見出し画像

悪魔は全ての名曲を手にしなければならないの?

ジョン・アダムズの”Must The Devil Have All The Good Tunes?(悪魔は全ての名曲を手にしなければならないのか?)”というピアノ協奏曲を大阪と東京で、飯森範親マエストロと、パシフィックフィルと日本センチュリー響の皆様とともに演奏します。決してFamilierな曲ではないので、コンサート来てくださる方に少しでも楽しんでもらえる助けになれば良いなと思い、徒然なるままに書くことにします。

ジョン・アダムズは、アメリカの作曲家で、この曲は2019年に作られた割と最近の作品です。新しい作品が演奏される機会があるのは、とても良いことですね。パッと聴いてクラシック的でない部分がたくさんあって、とても新鮮な響きがします。オーケストラでバスドラムの四つ打ちが現れたり、わざとデチューンしたホンキートンクが使われたり、普通ではない。ハーモニーも不思議だし、メロディは掴みどころがない。バルトークのようでもあるが、もっと現代的な何かを感じる。

彼の作風はミニマル・ミュージックの系譜に位置付けられるようです。ミニマル・ミュージックとは、1960年代にアメリカで生まれた音楽で、細かい音素材をひたすら繰り返していく音楽だとされています。例えば作曲家だとスティーブ・ライヒ、フィリップ・グラスなど。また久石譲さんも、ミニマル・ミュージックの作曲家です。ミニマルというのは必ずしも音数が少ないというわけではなく、音楽の時間変化が少ないという意味でのミニマルである、f(x)ではなくf'(x)がミニマルなんだというのが僕の理解です。

ミニマル・ミュージックはそれまでのクラシック音楽の常識に従っていない概念が多く(まあ20世紀後半にはそんなことは珍しくなかったわけですが)、例えば従来の形式が存在しない。ソナタ形式とか、起承転結とかそういうものがない。そして機能和声、ドミナントからトニックといったものは出てこない。ある和声が続けて鳴っている中で、構成音が1音や2音だけ変わってグラデーションのように和声が変わっていく。いわばアハ体験のような。

ミニマル・ミュージックの魅力は、繰り返されることによるトランス状態を楽しめるところだと個人的には思っています。ライヒのMusic for 18 Musiciansとかはそういう点で最高です。しかし僕もNYでミニマル・ミュージックのコンサートに行ったことがあるんですが、何しろひたすら同じことを繰り返すので、こんなことを言うと怒られるかもしれないですが、まあともすると退屈なんですね。途中で退出するお客さんとかも結構いたりして。鳴っている音が好みであればエクスタシーを感じられるんですが、そうでなかった時は辛いかもしれません。

ただアダムズの曲は、彼自身も述べているように、ミニマル・ミュージックではありません。その要素を含んでいるに過ぎず、曲全体は結構ダイナミックな変化が存在します。ポスト・ミニマルと呼ばれたりもするようですが、例えば初期の作品である、Short Ride in a Fast MachineやThe Chairman Dancesなど、ハリウッド音楽のような華やかさもある。反復によるトランス感を味わいながらも、ドラマチックでもあるという、ロマン派音楽との良いとこどりのような印象です。

音楽の三要素というと、メロディー、リズム、ハーモニーです。伝統的な西洋音楽はメロディー(モチーフ)が存在して、それが少しずつ変化しながら繰り返し出現します。リズムとハーモニーは、メロディに付随するような形で構成されます。しかし今回のアダムズのピアノ協奏曲には、メロディが存在しません。というと少し語弊があるかもしれませんが、ハーモニーにメロディが付随しているに過ぎず、明らかにメロディとして作られた音楽ではない。実際にアダムズ曰く、メロディーにハーモニーを付けるのではなく、ハーモニーにメロディーを付けるように作曲するらしい。ゆえに、音楽を支配するものはハーモニーとリズムになります。そしてメロディーの代わりに、リズムがモチーフの役割を担っています。なのでリズムがとても重要で、かつ非常にタイトになる。このハーモニーとリズムの考え方が、とてもジャズ的だなと思うんですね。ジャズを演奏している時の感覚に近いものがあります。

ハーモニーはというと、悪魔的なものを表現しているのか、とにかく半音のぶつかりと、短3度の並行移動が非常に多い(並行移動を2回繰り返せば増4度、すなわち悪魔の音程です)。細かいフレーズは極めて無調的。

メロディーがないととっつきにくいと思われるかもしれませんが、ここは一旦メロディーを追う聴き方をやめて、一定のリズムモチーフが繰り返される恍惚感、ハーモニーの悪魔感、グルーヴィーで、野蛮で、挑戦的なサウンドを全身で感じながら聴いてもらえたら面白いんじゃないかなと思います。この曲を演奏する機会をいただけたことはラッキーでした。本番が楽しみです。

「かてぃんラボ」というYouTubeのメンバーシップで、もう少し詳しく(雑多に、とも言う)喋っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?