小説「クリス・ヴァン・ヘルシングの吸血三昧」7

「ヘルシング!?なぜここに!」

地下街の1番奥。誰からも忘れ去られたような薄暗い区画にその店は存在していた。老いた身なりの店の主人はクリスを目にして大声を出しながら、タジタジと後退りをする。

「べーつにとって食おうってんじゃないさ。そう怖がらないでも。」

クリスはうんざりと言うようにため息をつき、店の中を見渡した。赤いドレスに黒いスーツ。子ども用のジャボットから誰が着るのかメイド服まで。どうやら品揃えは良いようだ。

その様子をおっかなびっくり眺めていた店主の目が赤く光る。腕には黄色い腕章。管理ヴァンパイアのしるし。

「こいつに合うのをなんか選んでやってくれない?昨晩、吸血鬼になりたてでね。日の下を歩けるようにしてやってくれ。」

そう言うとクリスは肩に担いでいた少年をドサリと地面に下ろす。店主はマジマジと屈んで彼を値踏みした。年の頃16くらいだろうか。細っぽちで背も低い。長い前髪は陰気な雰囲気はあるものの、目の光の強さは悪くない。

朝日で痛めつけられたのだろう、全身が軽く焼け焦げている。吸血鬼用の服を着ていないからだ。我々が思うよりもずっと多く日の光は布を透過している。

まぁしかし、このくらいの火傷であれば吸血鬼の再生力を持ってすればあと5、6分で元通りになるだろうが。

「ヘルシングに捕まるとは運がなかったな、少年。」

心底哀れむかのように呟きながら、年老いた老吸血鬼は少年を立たせて店の奥に手を招いた。

「名前は?」
「芥ニニ。変わってるだろ?」
「良い名だ。人間だった時から持っていけるのはそれだけだ。大切にしておけよ。」

誰に言うでもない忠告をこぼしながら、部屋の奥から黒いパーカーを持ってくる。

「好きな色はあるか?」
「特にないよ。強いていえば黒?」
「だと思ったよ。」

そう言いながらそれを投げてよこすと、棚から茶色のローファーと細く締まったパンツを合わせる。

「全てUVカットする素材だ。フードを被れば晴れた日も少しは外を歩ける。」

そう言いながら今度はメガネを取り出した。黒いアンダーリムの細いフレーム。

「強いUVカットが入ってる。でも太陽は見るなよ。サングラスならベストだがその年では逆に目立つ。」
「あの。」

老人の差し出したものを身につけた芥ニニが口を挟む。その顔を見やると彼は眉間に皺を寄せた。パーカーがぶかぶかだ。フードや腰回りはともかく腕の長さが致命的に足りない。

「すまんな。今はそれより小さいサイズはない。」

その様子を見て、後ろから快活なクリスの笑い声が聞こえる。振り向くとギザギザの歯を隠そうともしない。

「逆に手袋をつける手間が省けるんじゃない?良いじゃん。」
「うるさい!すぐに成長する!」

ニニは反論。しかしクリスはさらに笑う。

「お前。吸血鬼が成長するわけないだろ?不老なんだから。」

そう言いながらクリスが懐に手を伸ばしたのを見て、店主がそちらを睨む。

「すまんが洋服屋だ。外で頼めるか。できれば地下からも出ていただきたいもんだ。」

タバコの箱を手にクリスは舌打ちし、唇の端を釣り上げて笑う。

「そいつは失敬。ではお色直しを楽しみに待つとしよう。その階段の上でね。」

クリスは店を出ると、傍らの階段を登って行く音が聞こえる。そのパンプスの地を打つ音が遠ざかるのを聞き届けたあと、老店主はすぐさまニニに耳打ちした。

「悪い事は言わない。今すぐお逃げなさい。」

ニニは驚き目を丸くする。強い眼差しとは逆に老店主の手は震えていた。

「ヘルシングは吸血鬼にとって災厄。お前さんのような若者が関わるもんでもない。特にクリス・ヴァン・ヘルシング!彼女はいつ気が変わって君を殺すかも分からん。だから。」
「でも、今逃げたらきっとクリスはおじさんを殺す。」

彼の言葉を遮ってニニは切り出す。別に勇気があるわけでもない。この先どうなるかも分からない。だけど、自分に優しくしてくれた人くらいはせめて不幸にしたくは無かった。

「だから行けない。でも、ありがとう。」

老人はその言葉にはっとして少年の顔を覗き込む。やはり、前髪と眼鏡の奥に強い瞳。店主はため息をついた。どうやら心は決まっている。

「やれやれ。」

大きく一つため息をついた。どうやら私の老婆心は若い歩みには不要らしい。少し安心してニヤリと笑う。

「私はテーラーと呼ばれている。この辺の界隈で仕立て屋といえば私だ。もし何かあれば仕立てを口実に来ると良い。相談に乗る。その時まで、その袖は長いままとしておくか。」

そう言いながら、傍らから黒いテンガロンハットを手に取る。鳥の羽がついた洒落た帽子だ。

「この帽子は、かつてカウボーイが好んで身につけたと言う。少しでも背を高く見せたいテキサスの見栄っ張り達がね。背伸びのしたい今の君にはぴったりだろう。」

そう言って彼に被せてくれた。妙にしっくりとくる被り心地。芥ニニはひさしぶりにヒトの優しさに触れた気がした。

「着物はできるだけ長い時間をかけて身体に馴染ませるんだ。そうすれば再生もできるし、霧になって移動する時にも再構成できる。まぁ、そのうち覚えるだろう。」

芥ニニの肩に手を当てて向き直らせる。そこには大きな鏡が一枚立てかけてあった。まじまじと中を覗き込む。

長い黒髪は片目を隠す。黒縁アンダーリムのメガネにぶかぶかの黒いパーカー。おまけに真っ黒なテンガロンハット。

見てみると自分の目は赤く光を放つ。そうか、これがヴァンパイア、芥ニニの誕生だ。


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