表した沢木監督のインタビューは怒りを隠せない厳しさに満ちていた。
■沢木敬介監督
いい環境下でラグビーをすることができ、関係者の方々に感謝しています。試合に関しては、自分たちで自分たちの首を絞めるようなラグビーで自滅してしまいました。イーグルスがやろうとしているラグビーとはほど遠く、スキルやナレッジの部分もまだまだ改善していかなければならないと考えています。最後に逆転されましたが、そもそもあのような僅差の展開になるまでに相手を仕留め切れていないのが問題です。それがチームの現状だと思いますし、それを受け入れないことには成長できませんので、しっかり改善していけるよう再び取り組みます。
試合は待ってくれない。第二節は2月28日。相手は2019シーズンの覇者神戸製鋼コベルコスティーラーズ。
この『智将かつ烈将』は、苦い初陣の味を噛み締めつつ、選手達をこの厳しい勝負の場に送り込む。
若き鷲達は、鋼鉄の巨人に爪痕を残せるだろうか。
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