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30歳、かわいいおばさんになりたい

「わたし」という名前でnoteをずっとやっているが、もちろんこれは本名ではない。

本名はここで書いただけで個人を特定されるレベルのいわゆるキラキラネームで(仮にそのままキラキラとする)小さい頃は「キラキラちゃんっていうの?可愛いわね」とよく褒められた。

小さい頃は可愛いだけになるが、ある1人が「じゃあおばあちゃんになったら、キラキラばあちゃんだね」と言って、大人たちが笑っていたのを覚えている。

そんなのおばあちゃんになれば、誰だって同じようになるのに「はるかおばあちゃん」や「かなおばあちゃん」は笑われないのに「キラキラおばあちゃん」が笑われるのはなんだか納得いかなかった。

ただ、歳をとって段々とその言葉を実感するようになってきた。
「キラキラちゃん」ことわたしは今年で30歳になるが、おばあちゃんになる前に「おばさん」という壁にぶち当たろうとしている。

どうせなってしまうなら、可愛くて素敵なおばさんになりたい。
「おばさん」という言葉の持つ、嫌味たらしく表情のきつい、感じの悪い女性にはなりたくないのだ。

そんなことを今日電車の中で遭遇した「おばさん」を見て思った。

東京に向かう電車は土曜日の昼間でもそこそこ混んでいて、普通の席は埋まっていたから、わたしは優先席に座っていた。

同じく座っていたのは40代くらいの男性たち。
わたしは優先席であることは理解していたから、優先されるべき人が乗ってきたら譲る心構えはできていた。

しばらく人の出入りが少ない駅が続き、とある駅に着くと大きな声で「優先席なのに若者が座ってるねぇ!」と叫んだおばさんが乗ってきた。

わたしはすぐさま立ち上がり遠くまで逃げるように移動した。
その姿に礼も言わず当たり前のように座ったおばさんを見て、呪詛を吐きたくなった。

優先席は、必要な人が優先されるべき席ではあるが、老人専用席ではない。
譲って欲しいと言われるか、近くに立ってさえくれれば席を喜んで移動するのに、なぜ乗ってきてすぐ叫ばれないといけないのか。

こういう「嫌われるおばさん」にはなりたくないと思った。

ただ、世の中が変わったり、自分の体も老いて変わっていくのを感じたりした時に、若者と価値観が合わなくなるのを感じることがある。

30年かけて築かれてきた常識が世間と違うと感じることはしばしばある。
それは年齢や世間の変化だけでなく、わたしの勘違いかもしれない。

そういう「ズレ」を感じた時に相手を責めたくなることがあるので、そういう時に「自分が嫌なおばさんになってる気がする!」と怖くなる。

そういう時は

お礼を言う
店員さんに横柄な態度をとらない
誰にだって謙虚でいる
気持ち良い挨拶と、笑顔でいる
色んなことに感謝する

そんな感じのことを続けて、かわいい「キラキラおばさん」になりたい。

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