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「とある革命家のぐるぐる」

「えー、それはルミが悪いよぉ」
 アイコの甘ったるい声が甘ったるそうなキャラメルラテと混ざってぐるぐるする。私は目眩みたいなぐるぐるを頭に発生させたまま手元の2in1のキーボードに視線を落とした。一瞬だけ目を閉じると、店内の喧噪がずわっと耳に入ってきてなんかもううるさいっていうかめまぐるしい。
「テーマ決めたのはタケルじゃん。別にあいつが一番に投稿するとか決めてなかったし」
「えー、でもそこは義理っていうかさぁ」
 甘ったるい声は甘ったるい説教未満の中立意見を垂れ流し始めたけど、私はもはや聞いちゃいなかった。白いキーボードの間に埃が目立ち始めた。キーボードってどうやって掃除するんだっけ。

 そうかもね、とか適当に相づちを打ちながらカフェの窓の外に目を遣ると、正面の駅の改札に向かう人たちが蟻みたいに見えた。
「じゃあもうタケル呼ぼうよ、その方が早いって」
「え」
 甘さが一気に私のすべての気をキャッチした。アテンション・プリーズ、みたいな感じだ。
「だってルミ、タケルと直接話し合ってないでしょ? これは三人のプロジェクトなんだから、やっぱ全員そろってさ、又聞きとかそういうのなしでやるべきだよ」
 アイコが珍しくまともなことを言ったのは表彰ものだがまともなのは意見だけであって事実としてタケルを呼ばれると私は非常に困る。タケルだって困る。困らないのはアイコだけだが真実を知れば一番困るのはアイコだ。
 だって困るでしょ、彼氏寝取られたって知ったら。

 私とアイコは同じ大学の同じゼミに所属している。それなりに仲良くしていて、すぐに彼氏のタケルを紹介された。タケルは私に一目惚れしたらしい。私はタケルに一目惚れしたらしい。次の週にはもう二人で会って、その週末には私の部屋で致してしまった。三回くらい。
 タケルは、アイコに別れ話をそれとなく告げていると言うが、アイコはそんな様子はまったく見せない。甘ったるい眼で甘ったるい化粧をして今日も甘ったるいのろけ話をしてくる。へえ、それが? とか、あともっと酷いこととか、言いたくなる。

 プロジェクトは今のところ初動の様子見っていうところだ。WEBに強い私とタケルが、サーバ手配してサイト構築して三人の意見発信場を作った、ベッドの中で、全裸で。
 リアクションはまあ、そこそこだ。大学生三人の研究プロジェクトのふりをしてるから、似たような人種や同じ分野の人が反応してくれている。アイコにはそう言ってある。アイコはスマホ人間だ。PCのことはノータッチ。でもスマホ版のサイトだって私が作った。
 だけど、アイコはこのプロジェクトに必要なのだ。

 危険思想?
 ネオナチ?
 右? 左?
 テロリズム?

 アイドル?
 プロデューサー?
 誰推し?
 センター?

 私たちのプロジェクトは、私たちのプロジェクトの真の狙いを誰にも悟られないこと。
 若くて世間知らずの大学生がのうのうと研究してるように見せること。

 「革命だよ」

 タケルは私の部屋でジーンズにベルトを通しながらそう言った。
 私は無言で頷いて、きっとタケルならやってのけるだろうなんて思って、その時私はその隣に立っていたいと思った。そう誓った。
 そしてその時、アイコはそのもっと前の、ステージの上のセンターに立っててもらわないと困るのだ。

「タケルと直接話すのは、もうちょっと頭冷やしてからでいいかな」
 私はアイス・カフェラテをかき混ぜながら笑顔でアイコに言う。
「三人で成功させるんだよ。時間かけても成功させることが優先、でしょ?」
 アイコはこくりと頷いて、スマホを猛スピードでタップし始めた。

 嗚呼、神さま。
 革命が成功するまで、私がこの甘ったるい女をぶっ殺したりしませんように。

励みになります! 否、率直に言うと米になります! 何卒!!