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おっとりホースに夢を賭ける

地方競馬にハマっている。
1頭に100円だけを賭ける、ささやかな楽しみだ。
ニートだと感情が昂るタイミングがあまりないので、走る馬たちの躍動を間近に見て、1分30秒でハラハラドキドキしたり、声を上げて馬を応援したりするのは1日の中の良いスパイスになる。
競馬場も新規層取り込みのために努力しているので、場内は清掃が行き届いていつも清潔に保たれているし、案外、治安も良い。

少し暖かさが戻った晴れの日だった。
確か、3レース目だったと思う。パドックは不穏であった。
3番の馬が落ち着きなく暴れる。その後ろを歩く4番の馬は「やぁね、荒々しくって」とばかりに距離を取る。
10分ほどぐるぐるとパドックを回るうちに、他の馬も飽きてきたのか厩務員さんと押し合いへし合いするものも出てくる。

そんな中でも唯一動じないのが、11番の黒馬だった。
パドックに入った時からずっと、頭を少し垂れ気味に、眠たげな目をして黙々と歩いている。

明らかに、ボーッとしている。

周りが暴れようが、場が荒れていようがお構いなし。なんにも気にせず、マイペースに黙々と歩いている。

「こういう子、クラスにいたなぁ」
競走馬にもいろいろな性格がいるのだと思い、おかしな表現だがその「人間味」に愛おしさが湧いてしまった。

しかし、まさに生き馬の目を抜く競走の世界ではこのおっとりした性格ではとても勝てないだろう…勝負に昂ったり、負けず嫌いだったり、人に注目されたがったり、そういう爆発力がなければレースに勝つことなどできない。人間だって同じように、凌ぎを削り、自分が勝つかライバルが勝つかというギリギリの攻防を制して、それでも1位になるということは難しいのが勝負というものだ。
元気な馬たちが空回りしたりしくじったりすれば、いつでも平静なこの子が運良く勝てることもあるかもしれないが、ベースの勝負強さは見るからに低い感じがした。

しかし、私の知る「クラスに1人はいる、こういう子」こそ、冷静に世の中を見ていたりする。
周りがお互いに比べあって虚勢を張りあっている間に、着々と実力をつけて成功していたりする。
むしろこういう子こそ勝てるような世の中であってほしい。他人を押し退け人の注目を浴びるタイプではなく、静かな洞察を持つ者が勝利する世界であってほしい。

そんな願いをかけて馬券を買った。
金額こそ大きくはないが、これこそ私にとって「夢を買う」ことに他ならなかった。

競馬の楽しみ方、馬券の買い方は人によってさまざまだという。
私は全くの初心者なので、オッズ表をもとに人気の馬に賭けて当たったり外れたりを楽しむ程度だった。
しかしこのレースで初めて「この馬に勝ってほしい」「この馬が勝つことで、なにかが証明されてほしい」という想いを馬券に乗せた。
金額の多寡ではない、いくらになるかは問題ではない、この馬が勝つということに賭ける馬券。私にとって「夢」とはそういうことだった。


その馬は、ゆうゆうと離されてドベでレースを終えた。

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