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1997年のクリスマス

1997年12月26日発売

1997年、僕はHMV渋谷店で勤務していた。
店舗は朝10時から夜22時まで営業していたので、かなり忙しかった記憶がある。

その年のクリスマス。
壁に設置されていた斉藤和義のディスプレイがやたら凝った作りになっていて、その重みに耐え切れず壁から落ちそうになっていたので、閉店後に業者に補修にきてもらった。
自分は残った仕事をしながら、作業が終わるのを待っていたんだと思うんだけど、もしかしたら、普段も23時くらいまで店にいたのかもしれない。
毎日毎日すごい量のCDが売れていたので、当然忙しかったのだ。

で、なんだかんだ店の鍵を閉めて外に出たら、24時を過ぎていて、急いで渋谷駅に向かった。
センター街を通り渋谷駅に向かう途中、あちこちのショーウィンドウや街の壁面のクリスマスディスプレイを一斉に外してる業者の姿がそこにはあって、こうやっていろいろな人が、いろいろな時間に働いているんだな、と改めて思ったことを思い出す。
次の日には、クリスマスが街中から消え、何事もなかったようになっているのも、こういう人々が働いているからなんだと、何故かしみじみした気持ちになった。
そんな自分だって、クリスマスの夜にディスプレイの補修に立ち会っていたわけだから、まあ似たようなもんだけど(笑)
でも、当時は正月やクリスマスも働いていたので、それが普通のことだと思っていた。

その壁のディスプレイは次の日に発売の斉藤和義の『Because』というアルバムだった。
このアルバムには、名曲「歌うたいのバラード」が収録されている。
今や名曲として人気のある曲だか、シングルの最高位は91位で、このアルバムは最高位19位と、今ひとつパッとしない印象のアルバムだった。
のちに、Bank Bandがカバーしたことで、一躍有名になった曲も、当時はJ-POPの波に飲みこまれて、実は目立たない存在だったのだ。

90年代もいつも渋谷は賑わっていた。
ハロウィンもクリスマスも、今ほど人の流れは極端に多くなく、普段から普通に賑わっていたような記憶がある。

90年代は、今ほど不景気じゃなく、今ほど窮屈な時代ではなかった。
ほどほどに緩くて、少しくらい悪いことをしても、まあ平気だった(笑)。
当然、なんの有り難みもなく、普通に過ごしていた。
自分の90年代は23歳から33歳の10年間なので、公私共にいろいろな出来事があった。
でも、たまに思い出すのは、こういう些細な出来事だ。

今夜はクリスマス。
急に1997年のクリスマスの夜の出来事を思い出して、このnoteを書いているわけだ。
また、あの頃の話を思い出したら書いてみたいと思う。
その時は、またお付き合い下さい。

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