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私の知る愛の、ずっと前にあった愛の話

これはある家族の始まりの話。

褐色の肌に朝陽が反射する。
カァラは腕の中でスヤスヤと眠る我が子を
眺めていた。
『大丈夫よ、私の可愛いベイビー』
そう言って、カァラは赤ちゃんの胸に顔を近づけた。
埃っぽさと甘いココナッツの様な匂いがする。
カァラの髪が顔に当たったのか、眉毛をピクッとさせて、薄らと目を開けそうだった。
我が子の、茶色い滑らかな肌を触りながら、カァラはまた呟いた。
『リズ、大丈夫よ。ママは強いの。しかも貴女が思うより、うんと賢いのよ。きっと守ってあげる。ママと一緒に幸せに生きるのよ』

その日も、昨日と一昨日と、さらにその前と
変わらない、いつもと同じ時間が過ぎていた。
赤土に太陽が容赦なく照りつける。
直接当たるとジリジリと肌が痛い。
リズは、木の下の木陰に1人座っていた。
拾った葉っぱを放射線状に並べて、その上に石を並べる。
『少しお待ちあれ。お行儀良くしなきゃ、デザートはあげませんからね』
リズの少し鼻にかかる声が聞こえる。
目の前の畑では、カァラが他の女達と豆を採っているのが見える。
時折、赤子の泣き声が聞こえるが
背中に赤子を背負ってる女達の多さに、誰の赤子かなんて、分かりゃしない。
リズはハッとして顔を上げた。
遠くで車が土埃を上げている。
『ママー』とリズは出来るだけ大きな声で叫んだ。
赤い服のカァラが顔を上げ、リズを見た。
そして近づいてくる車を見ると、畑を走り抜けてリズを抱き抱えた。

車はちょうどカァラ達の立つ、木の手前で止まった。
見慣れた軍のマークが付いたジープからは、ゾロゾロと、見上げる程背の高い軍服を着た人達が降りてくる。
金色の髪の毛に透き通る様な白い肌。
こちらを見る目はガラス玉の様な色をしている。
彼らは、いつも、塀の向こう側に入って行った。そこにはオランダ軍の建物があった。

インドネシアは既に長いこと、オランダ軍の占領下だった。
カァラもだが、皆、農作物を作り、生計を立てている。
弾圧や、謂れなき不当な扱いや不本意な教育。
それが当然のように誰も疑う事もなく、生まれ、生きて、そして死んでいった。

インドネシアを占領していたオランダも、フランス革命後には、イギリスの支配下に置かれたが、
カァラ達の父母達は、自分達がどの国の下に虐げられているのかなんて、関係無かった。
どのみち、自分達の国で自由とは言えない生活をしていたのだから。
ただ貧しくも、畑にはコーヒーやサトウキビ、茶やタバコが作られ、家族が生きていけるだけの収入を得ることが出来た。
女達は畑で働き、男達は石油に携わって生きていた。誰が支配者だろうと変わらない日常があった。

そんな両親をカァラは見て育ち、母と同じように、他の女達と同じように毎日畑で働いた。
唯一違うのは、この青い目をした軍人と会話をすると言う事だ。
『やぁ、カァラにリズ。今日も会えて嬉しいよ』
優しい笑顔で軍服の男は2人に声をかけた。
『今日も暑い中、ご苦労様です』
カァラはリズを抱いたまま、言った。
男は肩から掛けている鞄から紙袋を取り出すと、恥ずかしげに顔を背けるリズに手渡す。
『今日はピーナッツを持ってきたよ。好きかい?』
リズはカァラの肩に顔を埋めたまま頷いた。
『ほら、ヴァンさんにお礼を言わないかぃ』
カァラがリズを急かすと、ヴァンと呼ばれた男は笑って
『今度はリズが好きそうなお菓子でも見つけてくるかな』と言い
何度か振り返りながら、塀の向こう側へと見えなくなった。

カァラはリズを下ろすと、木の下に腰掛けた。
風は、心なしかひんやりと感じる。
リズは『開けて良い?』とカァラに聞いた。
カァラは頷きながら、塀の向こうを眺めた。

最近、軍服を着た人達が多くなっている。
女達の話によると、世界中が戦争をしているらしい。
しかも、その戦争はインドネシアにも来てると言う。
油田で働く男達が見聞きった話だろう。
カァラは信じてなかったが、最近のここの人達の出入りの多さに、少し心配になる。
しかも何よりヴァンの顔つきが最近、芳しくない。

カァラとヴァンが話すようになって、もうすぐ1年以上になる。
軍服を着ているが、軍人ではなく大学教授だと言っていた。
医師の免許も持つヴァンは、島にある幾つものオランダ東インド会社関係の建物に出入りしていて、いろんな事を知っていた。
オランダ語だけではなく、勿論インドネシア語も堪能だが、フランス語や英語など、カァラが知らない国の言葉を幾つも話してみせては、リズを驚かせ、時に笑わせた。

カァラとヴァンが話すのを、よく思わない女達も多かったのは事実だ。
何故なら、オランダ軍の占領下であり、女が喰い物にされ沢山の混血児が居たから。
『あんたも気をつけるんだね』
『リズは色の違う妹や弟なんか、望んじゃいないさ』
そんな汚い言葉が飛び交う中、カァラは傷付きながらも、自分の心に背くことは出来なかった。
毎日、ここでヴァンと会い、話すことがカァラの幸せになっていた。
ヴァンもまた、カァラの気持ちを知ってか、2人には優しかった。

