小説「クリス・ヴァン・ヘルシングの吸血三昧」6

街灯が公園のベンチを照らしている。まだ夜明けまでは幾ばくかの時間があるはずだ。

「もうだいぶ回復したか?」

クリスは凛とした声で告げると、ぶっきらぼうに芥ニニをベンチに下す。夜とはいえこうした都会の大きな公園には大抵は人影があり、しかしお互いに遠巻きに距離を保ちながらうろうろと彷徨うのが見える。

「あの人たちは、吸血鬼か。」

彼らの腕章を見てニニは察する。クリスは少し驚いた。心身困憊にあっても周りを眺める事をやめてはいない。自分の事だけでいっぱいいっぱいにならない人間の特徴だ。

「そうだ。管理ヴァンパイアのうち落伍した者達はこの公園に幾らか住んでる。奴らは風邪にもならないし、寒さが身にこたえることも無い。」
「管理ヴァンパイアか。あの。」

そうだ。と呟きながらクリスは傍の自販機からコーヒーを取り出すと、ニニの隣にどっかりと腰を落とした。その長い足を組むとニニがいかに小さいかが対比されて恥ずかしさを伴う。

「お前には二つの道がある。ヘルシングの管理ヴァンパイアになるか、野良のヴァンパイアになるか。」

常に腕章をつけた人間の事は芥ニニも知っている。彼らは管理ヴァンパイア。ヘルシングによりGPSで管理されている吸血鬼で、街を歩いていれば1日に一人か二人は見かけることができる少し珍しい程度の存在。

ここから先は噂で聞いた都市伝説でしか無い。彼らはIT企業の裏方や、地下工事業務。夜勤専門の労働者として生計を立てるという。政府の方針で設けられたヴァンパイア専用の雇用の枠が各企業に存在し、そこで働く。なんでも、血はヘルシングから輸血パックが少量支給されるとかなんとか。

「え、僕に管理吸血鬼になれってこと?」

この噂には続きがある。管理吸血鬼はある日突然姿を消すことがあると言う。その時はどこか秘密の研究施設に送られて、対ヴァンパイア兵器の実験台にされていると言うのだ。

芥ニニは身震いした。それに追い討ちをかけるかのように、クリスが告げる。

「お前がもし管理吸血鬼になれば、以前関わった人にはもう会う事はできない。即日に存在を登録抹消し、政府機関のしかるスジから親族に死亡の申し入れを入れる。行動は常にGPS管理されて違反すれば即座に処刑される。」

クリスは目も逸らさずにそう言う。後ろめたさを何も持たずに、ブラックのコーヒーを飲み干した。

「もし、管理吸血鬼にならなければ?」

芥ニニは恐る恐る聞いた。すぐさま、クリスの手が飛んで喉元を掴む。相変わらずのとんでもない力。

「その時は、私がお前を殺す。」

見ると彼女の背後の空が赤らむ。陽が昇っているのだ。夜空のグラデーションは急速に"今日"に侵食される。

押さえつけられた首を振り解こうともがきながら、目を刺す陽光に思わず叫びを上げる。

まるで紅く灼けた鉄串を目にえぐり込むかのような激痛。思わず目を閉じてもそれは慈悲もなく全身を犯していく。

「こんなの、選択肢なんて言えるのかよ?!」

言葉を振り絞る。しかしそんな言葉に意味があるものか。忘れていた自分に腹が立つ。この女はヘルシングで、僕はもはやヴァンパイア。僕はクリスの側じゃあない、ララの側のヒトだったのだ。

瞼の裏に浮かぶのは父と母、そして妹の面影。抵抗は遅きに失した。とりあえず今は生き延びなければいけない。そうしなければ、彼女達に会える可能性は永遠に閉ざされるだろう。

「わかった。管理吸血鬼になる。これで良いだろ?」

力なく四肢を放り出す。もうどうなでもなれだ。どのくらいの厳しい管理が僕を待つかもわからない。しかし、家に電話をかけるくらいはできるだろう、とそう思った。

その言葉を聞いてクリスはニヤリと笑う。そして一足飛びに木陰にニニを押し倒すと、まだ暗い日陰の中で耳に囁いた。

「イイぞ。お前は使える。お前は私の助手になるんだ。」

訂正。電話も掛けられないかもしれない。

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