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カミバカバッカ 予告編

 自分でもそう思っていたし、慣れていた。
 伊藤いとうステラは、ツイてないヤツと言われていたし、確信があったのだ。
 捨て子という生い立ちだけなら、他にも養護施設に多くいたが、まずは小学生の頃、交通事故で死にかけた。
 続いて、中学生の頃、養護施設を先に出た友達の運転する車に誘われて乗ったら、それが盗難車だったらしく気付いた頃には共犯ということになっていた。
 そして高校生になった現在。
 人生を賭けてカードゲームをやらされていた。

「《火吹きのトロル》で――攻撃!」

 負ければ――女子高生・伊藤ステラは、無罪の罪を背負わされることとなる。
 そんな正念場において、彼女は何を思いながらカードを引くのだろうか。

 西暦二〇四五年、七月。
 二一世紀も折り返しつつある昨今ではあるが、多くが変わり続け、多くが変わらなかった時代。
 少なくとも苦学生は苦学生のままで、青春は青春だった。
 ステラはといえば養護施設から出て、知り合いのカードショップで住み込みのアルバイトをしながら学校に通っていた。
 苦学生ではるが、カードショップが好きだったし、ステラにとっては新鮮なことだった。
 生活費と学費を抜いて、多くはないが、自由に使えるお小遣い。
 買ったものは――カオスキーパーズ。
 五十年を超える歴史を持つトレーディングカードゲームで、ステラはそれが最高の趣味だと疑ったことはなかった。

 お互いに六十枚の山札デックを用意し、ドラゴン、勇者にロボット、様々なモンスターを呼び出し、対戦する。
 どんなデックを組むか、そのデックでどう戦うか、カードを一枚引くたびにワクワクする。
 しかし。

 ――カオスキーパーのこと、あたし、嫌いになるのかな――

 今は、ステラは泣きそうになりながらカードを出していた。
 しかし。しかしである。泣いてはいなかった。なぜならば――。
 

 それは二日前。
 学校からの帰り道、ステラは突然、逮捕された。
 曰く、“盗難車で轢き逃げをした犯人”ということだった。
 わけもわからないまま逮捕され、身に覚えのないことで犯人にされた。
 ステラは焦りもしたが誤認である以上、すぐに釈放されるという見通しもあった。
 しかしながら。その認識が過ちであることが、水たまりに落としたハンカチのように徐々に理解した。
 泥水を少しずつ繊維が吸い上げるように、泥の色が頭の中に広がった。

 警察の中で、異議を唱えたのはひとりの若い刑事のみ。
 他の刑事たちが帰ったあと、居残った若い刑事は、呼びつけられて不満げな上司とふたり。
 静まり返った二三時の警察署、彼女の怒りが轟いていた。

「納得できません! どう考えても彼女は無実です!」
「――なぜ? かね? 織宮おりみやくん」

 織宮つばさの放つそれは、後ろに流したバレッタが怒髪で吹き飛びやしないかというほどの激情だ。
 辛うじて机を叩くだけに抑えたことが、極めて大人しいものであるようにすら見える。
 質問はするが抗議はしない、大人しい優等生といった彼女が、はじめて見せた怒りだった。
 それに応じるのは、直轄の上司、五十も半ばという刑事部長は涼しい顔で静かに太い眉を潜めた。

「彼女には車を盗む動機がありません! 現金化するコネがあったとも思えない! 盗んでどこに向かったというんですか?
 前科も中学生の頃に一度だけ。他の先輩たちに誘われて断れなかったと考えた方が自然です。
 その彼女が、突然外国車を盗んで、人を轢き逃げして、盗んできた家に戻したァ……? 不自然すぎます!」
「違う違う。聞きたい“なぜ”はそこじゃない――容疑者の……伊藤ステラ? だっけ? は知り合いかなにか?」
「そんなわけないでしょう! そんなことより、彼女は冤罪だと言ってるんです」
「冤罪だよ? だって犯人、葉山はやま礼司れいじだもん」
「……はァ……?」

 刑事部長の言葉は、織宮翼の神経を楽器のように弾いて、面の皮の上でタップダンスを踊らせるような、無遠慮で無作法なものだった。
 葉山礼司は、当の盗難車――ドイツの高級車のトップグレード品――の持ち主。
 中古車販売大手、ハヤマエンジンズ会長の三男坊で大学生。
 絵に描いたようなドラ息子で、織宮は“このバカ息子が轢き逃げ事件を起こし、車は盗まれたと虚偽報告をした”と推測した。
 というより、事件に携わった刑事の大半は、直観というにはあまりにも具体的すぎる状況証拠と泡を食った印象から、半ば以上に確信していた。
 “犯人はこのバカ息子である”、と。
 複数の盗難防止装置が機能せずに盗まれ、轢き逃げをしてから自宅に戻された。
 シナリオがそもそも不自然すぎる。それを可能にするトリックの説明をする探偵すら登場しない場面。
 なんのことはない。
 本人が車を運転して轢き逃げし、そのまま家に戻っただけ。

 そんな推理とも呼べないような状態でありながら、事件の容疑者としてどこからともなく伊藤ステラが浮上した。
 その日に近所にいて前科がある――ただ、それだけの根拠で。

