名コーチ
タキシードに身を包んだ俺が壇上に上がると拍手喝采が鳴り響く。
用意していたスピーチを読みあげながら、40年前のあの日を思い出していた。
「あの日、あの人にあの言葉をもらわなかったら今の自分はない」
ありきたりの言葉だが、人々はそもそも言葉など聞いていないのか、深く感動した体で俺に尊敬と称賛の眼差しを向けてくる。
隣の司会の男も、深く感銘した様子を見せながら進行を再開する。
「それでは、最優秀選手賞の飯村様からー」
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40年前のあの日、俺たちはいつものように厳しい練習をこなすため、授業が終わると校庭に集まった。
コーチは少し神妙な顔をしながらこんな事を言った。
「お前たちは3年間よく頑張った。過去の生徒を見てもここまで俺のシゴキについてこれた奴はいないかもしれない」
大会を前にして激励の言葉かと思ったが、そうではなかった。
「知っての通り、俺は毎年のようにプロに選手を送り込んでいるが、残念ながらお前たちには才能がない。こればかりはある程度鍛えてみないと分からないのだが、当初の予想通りプロになれる器は一人もいなかった。そこでだ。才能がない分野に入れ込むほど馬鹿なことはないから、大会出場を辞退した。スポーツだけが人生ではない」
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俺と入れ替わり、屈強な肉体をした飯村選手が壇上に上がった。
「飯村です。このような場にお招きいただき誠に感激しております。ノーベル賞受賞者に対する祝辞など言える立場ではないのですが、私なりにどうにかこの大役を務めたいとー」
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