怪奇・雲中艦現る

 一隻の貨物船が、シイワ諸島を航行している。
 上下左右に散らばる無数の小島の合間をおっかなびっくり進むさまは、群れからはぐれた老齢のクモヰアシゲクジラペイルクラウドのようだった。
 事実、その船、エスペランザ号は老いていた。船体には錆が浮き、四基の浮遊機関のうち二基は故障している。
 老骨に鞭打つように、甲板にはコンテナが満載されている。眼下の雲海に落ちた影は、奇妙にねじくれた魔の城のようだった。
 ――急げ、急げ!
 船長を焦らしめるのは、予定より伸びない船足ばかりではない。
 空賊である。この航路には、無数の島影に潜む空賊が現れる。
 この老朽船が、なぜ危険な航路を選んだのか。理由はごく簡単で、最短距離だからだ。新事業に失敗した崖っぷちの船主が、経済性のみで選んだものだ。
 ――あの守銭奴め、てめえのこいた大損を下の人間に押し付けやがって。 船長は憤懣やるかたなく船主を呪ったが、表には出さなかった。どんな危険のさなかでも、船長は毅然としているものだ。たとえ過剰ともいえる保険金が掛けられ、暗に沈んでこいと言われているのだとしても。
 それでも、船は着実に進んでいた。
 ――このペースならば。
 船長がそう思った途端、島影から複数の船が飛び出した。はじめに見つけた航空員が悲鳴を上げ、艦長以下それを聞いた船橋のクルーが一斉に振り向く。
 軽快な戦闘艇が三艘。非武装の輸送船には手も足も出ない相手だ。空賊の野蛮なニヤケ面が目に見えるようだった。
 ――下手に抵抗すれば、雲海の塵だ。
 雲の中に逆巻く暴風と電磁嵐に呑まれる想像を振り払う。だが、打つ手はない。
「船長!」
「今度は何だ」
「く、雲の中から何かが!」
「寝言を抜かすな!」
 ――雲海面下の嵐から、何が現れるというのか。
 船長は苛々と航空員が示した方向に双眼鏡を向け――取り落した。
 白い船が、雲を割って現れた。甲板には複数の砲塔。軍艦である。

【続く】

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