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銀行最後の日とそれから最悪の出来事・・・(その1)

銀行を3月31日に25年務めた銀行を辞めた・・・

 3月31日は、朝からフルに仕事はしていた。引き継ぎも含めての仕事であったが、やめるはずが、まるで明日もあるかのような仕事ぶりであった。

 引き継ぎの時に、本部から電話があり私が呼ばれた

 経済産業省の本田さんであった。本田さんとは制度融資の関係でなんどか話をしてお互いが気心知れた仲であった。

 本田さんは、

 「研修があるので講師として参加してもらえないですか?」

 私は、びっくりして

 「えっ、何の研修ですか?私が講師でなんて・・・」

 本田さんは、

 「融資の事例をほかの金融機関に説明してほしいんです。どうですか?」

 私は、

 「えっーと、それがですね。じつは・・・」

 今度は、本田さんのほうが、

 「えっ、そうだったんですか。」

 ただし、すぐに切り替えて、

 「では、誰か代わりの人が出てもらえるようお願いできますか?」

 と言ってきたので、私は、

 「もちろんです。上司の高橋次長に話しておきますので後で連絡させます。」

 といって、電話を切った。もう少し、残念がってもらえると思っていたのが、意外にあっさりしていたことに気持ちが沈んだのを覚えている。

 私は、高橋次長に、

 「経産省の本田さんが、私に制度融資事例の研修講師になってほしいと連絡ありましたから、私の事情は説明し、次長が後日連絡すると伝えています。本部と調整してお願いします。」

 と伝えると、次長は、

 「最後までごめんね。あとはきっちりやっておきます。」

 その後、昼食もとらずに残務整理と、引き継ぎをして、あっという間に17時となった。

 部下も含めて、ほとんど全員が食堂に集まり年度の打ち上げ開始となった。

 私は、一人仕事場でぎりぎりまで仕事していたように思うが。最後は高橋次長に、

 「もうそろそろいいんじゃないか?ひとことみんなに挨拶してもらえるか?」

 と言われたが、私は

 「次長、私は退職するのですから、挨拶は勘弁してください。」

 と伝えた。そして、部下にだけそっと

 「お世話になりました。みんなも頑張ってください。」

 とだけ言って、ひつそりと職場を歩いてドアを開けて外へ出た。

 職場は一度も振り返らず、外へ出た時には、逆にすっきりした何とも言えない気持ちになったのを覚えている。

 東西産業銀行での25年間は、非常に自分を成長させてもらったし、人脈もできた。自分がこれからどうするかと悩み始めた中で、部下の自殺や上司の自殺など自分に大きく影響してきたものが、すべてこのタイミングにつながったのだと思う。

 私は、自らの力で起業して生きていこうとは考えたが、そんなに甘いものではなかった。退職の話をしてから、一度も退職金はいくらになるかを確認はしなかった。

 お金ではなく、プライドもって次に進む自分をアピールしていたのかも・・・

 なので、帰る前にATMで記帳してみたときは、びっくりした。1000万くらいはあるだろうと思っていたのが、

 実際は380万で、まだ手続きの途中かと思ったくらいだ。

 だが、手続きも途中でもなく、計算のミスでもなく、間違いはなかった・・・

 やはり、明日からのお金も必要だからすぐ仕事始めよう。

銀行時代の人脈から仕事を紹介してもらい、すぐ仕事に就くことはできた。つまりは、再度サラリーマンとして就職できたわけだ。とりあえず、保険としてサラリーマンも考えておいてよかった。

 その第二の人生の話はまた別の機会にするとして、銀行とのつながりは完全に切れたと思ったが、そうではなかったのだ。

 1年くらい経過したある日・・・

 元部下で私の後に銀行退職していた酒井から連絡があり。銀行時代の融資関係で不備や不正が出て、酒井のところにも連絡来て、事実関係の確認のため呼び出されて面接強いられたとのことであった。
 
 酒井は、

 「課長、大変みたいですよ。今までの融資を見直して不備不正のあった職員を処罰する方針みたいです。」

 私は、

 「えっ、辞めた人のところにも来るの?」

 酒井は、

 「そうですよ。私は、高橋次長から電話をもらって、店の外で会いました。」

 私は、

 「なるほど。それは結構大変だな・・・」

 自分にもそんな連絡が来るのだろうか?来るならそれなりに責任は取らなければ゛ならないのだろうか?いろいろ考え、悩む日が続いた。

 その話から1か月もしない時に、高橋次長から、携帯に連絡が入った

 「お久しぶりです。突然なんですが、一度お話したいことがあるので時間を取っていただけませんか?場所は支店の会議室をお取りしておきますのでどうでしょうか?日時はなるべく合わせさせていただきます。」

 私は、正直まだ気持ちの整理がついていなかったが、ここで嫌だといえば、何か悪いことしたと思われるのが嫌だし、もしかしたらいい話で、戻ってこないか、ぐらいのことかもしれないしと思い、

 「わかりました。いいですよ。いつにしますか?時間はこちらも合わせて結構です。」

 すると高橋次長は、

 「では月曜日の15時はいかがですか?支店の前でお待ちしています」

 私は、

 「わかりました。お会いするのは次長だけですか?」

 次長は、

 「ええまあ、その予定です。」

 と少し、歯切れが悪かったのが気にはなった・・・

 当日、緊張しつつ支店のほうに向かった。

 実は、2年間支店の近くには近寄らなかった。

 なぜかというと、まだ知っている人には会いたくなかったからで、自分でもまだ、銀行に対する思いはないものの、残してきた人たちに対する気持ちの整理がついておらず会いたくなかったからだ。

 久しぶりに支店の通用口の前につくと高橋次長がすでに立って待っていた。

 次長は、余計なことは何も言わず、すぐこう言った

「どうぞ、こちらにお越しください。」

 そして、勝手知ったる会議室に通されるときに、

 次長は、

「では、私はこれで・・・」

 私は、

「えっ、」

 中では、5名の人物が待ち構えていたのだ。

 私は、騙されたのだと思い、同時に体から冷や汗が出てきた・・・

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