ある日、農作業を終えたカァラは、リズと2人で暗い家で夕食の前のお祈りをしていた時だった。
テーブルには、薄いスープと、炒めた米に刻んだ生姜で焼いたインゲン。
カァラとリズの祈る声が終わると同時に、誰かがドアを叩く。
『きっとサーニャよ。また米をきらしたのよ』
そう言いながらドアを開けると、予想もしないヴァンが立っていた。
驚くカァラを軽く押しながら、ヴァンは中へ入ってくる。
リズは余りに驚いて声も出なかった。
『手短に話そう、カァラ』
ヴァンはカァラの手を取り、そう言った。
カァラは、ヴァンの手の白さと比べ、自分の手があまりにも黒く、汚れたものの様に感じた。
『カァラも聞いているかもしれないが、今世界は戦っている。勿論オランダもだ。近いうちに、ここインドネシアにも戦いは流れてくる。何しろ油田があるからね』
カァラは、握りしめられた手を、握り返す事も出来ず、ヴァンの話を聞いていた。
『カァラ、驚くだろうが、私は君の事が好きだ。勿論リズの事も好きだ。だが、君も知っている様に、オランダ軍のしてきた事で、君が私の言葉を信じられないのも承知だ。でも私は本気なんだよ。それに私には時間がないのだよ、カァラ』
ヴァンのいつもとは違う様子を察したのか、
リズが椅子から降りて来て、カァラの服をぎゅっと掴んだ。
カァラはリズを見ると、ゆっくりと微笑んだ。
『リズ、大丈夫よ。ママも貴女も大丈夫』
精一杯のチカラでカァラは微笑んだ。
ヴァンはカァラの両手を離し、リズの肩に手を軽く置いた。
『カァラ、私は軍人では無いんだ。それは前にも話したね。今日、正式にオランダの大学へ戻る書面が届いたんだ。後1か月もここには居られない』
ヴァンはカァラを真っ直ぐに見ると言った。
『カァラ、君は私を信じて待っていてくれないだろうか』
カァラは本当は驚きと、嬉しさとショックで身体がバラバラになってしまいそうだった。
『待つってどういう意味でしょうか』
立っているのも必死なカァラは、絞る様に言った。
『私はオランダへ戻らなくてはならない。戦争がいつ終わるのかも分からないし、我々が勝つかどうかも分からない。けど、私はカァラ、君が好きだ。本当に好きなんだよ。君とリズを必ずオランダへ連れて行く。必ずインドネシアに迎えに来るから、それまで待っていてはくれないだろうか』
カァラは馬鹿げていると思いながら、やはり自分には背けなかった。
ヴァンの胸に身体を預けると、そのまま強い腕に抱きしめられた。

それからヴァンはオランダへ帰国するまで、毎日カァラの家へ通い続けた。
カァラはヴァンの言葉が本当か嘘かどうかなんて、どうでも良かった。
ヴァンの声を聞き、抱きすくめられるだけで幸せだった。
昼間、畑で女達の汚い言葉を浴びても、ヴァンに抱かれる夜で、全て洗い流された。
それからヴァンは、カァラにオランダの住所、働く大学などを記した紙を渡し、何度も何度も『必ず迎えに来る』と言い、インドネシアを経った。


カァラは、相変わらず畑で女達に混じり、作物を採った。
女達の汚い噂話や下世話な話にも耳を貸さず、ただ黙々と毎日を生きた。

第二次世界大戦で、オランダはドイツの侵攻を受け、王室はイギリスへ亡命し降伏した。
その後もインドネシアはオランダ亡命政治傘下だったが、日本軍が侵攻し、戦いの末、日本の軍政下となった。
カァラとリズの生活も戦争を経て、変わりに変わってしまった。
オランダの占領下とは違う扱いや教育が始まり、インドネシアも一つの国としての独立が謳われ始めた。
カァラは何年も何年もヴァンを待っていた。
時にヴァンが、まだ見ぬオランダと言う国で、透き通るような肌の女と一緒に居ることを想像して、気が狂いそうになることもあった。
そんな時は、ヴァンが残して行った彼の筆跡を見て、自分を落ち着かせた。
『大丈夫。彼は嘘はつかない』

ヴァンは、カァラへ幾度となく手紙を送った。
戦争中は全く届かなかったが、日本が介入した後、やっと、カァラの元にヴァンの手紙が届くようになった。

それから、しばらくして、ヴァンは再びインドネシアに戻って来た。
カァラとリズの出国を許可する手続きを済ませて、正式な妻と子として迎え入れる準備も整っていた。
カァラは鞄一つだけ持ち、生まれ育った国を離れた。
しっかりとリズの手を握り、ヴァンに肩を抱かれながら、土埃の舞う見慣れた国を離れた。
不安そうに見つめるリズにカァラは微笑んだ。
『リズ、大丈夫よ。ママは強くて賢いの。貴女もそう、強くて賢いのよ。それにもう2人きりじゃないわ』


これは、オランダ姓の彼の、
祖父母の話です。
名前は変えていますが、
カァラが祖母、ヴァンが祖父で
リズが彼の母です。
私がオランダに居た時、祖母が話してくれました。
2人の話は、オランダ姓の彼から聞いていたのですが、祖母に会い、
『あぁ、こんなチャーミングな女性❤️』と思いました。
祖父は既に亡くなっていましたが、叔母が
『7カ国語を話せた自慢の父だったよ』と話してくれました。
祖母は英語が話せず、私もオランダ語が上手くないので、叔母や、従兄弟達が入ってくれて、2人の大恋愛を聞くことが出来ました。

2人が出会っていなかったら
戦争が違う様に終わっていたら
祖父が祖母を迎えに行けなかったら
少しでもズレていれば、私とオランダ姓の彼が出会う事は無かったでしょう。

私達の愛の話の前にある
もう一つの愛の話。


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