19夜の話

タイトル  伊達メガネをかけた友達 

 Sは女を知っていた。姉妹のいる家庭で育ったせいか女が喜ぶような振る舞いを自然と身につけてしまったんだとSは言っていた。ある時期Sを毎週末アパートに泊まらせていた。Sは失業中で帰る場所がなかったし、借金に追われていた。僕はSに同情して頻繁にアパートに泊まらせていたわけではない。僕自身、他に遊び相手がいなかったのだ。僕は友達に飢えていた。その日、僕らはビールを飲みながら過去の話をしていた。Sとは高校の同級だったから気心は知れていた。ふたりとも将来の話をするのは照れくさいという感覚があって、過去に起こったことをネタにしては馬鹿笑いしていた。

「Sはモテたよなぁ」僕は言った。

「今現在はモテないみたいじゃないか?」とSは笑った。「Tは不器用だからな、見ていてわかるよ、モテないんだろ?」

「どうすれば女とうまく話したりできるようになるかな?」僕がいうと、Sは「キャバクラにいって会話の練習をするのがいいんじゃないか」と言った。

「金がかかるのは嫌だな。ねぇ今度誰か紹介してよ」

 不思議なことに何時も女と遊んでいるSでも、そういう女はいないんだよと言った。僕に紹介するつもりがないだけかと思ったが、そうではないらしい。携帯を触ってアドレス帳を見ていたSは、しかたないから手本を見せてやるといって首にスカーフを巻き、メガネをかけた。どこへ行くんだと聞くと、今から駅でナンパすると言った。

 僕らはアパートを出て駅前広場へ繰り出した。Sは格好が大事なんだよといってチャラチャラした縞柄のシャツを着ていた。僕が、いつも眼鏡なんてかけてないよなと聞くと、伊達メガネなんだとウインクする。

「二人組の女がいたら声をかけよう」 

 フレンチレストランの店内に綺麗な女の二人組がいるのが見えた。あの子たちに声をかけようと僕がいうと、Sはあっちのほうがいいと居酒屋を指差した。大衆居酒屋へ入って酒を飲みながら店内を見渡していたがなかなか女たちはやってこない。Sは飲み放題メニューの酒をどんどん飲む。時間が経っていった。  

「飲みすぎてやしないか?」僕は言った。

「大丈夫、それより女がきたら教えてくれよ」

 やがて大学生風の二人組が隣の座敷に入って行くのが見えたので、Sに声をかけた。Sはちょっといってくるといって立ち上がったがふらふらしている。 

「本当に大丈夫か?」

「まかせな、よく見ておくんだぜ」

 Sは隣の座敷な間違って入ったらふりをし、謝ったあと僕にはあまり面白く思えない冗談をひとことふたこと交わした。僕を彼女たちに紹介するSはすでに2人の女と親し気だ。もっとも2人ともSに負けないくらい酔っているようだった。こう言う言い方がフェアではないことはわかるけれど、さっきフレンチレストランで見た女の子たちにくらべれば見劣りした。

「T、なにか面白いこと言ってよ」

 しつこいくらいにSは僕に話を振る。当然面白いことなどなく僕が場をしらけさせたような空気を作り出す。そうして自分が4人の中で優位に立とうとしているのが見え見えだった。腹が立ち馬鹿らしくなって二軒目のカラオケボックスでは、Sを置いて帰った。  

 そのことがあって以来Sとは疎遠になっていった。

 Sはモテてなんかいないのだと理解した。彼の振る舞いはあの伊達眼鏡のようにただの偽物だ、と。Sの周りにいる人間はS自身を含めて、誰も彼もさみしがりやだった。きっとあの頃の僕らは傷を舐め合って凌ぐしかないほど、孤独に打ちのめされていたのだろう。でも、Sと離れてわかったことは、ときに人は孤独を受け入れることでしか前に進めないとうことだ。

 偽物から離れた場所ヘ向って走るには、ひとりになる必要もある。


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