小説「クリス・ヴァン・ヘルシングの吸血三昧」12

「定刻通りだな。」

上機嫌のクリス・ヴァン・ヘルシングは傍に止まったクラシックカーの低い車高を見下してニヤリと笑う。サラリと流れる金髪に、不敵に噛み合うギザギザの歯。

「まったく、人使いが荒いんだから。クリスちゃんは。」

中から降りてきたのは黒髪。短髪。低身長。どれをとってもクリスとは正反対の少女だ。こちらを見るとニコリと笑う。歯並びも良い。

「あら、これが噂の下僕さんね。こんにちわ。」

たった一晩で一体どう言う噂をしているのだか。彼女は助手席から灰色のスーツの上着を取ると、ベストの上にそれを羽織った。細い身体からはとてもそうは見えないが、この親しい様子から察するに彼女もヘルシングなのだろうか。

「後ろの席から荷物出すから、少し待ってね。」

そう言うと、取り出したのは身の丈2メートルはある巨大な得物。布でグルグル巻きに巻きつけられ、まるで封印を施すかのように所々革のベルトで留められている。

それを軽々と肩に担ぐその様子に、ニニは若干引きながらも認識を改めた。うん。きっとこの人もヘルシング。

「私はミコト。ミコト・ヴァン・ヘルシング。第17冠位よ。よろしくね。」

さして興味もないと言うようにチラリと横目でそう言いながら、ミコトは車のキーをクリスに渡す。

「悪いな、お前のお気に入りなのに。」
「ヘルシングの共有なんだから気にしてないよ。他の車を車庫から出して来れれば良かったんだけど、今回はまぁ、ちょっと急ぎだしなぁ。もうすぐ日もくれちゃう。」

そもそも、クリスに鍵を渡す時点で無事で帰ってくるとは思っていない。ミコトはその車体、畳のように広く長いアメリカンローライダーに別れを告げるように撫でた。

「ほれ、乗れ。下僕。」

促されるがままに助手席に身を滑り込ませる。まるでリビングのソファのように深く沈み込む革のシートが、小柄な芥ニニを包み込む。

「ちっちゃ!まーるでチャイルドシート!」

運転席に入りながらクリスは陽気にからかう。葬儀屋のような黒いスーツに包まれたその長い脚で、ペダルの踏み心地を確かめる。

「お偉いさんなのに、運転手とか居ないの?」

ニニはムスッとした顔でテンガロンハットの唾を下げる。

「いないよ。」

クリスのキーを回す音。エンジンが野太く吠え、8200ccのエンジンが心地よい低音を奏で始める。

「居たけど。みんな、死んじゃうから。」

そう言って車が街を走り出す。ニニは帽子の下から彼女を盗み見た。クリスは前を向いたまま一瞥もくれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?