【古都奈良への旅/のんびり記事⑧】~世界もココロもグラデーションでできている~480
こんにちは
八彩理絵子(やいろりえこ)です。
のんびりしすぎ奈良記事もいよいよ最終回です(やっとか~い!🤣)
前回大仏さんのお姿をご紹介しました。今回は『春日大社』です。
前日からかなり歩いておりましたが、東大寺を出て道路を横断すると春日大社に向かう道が左側にありました。「春日大社表参道」というバス停もありましたが待ち時間もあり、どちらが効率的なのかもわかりません。「もう!歩く!」と半分やけっぱち😅
でもそんな私をほっこりさせてくれたのが・・・
<春日大社>世界遺産
春日大社は燈籠がたくさんあることで有名で、平安時代から現在までに奉納された燈籠がおよそ三千基あります。春日の燈籠は数が多いだけでなく、歴史的な資料としても重要で現存する室町時代以前の燈籠の六割以上が春日大社にあると言われております。
㊤≪書き下し≫萩の花 尾花(をばな) 葛花(くずはな) なでしこの花 をみなへし また藤袴(ふぢはかま) 朝顔の花 その二
(訳)一つ萩の花、二つ尾花、三つに葛の花、四つになでしこの花、うんさよう、五つにおみなえし。ほら、それにまだあるぞ、六つ藤袴、七つ朝顔の花。うんさよう、これが秋の七種の花なのさ。(伊藤 博著「萬葉集 二」角川ソフィア文庫より)
㊦≪書き下し≫秋の野に咲きたる花を指(および)折りかき数(かぞ)ふれば七種(ななくさ)の花 その一
(訳)秋の野に咲いている花、その花を、いいか、こうやって指(および)を折って数えてみると、七種の花、そら、七種の花があるんだぞ。(伊藤 博著「萬葉集 二」角川ソフィア文庫より)
参道には石灯籠がたくさん
毎年数基ずつ増えています。約2千基あり、社寺で日本一といわれる。室町時代は主に大和の衆徒ら有力者が、江戸時代に入ると奈良晒(ざらし)や酒、墨、武具などの商人や大名、住民グループが寄進したんだ。現世安穏や息災延命、所願成就などを願って、毎晩点灯されていたそうです。
鳥居が見えてきました
鳥居の手前に・・・
◇神鹿
像は高さ3メートルで神を象徴する鏡やサカキを背に乗せている。同大社が、摂社・若宮神社で20年に1度の大改修「式年 造替ぞうたい 」が23年12月、完了したことを記念し、参道の「 二之鳥居(にのとりい )」付近に新設されました。
同大社にまつられる 武甕槌命(たけみかづちのみこと) は白鹿に乗って来たとの言い伝えがあり、鹿は古くから保護されてきました。信仰への理解を深めてもらうと共に「神鹿の姿を通じて、奈良で人間と鹿が共生してきた歴史を広く知ってほしい」との想いがあるそうです。
◇二之鳥居
◇伏鹿手水所
二之鳥居を入った祓戸神社の脇にある金属製の伏鹿の手水所
「春日大社」の鹿は神の使いであり、その姿を視覚化した『春日鹿曼荼羅』は奈良の地と鹿の繋がりを物語っているます。 現在も街中に暮らす野生の鹿は、住民に守られ共生してきたことにより、鹿は市民にとって特別な存在となっています。
朱塗りが見えてきました
◇南門
南門は春日大社の南回廊にあり、表参道を歩いて回廊内に入る時に潜る門で、高さは12mあり春日大社最大の楼門です。平安時代中期頃藤原氏の長者や摂関による春日詣がはじまり、その際の参向門とされました。廻廊が作られた頃には現在のような2階建ての立派な楼門となり、春日大社の正門としての性格を持つようになりました。
創立は、社伝では768年とされていますが、実際には奈良時代の初めにさかのぼると考えられています。 古くから神の降臨する山として神聖視されていた春日山・御蓋山(みかさやま)の西麓に、四柱の神々をまつったもので、藤原氏や朝廷の崇敬をうけて繁栄しました。
朱塗りのあでやかな社殿が立ち、古来より藤の名所としても有名。 また、境内には春日大社国宝殿があり、国宝352点、重要文化財971点を含む約3000点を収蔵、公開している。
