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「スポットライト・ロマンス」第1話

浅縹大学演劇サークルに所属する大学一年生の乙成恵志(おとなりけいし)は、容姿端麗でファンクラブまで持つほどの人気者だが、演技力には欠ける大根役者である。

彼が初めて主役を演じた公演で、演技の拙さにショックを受けた大学一年生で脚本担当の加鳥詩苑(かとりしおん)は、ほとんど主人公の台詞をカットして改訂した台本を送った。
これに反発した恵志は詩苑のもとへ行き、二人の交流が始まる。

自信家で真っ直ぐな恵志とクールで毒舌家な詩苑。

性格が真反対な二人だったが、同じ舞台の成功を願う者同士の絆は次第に強まり、支え合うごとに、互いに友情以上の気持ちが芽生えていく男性同士の恋愛作品。

五月。放課後。
浅縹《あさはなだ》大学演劇サークルでは恒例の小講堂を借りて行う月一回の作品発表会の日。
ざわつく小講堂全体に、よく通るアナウンスがマイク越しに響いた。
「それではこれより、浅縹大学演劇サークルの五月公演を行います」
開演の合図が鳴り、静まった観客の中、乙成恵志《おとなりけいし》は袖幕で目を開く。
緞帳が上がると、そこには燦燦と輝くスポットライトが恵志を待っていた。

大学一年生の恵志にとっては初公演である記念すべき今回の役はもちろん主役。華麗に姫を攫う美しき怪盗だ。
タイトルは『怪盗の恋』
恵志演じる怪盗は、実は姫の幼馴染なのだが、家系の怪盗を継がねばならない関係で、結婚を約束していた姫と婚約の約束が果たせない。そこで、王子との婚約発表の日に姫を攫いに行くという作戦を練る……というあらすじの作品だった。
この作品を、恵志は何度も読んだ。作者は顧問だと聞いたが、だとしたらなんて綺麗な言葉選びだろう、と物覚えの悪い恵志も台詞は一言一句覚えている。
きっと、大丈夫だ。この舞台で恵志は新たな魅力を客席に見せられるだろう、と自分を鼓舞し、タキシードの襟を正してから、恵志が舞台に悠々と進んでいくと、観客からは黄色い声援を送る者や、恵志の百九十センチ近い身長に驚く人の声でひしめき合う。
まだ舞台に立ってすぐにも関わらず、恵志は一際人から注目を浴び、集客にも一役買っていた。
端正な顔立ちに鋭い瞳、派手に染めた紫色の髪は段上にカットされており、下部分だけ長い髪を払いながらニヒルに笑う彼の姿は自信に満ち溢れていた。
客席からは、圧倒的な美しさを持った人物が現れたことに驚き、つい口々に声を出す者もいた。
「今日いつもより人が多いのって、あの目立つ新入部員がいるからなの?」
「恵志様でしょ? もうファンクラブあるらしいよ、前方の女子の塊みんなそう」
「えっまだ入学して一ヶ月してないのに?」
舞台上だろうがどこだろうが、恵志は耳が良い。さらには、自分の良いところを褒める言葉に対してはかなり敏感であるため、彼女らの言葉は一文字もこぼすことなく耳に入り、舞台上で鼻が高くなる。
「恵志様~! こっちむいて~!!」
ファンクラブから一斉に聞こえてきた小鳥のようにさえずる女子達の声の元に射抜くような瞳を向けてウインクを一つ。
ほだされるような顔でこちらを見つめたのを確認して、恵志の気分は最高潮に達した。
目立つのは最高に気分がいい。恵志は自分の顔の良さもルックスの良さも知っている。
地球上のスポットライト全てがこちらに向いている気分で、記念すべきデビューの日を迎えられたことに感謝をしながら、意気込んで先に舞台で待っていた姫役の前に立ち、台詞を喋りだした。

「ハハハ! オヒメサマヲウバイニイクゾー!」

恵志のよく通る棒読みの声を受けた観客席からは、先ほどのざわめきとは打って変わって、大歓声一つ聞こえず、突然すっと波が引いたかのように静かな客席が現れた。
褒め言葉しか耳に通らない恵志には一言も聞こえないだろうが、観客の中からとある男性がぽつりとつぶやいた。
「顔だけ大根役者が……」
その言葉を最後に観客の一人が勢いよく泡を吹いて倒れる。
「おい!! 学生が倒れたぞ!」
「救急車だ救急車―!!」
あわただしく観客が動いて騒ぎになったため、舞台を進めることも出来ず、恵志の台詞を最後に五月公演は休止せざるを得ない状況になったのだった。
倒れた彼の名前は加鳥詩苑《かとりしおん》。後に恵志と出会うことになる大学一年生だった。


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