「いや、だからさ、葉山のお父さんがね? 息子を無罪にしろっていうのよ。だから代わりの犯人が必要でしょ?」
「なに……いってんだ、アンタは……!」
「アンタはないだろう、僕、キミの上司よ? いや、頼まれちゃってさ。礼司くんを無罪にしろって。
 当時酒まで飲んでたらしくてさ。飲酒運転で轢き逃げまでしちゃったらマズいでしょ?
 だから、犯人は……えっと、なんだっけ、佐藤だか伊藤だか、って娘にしようって」

 織宮翼が暴力に慣れている人種だったら、確実に頭突きか鉄拳が飛んだだろうが、彼女はそうではなかった。
 それどころか、罵詈雑言の使い方すら知らない彼女は、ただ、言葉を失った。
 反射的に暴力も暴言も繰り出せない自分を悔しく思ったのは、人生で初めてのことだった。
 露骨な裏工作、誰かの欲望のためになんの罪もない誰かを犠牲にする。
 明らかな悪が目の前に現れたとき、反射的に暴力や暴言を選択できるというのは、テレビヒーローの特技なのだろう。

「……さっきステラちゃんに聞きました。彼女は当日、アリバイが有ったんです」
「え、なんで?」
「立ち寄った雑貨屋で、万引き防止のセンサーが誤作動したんです。カメラにも映ってましたし、店員の証言も取れました」
「あっちゃぁー……それ、もみ消せる?」
「消せません。消させません。絶対に」

 ツイてない女子高生、伊藤ステラ。
 店をのぞいただけで万引き防止センサーの誤作動も初めてではなかったが、今回はそれが幸いした、だというのに、それも潰されそうになっている。
 正義の女刑事と悪徳刑事部長、お互いに譲る気もない。
 そんな緊張の糸の上を滑るように、統べるように現れたのが、次なる登場人物だ。
 探偵だろうか。いいや、ヤクザだ。
 

「――本当にアリバイが有ったのか?」

 誰もいなかったはずの警察署に、その男の存在が響いた。
 振り返る前から、翼は部長の行き止まりのような表情と、その声の気品めいた威圧を感じ取っていた。

「アリバイ、有ったのか?」

 同じ言葉を繰り返さなければ、その人物が声の主とは気付けなかっただろう。
 童顔・低身長。
 中学生、下手をすれば小学生のそれだが、聞こえた声は歴戦の男のそれであり、オールバックの頭髪にプレスの届いたスーツを着こなしていた。
 長身の男女を左右に従えたその男が、カタギの人間でないことだけは確かだった。

「いやっ……明堂めいどうさん、どうしてあなたがこんなところに……!? いや、そうじゃなくて、その、これはちょっとした手違いで……」
「――俺は無駄な問答が嫌いだが?」
「……っ! はい! ありました! アリバイ!」
「部下の統制もできないというわけだな。ならば無駄足でもなかったか」

 ――明堂?……明堂哲人てつとだ。この男!――
 低身長の高威圧。織宮はその特徴的な容姿と名前に覚えがあった。
 国内で随一の勢力と資金力を誇る暴力団・屍携会しけいかい。その関東支部である明堂屍携会の組長が、明堂哲人!
 なぜそれほどの大物が、こんなところにいるのかは分からないが、並々ならぬ事態であることは間違いなかった。

「シンプルに行こう。
 ハヤマエンジンズの葉山会長、つまり葉山礼司の父親。
 父親は度重なるバカ息子の尻を拭くのがバカバカしくなってきているらしくてな。無罪でもいいし、有罪でもいいらしい。
 そんな中、当日に女子高生を見たという証言が出たという情報が届いた。
 で……あー……お前、もみ消しとかやってた刑事部長……名乗らなくていい。無駄だからな。
 お前が無能なのも、女との会話で分かったからな。進退を賭けろ」
「進退、と、言いますと……?」
「次の“配信”に空きができてな。ちょうどいいから命懸けで遊べ。
 無罪の女子高生と大企業の息子が、人生をかけて対戦する。
 チーム戦でいい。刑事部長はバカ息子と組め。そして根性だけはありそうな女刑事……お前が女子高生のチームを集めろ。
 対戦は明日の正午、女、お前と女子高生、もうひとり助っ人を連れてこい。
 バカ息子チームが勝てば女子高生が犯人。
 女子高生チームが勝てばバカ息子が犯人、ついでに使えない刑事部長、キサマは消す。わかりやすいだろう?」

 わかりやすすぎて、凍り付くしかなかった。
 先ほどまで適当に翼をあしらっていた刑事部長は“消す”の意味を聞き返すこともできなかった。
 翼にも刑事部長にも、誰にも選択肢がないことだけは、確かだった。



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 という感じの小説を執筆しております。
 noteだと連載小説の執筆が面倒なので、「小説家になろう」の方で掲載予定です。
 (ママチャリは画像掲載の手間の関係でこっちの方が楽なので使用)
 果たして、女刑事・翼は無実の少女、ステラを救えるのか?
 以下次号、続きは明日から毎日更新で区切りの良いところまで行こうと思っています。乞うご期待。

https://ncode.syosetu.com/n4750iy/

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