御祭神は、春日大社が祀る「武甕槌命(たけみかづちのみこと)・経津主命(ふつぬしのみこと)・天児屋根命(あめのこやねのみこと)・姫大神(ひめのおおかみ)」の四神で、俗に春日神社と呼ばれていたといわれます。
法相宗大本山 興福寺 法相宗総本山。 平城京の外京部に位置する。 7世紀半ばに藤原鎌足の私邸に建てられた山階寺に淵源を持ち、藤原氏の氏寺として、春日大社とともに、尊宗された。
◇本社大杉
樹齢千年ともいわれ、鎌倉時代後期(1309)に描かれた絵巻物「春日権現験記」にその姿が描かれている。
◇岩本神社
御祭神は、春日大社が祀る「武甕槌命(たけみかづちのみこと)・経津主命(ふつぬしのみこと)・天児屋根命(あめのこやねのみこと)・姫大神(ひめのおおかみ)」の四神で、俗に春日神社と呼ばれていたといわれます。
◇多賀神社
◇八雷神社(はちらいじんじゃ)
海本神社
杉本神社
左軍神社
春日大社は燈籠がたくさんあることで有名で、平安時代から現在までに奉納された燈籠がおよそ三千基あります。春日の燈籠は数が多いだけでなく、歴史的な資料としても重要で現存する室町時代以前の燈籠の六割以上が春日大社にあると言われております。
◇御蓋山浮雲峰遙拝所 (みかさやまうきぐものみねようはいじょ)
春日大社第一殿のご祭神、鹿島の武甕槌命様が白鹿の背にお乗りになり天降られた神蹟、御蓋山頂上浮雲峰の遥拝所です。この遥拝所は浮雲峰から春日大社御本殿を通り平城京大極殿まで続く尾根線上にあります。平城京の東端に位置する御蓋山より、宮廷の正殿である大極殿へと神様のお力が伝わる大変尊い場所なのです。
◇本宮神社遥拝所(ほんぐうじんじゃようはいしょ)
◇鳴雷神社(なるかみじんじゃ)<香山龍王社>(こうぜんりゅうおう)遙拝所
◇一童社(いちどうしゃ 三輪神社)
◇若宮(わかみや)神社
御本殿とほぼ同じ春日造です。
「若宮神社」は神奈備山を背にしていることから「パワースポット」としてお参りさえる方も増えているそうです。
天正9年(1581年)に米谷宗慶という人が、長谷寺の「人はいさ」の梅として知られる紅梅を接ぎ木して、若宮社前に献木したことが『多門院日記』から分かっています。
戦後の台風で倒れましたが、根元から生えた萌芽が成長し、今も美しい花をつけます。この名は紀貫之が長谷寺参詣の折に読んだ「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける」に由来するものです。
◇懸橋社(かけはししゃ 葛城神社)
◇三十八所神社(さんじゅうはっしょ)
◇左良気神社(さらけじんじゃ)
◇金龍神社(きんりゅうじんじゃ)
◇若宮の大楠
幹周が約11.5mあって、奈良県下で1、2を争う巨樹です。江戸時代の半ばに大雪のため上部が折れたことが知られ、今のような樹形になったと考えられています。かなりの老木でもあり、千歳楠という別名もあって、その堂々とした姿は、御間道の景観に更に深みを与えています。
◇「夫婦大國社(めおとだいこくしゃ)」
画像ありません💦🙇
ご夫婦の大國様を祀る縁結びの「夫婦大國社(めおとだいこくしゃ)」 春日大社・末社の夫婦大國社は、その名のごとく「夫婦円満」と「縁結び」の神徳があります。 全国で唯一、ご夫婦の大國様をお祀りしているから、縁結びの神様として訪れる人が後を絶ちません。
豊かな森に包まれた広い境内には、美しい社殿が立ち並ぶだけでなく、国宝殿などのみどころや、私は時間がなく立ち寄ることはできませんでしたが、カフェなどもありました。
時間があればのんびりじっくりと歩きたかったです~
時間の都合で興福寺見学はかないませんでした😢
のんびりすぎ奈良旅の記事も今回で終わりです。
次回は奈良のおまけ記事の予定です。『ちょっと面白い!』を見つけたので
ご紹介したいです。
みなさま最後までお付き合いくださりありがとうございました🥰
スキ💗をありがとうございます。感謝しております。
大切なお時間をありがとうございました。
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